第一章10 『誓い⑤』

「おや、どうしました?」


「先生の、方こそ……」


「こんなところで、何を……」


 息を切らし、ようやく見つけた先生を前に言葉が出ない。


 それもそのはず。

 全力で学院まで戻り、職員室に行けば誰もおらず、探し回り。

 帰ったのかと思えば、封鎖されているはずの体育館にいる。


 『花園彦内はなぞのげんない』という講師の考えが、いつにも増してわからずにいた。


「少々、気になったことがありましてね。二人こそ、私に用があって来たのでしょう?」


 何でもお見通しというのか。

 先に息を整えた龍司が、口を開く。


「羽亮の家が封鎖されていた理由……羽亮はどこに行ったんですか?」



「―――」



 龍司の言葉に対し、虚空を見つめ先生は空を仰ぐ。

 ただ聞きたいことは、それだけではなく。


「……華聯が、強くなろうって、言ったんです」


 講師であり、保護者である先生ならば、知らないはずがないだろうと。


「先生、何か知っているんじゃないですか?」


 龍司に続いて、口を動かしていた。



「―――」



 背を向け、しばらく口籠ると、先生は振り返る。


「……昨日ここで、フェザーとの戦闘があったことは知っていますね?」


「はい」


「記録では、フェザーが二体いたとされています」


「二体?」


 何を言っているのか、胸がざわつく。

 今朝の嫌な予感がまた、働いている。


「わかりませんか?」



「「―――」」



「緊急時に感知されたのは『黒翼のフェザー』一体のみ。ここで戦っていたのは、もう一人しかいないはずなんですよ」


「それって……」


 自分たちの知る限り、戦っていたのは『魅剣羽亮』ただ一人。

 それなのに記録ではフェザーが二人。


 いなくなった『魅剣羽亮』と、今朝現れたフェザー、華聯の様子。


 そこから導き出される解答は一つしかない。


「まさか……っ!」


 とても信じ難い真相に辿り着き、驚愕する。

 隣の龍司は合点が行っていないらしく、先生はこちらへと向き直る。


「魅剣羽亮はフェザーだと、指名手配されることになりました」


「は……?」


 先生の口から断言され、龍司は困惑する。

 しかしそれならば、全てに辻褄が合う。

 華聯や先生から覚えた違和感はこれだったのだと、納得してしまう。


「あいつは今まで人だったんですよ!?フェザーなはずなわけ……」


 けれど龍司は、信じられないと言わんばかりに訴えかける。

 目の前の現実を受け入れられずにいる。


「私も今朝の会議で同じことを主張しました。ですが……」


 言い足りないのか、龍司が先生に掴みかかろうとするため、肩を掴む。

 自分でもわかっているのか、龍司は大人しく踏み止まる。

 もう何をどうすればいいのか、思考が停止する。


「彼に会いたいですか?」


 そこへ紡がれる言葉。

 迷うことなく、二人で相槌を打つ。


「なら、会いに行けばいい」


「でも、どうやって……」


「華聯に強くなろうと、そう言われたのでしょう?それが答えですよ」


 話が見えてこず、首を傾げる。

 一体それがどう繋がるのだろうと。


「強くなれば、フェザーと立ち会う機会がある」


「「……っ!」」


「ニュースで見たと思いますが、これから対フェザー殲滅部隊が発足される。国家騎士団である《七聖剣》の7名と、学院内から1週間後に行われる選抜試験。その上位5名を加えた12人の盛栄――《レイヴン魔法騎士団》。そこに入れば、きっと彼にだって会えるはずです」


 僅かだか、希望が見えてくる。

 強くなった先に彼がいるのだと。

 華聯の、らしくない言葉のいみがようやくわかった。



 ――でも、



「……先生はどうして、それを伏せていたんですか?」


 一つだけ、解せないことがある。

 今朝、なぜそれを言わなかったのか。


 『魅剣羽亮』がフェザーであることを周りに伏せているまではわかる。

 彼がフェザーだと知られれば、誰もが寄ってたかって殺しにかかろうとするだろうと。


 気に食わないのは、自分たちにまで話してはくれなかったこと。


「……君たちならば、ここへ来ると思ったからです」


「……」


「彼を友だと思うなら、私を見つけ、自ら聞きに来ると。自らの意思で選択して欲しかった」


 本当の友ならば、心配して駆けつける。

 そうしないのは、奥底でどうでもいいと思うもの。

 自分たちは秘かに試されていたのだと、自覚する。


「《レイヴン魔法騎士団》に入れば、確かに羽亮君には会えるでしょう。けれど団の設立目的はあくまでもフェザーの殲滅です。会えたとしても、その時にはもう……」



「「―――」」



 再会できても、お互い敵同士。

 もう今までの関係ではあれず、友ですらない。



 だから、先生は――。



「そんな酷な選択、自ら勧められるわけがないでしょう?」


 配慮という先生の優しさ。

 見たくはないものを隠してくれていた。

 先生も辛いのだと、聞かなければよかったと、後悔する。


「……それでも俺は、羽亮に会いたいです」


 覚悟ある龍司の声。

 先生は複雑そうに苦笑している。


「僕も」


 ただそれは自分も同じ。

 ここにはいない華聯が誰よりも思ったであろう感情。


 先生は薄く微笑むと、再び背を向ける。


 それはとても、寂しげな佇まいだった。


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