第一章9  『決別の裏切り⑤』

 ――1時間前。



 やはりとでも言うべきか。

 彼の齎した救いは己の身を引き替えとした行為だった。


 この展開を予想する頭と、実行に移す精神。

 大切なモノのためなら、自分の犠牲を厭わない。


 それを如実に表した図だった。


「魅剣羽亮の処分、ねぇ……」


 ビジョンに映った七聖剣団長『鬼嶋天芯きしまてんしん』は、呆れ返っている。


 それも、仕方がない。

 魅剣羽亮の処遇について、講師一同がどよめき、意見がまとまらずにいるのだから。



 ――会議開始時。



「そもそも、魅剣羽亮とは何者なんですか?」


 先陣を切るは初等部の女講師。


「中等部にもいませんでしたよね?」


 続いて特徴的なシェブロン髭をした中等部の講師。


「確か、高等部から編入してきた生徒ですよね?」


 若々しい眼鏡の講師。


「噂では、平民でありながら編入試験で学年7位という快挙を成し遂げた生徒だとか。それからの成績は学年13位を転々としているとかなんとか」


 けだるげに筋肉質な細身の短髪講師。


「高等部の生徒なら、高等部の講師の方が素上については詳しくなくて?」


 白髪の年配女講師。


「優秀な生徒ですよ。剣技は学年上位に入ると言っても過言ではありません」


 そこに割って入る高等部の剣術講師。


「あら、魔法のセンスも相当なものですよ。全属性を扱えるのですから」


 黒く綺麗な長髪で、生徒に人気の高等部魔法科、若手女講師。


「さすが、花園家の騎士ですね」


 謎の団欒に包まれ、和やかになる空気。

 呑気な会話に失笑しそうになる中、レフリーの表情は暗かった。


「ゔ、ゔん」



「「「「「―――」」」」」



「盛り上がっているところ悪いんですが、この会議の目的を忘れないでください?」


 笑顔を浮かべ、温和に振舞っているようで、作り笑いだと誰でもわかる。

 それほどにレフリーの表情は胡散臭く、歪だった。


「今ここで決めるべきは、魅剣羽亮を断罪するか否か」


 真剣な趣で脅すような口調に皆は押し黙る。

 その後、空気は一変し、賛成派・反対派に意見が分かれ。



 そして、現在――。



「魅剣羽亮はフェザーなのでしょう?なら即刻、死罪でいいのではなくて?」


「それは本当に魅剣羽亮なのですか?全く別のフェザーという可能性は……」


「そんな悠長なことを言っていたら、いつ危害を加えられたものか」


「もとはうちの生徒だったのでしょう?ならいい子じゃありませんか」


「私たちを欺き、敵国から侵入してきたスパイかもしれませんよ」


「白陽国の?それは大変!」


「これを機にフェザーの大軍を押し寄せてくる可能性も……」


「まさか!昨日の体育館騒動もそいつの仕業か!」


「そんな!」


 多種多様の憶測が入り混じり、淀んだ会話が繰り広げられる。

 これが全て講師の主張であり、指導者とは思えない偏見で塗れている。

 そこにまた司会の「静粛に」という声が響く。


「多々見解の相違があるようで。まずは魅剣羽亮について、誤解のないように改めて説明しておきましょうか」


 何を考えているのか、レフリーは秘かに不敵な笑みを零す。

 その姿が異様で、気づけば彼と視線が交差していた。


「彦内氏」


「何でしょう?」


「魅剣羽亮は人間ですか?」


 唐突な質問にどう答えるべきか、思考を凝らす。


「私情は挟まず、事実だけをお答えください」


 しかしながら、考える間も与えてはくれず、答えを選ぶ権利すらこの場にはない。


「あなたは元研究員なのでしょう?」


 昔の失態を弱みとでも履き違えているのか。

 レフリーの言葉は酷く冷淡で。

 立場上、それに応えてよいものか迷う。


「その知識をお聞かせ願いたい」


 紳士的でありながら、少しお道化どけているようにも思える。

 奇怪な言動に惑わされた末、応えることが賢明だと相槌を打った。


「魅剣羽亮は人間です」


 聞かれた質問に素直な解答を示し、辺りは納得がいかないご様子。

 けれどこれは、確固たる『事実』であると断言できていた。


「フェザーとは、昔から存在する遺物であり、見た目は極めて人に近い。ですが、決定的に違うものが二つあります。一つは持ち主の魔力が高密度に圧縮され造形される翼です。これは皆さんご存知の通りだと思います」


 数少ないフェザーの実態からわかる情報。

 目に見える部分に関して言えば、誰もが見たことはあると共感するように頷いている。

 しかし重要な研究成果は、それではなく。


「二つ目は、フェザーの体内を巡る〝血〟です」


「血?」


「彼らの血には魔力でコーティングされた特殊な核があり、それが翼を生やす動力源となっています。そしてそれは血液検査によって調べることができ、学院内でも年に3回、学期ごとに実施されています。つまり――」


「魅剣羽亮がフェザーである可能性は限りなく低い、と?」


「はい」


 研究員としての知恵を披露し、周りは顔を見合わせ沈黙する。

 司会はまた、不敵な笑みを添えると背を向けて、真ん中のビジョンへと足を運ぶ。


「それで?」


 レフリーはリモコンを操作し、ビジョンに新たな写真を角に四枚並べると、中央で一つの動画を再生する。


「……っ!」


 土煙の中、『黒翼のフェザー』と対峙する白き片翼のフェザーがおり、弁解の余地もない戦闘記録が流れ出ていた。


「これを見てもまだ、魅剣羽亮がフェザーでないと言い張れますか?」


「……」


 やられたと、心底思う。


 先ほど映された今朝の写真は上空故に拡大しようとカメラで捉え切れていなかった。

 けれど昨日の体育館での戦闘には、くっきりと魅剣羽亮が撮られている。


 言い逃れなど、できるはずもなかった。


「さて」


 論破できたことによる優越感なのか、レフリーはニコニコと頬を綻ばす。


「それでは問います。魅剣羽亮の断罪に対し、反対の者はいますか?」


 その質問は残酷なもので、皆がどう応えるかは明白だった、

 目の前には複数の手が天に掲げられている。



 ――なのに、



「すみません」


 一番恐れていることが起きながら、頭は不思議と冷静で。


「一つ、よろしいでしょうか」


「何でしょう?」


 ただ一つ、たった一つの望みを歎願させる。



「―――」



 せめてもの救いを。

 彼のため、彼を思う皆のため。

 吐き出した言葉に辺りは戸惑い気味に口を噤んでいた。


「……いいでしょう」


 それをレフリーは了承する。

 国王も静かに頷くと、鬼嶋団長と共に黙然と通信を切断する。

 そうして、会議は静かに幕を閉じる。


 暗闇の広がる部屋に佇んだレフリーの背中は、どこまでも怪しげな影を纏っていた。


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