第一章10 『誓い①』

「皆さんにお知らせがあります」


 自習となった一限目に担任である『花園彦内』が現れ、皆は静かに注目する。


「今朝現れたフェザーですが、黒白のフェザーとして指名手配されることになりました。いずれ君たちと出会う可能性があるでしょう。十分に気を付けてください」


 きっと、今朝のことであろうと、察しはついていた。

 けれど、先生の発言に違和感があり、胸が少しざわつく。


「報告は以上です」


「ぇ……」


 『魅剣羽亮』に関する情報がなく、龍司は思わず声を漏らす。

 その後、二人して立ち去ろうとする先生を追いかける。


「ちょ、ちょっと先生っ」


「何でしょう?」


「羽亮は……」


 何と声を掛ければよいのか、彼の名を口にするだけで踏み止まる。


「……彼はしばらく学院を休むそうです」


 静かに微笑む姿は、どこか暗く。

 教室を後にする先生を眺め、それを疑問に思えば、クラスが何やら囁き合っていることに気づいた。



「――魅剣しばらく休みだってよ」



「――このままずっと来なきゃいいのにな」



「――そうそう。平民がうろつくんじゃねぇっての」



 『魅剣羽亮』が何かを成す度に『平民のくせに』と陰口を零す。


 いつも通りの見下し嘲笑う下品な貴族。

 所詮、家計に恵まれただけの地位だというのに。

 まるで自らが得た権力とでも勘違いしているのか、奢り切っている。


 とても傲慢な言動。

 羽亮は無関心に聞き流していたが、友人としては腹立たしい。


 学年上位に匹敵する才を妬まれ、忌み嫌われている。

 誰よりも見返してやりたいという野心が芽生える。


「……次の授業何だっけ?」


 気を紛らわすべく、険悪な表情をしている龍司に話しかける。


「ん? ……ああ、剣術だったな」


「そっか」


 静かに迸る怒りを抑え、ゆっくりと息を吐く。

 しぼんでいく風船のように肩から力を抜く。


「おいおい、ここで変わんなよ」


「わかってるよ」


 龍司の呆れるような声に気持ちを落ち着かせる。

 するとチャイムが鳴り、龍司と一歩踏み出し、廊下へと出る。


 2限目は剣術のため、競技場で行われる。

 東側にある体育館とは逆方向で、崩壊したのが体育館でよかったと少し思う。

 ここで唯一の存在意義である剣技を身分関係なく振るえる。


「先に行ってるよ」


「おう」


 更衣室にて、龍司より先に着替え、木剣を手に競技場へと足を運ぶ。



「――やりー!一番乗り~!」



「――おい、あれ」



「何だよ、一番乗りじゃねぇのかよ~」


 靴ひもを締め直す中、スポーツタイツに着替え終わった生徒が続々と集結する。

 剣術は選択科目で、割合としては男子がほとんどを占めている。


 それは主に羽亮や華聯を蔑み意気がった貴族の集団。

 ただ貴族というのは確かな実力を持っているため、反論しがたいのも事実。




「――おい、月島!」



 ふと声を掛けられ、顔を上げる。

 紺色の刺々しい髪、黄色の瞳。



 そこに佇むは、剥き出しの犬歯が特徴的な馴染み深い自称好敵手ライバル――『美坂信次みさかしんじ』だった。



「何?」


 曲げていた膝を伸ばし、同じ目線になる。


「今日こそは、お前に勝つ!」


「うるさい、黙れ、暑苦しい」


 鼻息荒く、指をさしては大声で宣戦布告する。

 日常茶飯事の光景に見飽き、周りから変な視線を浴びせられる。

 今ではもう恒例行事と化して、慣れてしまっている。



「――全員集合!」



 剣術の講師が現れ、生徒一同が機敏に整列する。

 その後、アップとして競技場内をランニングする。

 そんな中、ふと信次へと目を向ける。


 同じ貴族でありながら、品格を伴わない。

 自分とは騎士という家計と、通っていた道場が共通しているだけ。

 信次との勝負で負けたことは一度足りとしてない。


 にも拘らず、信次は諦めることなく挑み続けてくる。

 直向きに、ただ『勝ちたい』という信念で。


「皆も聞いたと思うが、昨日今日と立て続けにフェザーが現れた。きな臭い話、近いうちに大きな戦いがあるだろう。身を守るためにも、今日は模擬戦を行いたいと思う」


「「「「「はい!」」」」」


 筋肉質な教官のような講師の言葉に周りは笑顔を浮かべ合う。


 優劣を決められる勝負の場を好む、嫌らしい表情。

 飲み込まれそうになる高揚感に師範からの教えを思い出し、冷静さを保つ。


「それじゃ、好きなやつと二人組になれ。組んだヤツと対戦してもらう」


 講師の嫌な言葉を耳に颯爽と龍司と組むべく後ろを振り返る。

 そこには円らな瞳でこちらを見つめる信次がおり、龍司を見れば、他の誰かと既にペアをつくっていた。


「それじゃ、模擬戦を始める。戦いたいヤツから順にフィールドに出ろ。出ないやつは端に寄るか二階に上がって待機」


「「「「「はい」」」」」


 講師の声に元気よく返事し、周りは楽しそうに笑みを零す。

 この瞬間、自分だけが取り残されたような気分でいた。


「まずは1回戦だが……」


「はい!」


「お、威勢がいいな……んじゃ、一回戦は美坂VS月島だな」


 そしていきなりの初戦。

 何を考える暇もなく、フィールドに立たされ、剣を構える。

 互いに見合う中、周りから注目の視線を浴びる。


「恒例行事だな」


「どうせ今日も美坂の負けだろ」


「いや、わかんねぇぜ?あいつ日に日に強くなってるし」


「頑張れ信次ー!」


 野次馬の声に少しばかり考え深く思う。


「始め!」


 講師の掛け声と共に開始され、透かさず互いに踏み切り接近する。

 木剣と木剣の衝撃が掌から腕を伝い、態勢を立て直しては切り掛かる。

 上から降り下ろし、下から振り払い、水平に筋の入った剣を放つ。


 通常であれば、最後の斬撃で木剣は吹き飛び、相手の首元を突いていた。

 しかし信次は、最後の一撃を必死に受け止め、弾いていた。


『楽しいなあ!』



 ――黙れ。お前は出てくるな。



 再発した高揚から、内心の葛藤をする。

 一度、流れを戻すべく、間合いを取る。


 冷静さを保ち、決まった型を維持し続ける。

 それを心掛け、相手に意識を集中する。


 するとそこには、息を切らしながらもしたり顔をする信次がいた。



 ――まったく……。



 自然と釣られるように頬が緩み、何度も思う。


 その明るさで周りを変えていく。

 まるで漫画の主人公のような姿に自分もいつしか惹かれていた。

 事あるごとに目で追うほどの存在と化していた。


 凄まじい成長速度。

 荒々しく、それでも確かな一歩を歩み続けている。

 今にも追いつかれそうな疾走にいよいよ焦りを感じ始める。


「まぁ、でも……」


 再度、重い一撃を放ち、信次は仰け反りながらも制止する。

 このままでは先と同じ展開になり、流れが停滞する。

 そう勘が囁き、軽くステップを踏んで回転し、遠心力を加えた剣をぶつける。


「んがあっ」


 さすがにこれは受け止めきれず、信次は態勢を崩す。

 けれど剣を話すこともなく、倒れる様子もない。


 そのため、よろついた隙を見計らって止めをさそうと懐に潜る。

 だが粘り強く、次の一撃でさえ、信次には通用しなかった。


「マジかよあいつ!」


「こりゃ、ひょっとしたらひょっとするぞ!」


「行け―信次ー!」


 いつの間にか、外野から熱い支持を受け、信次は何度も笑顔になる。

 戦いを楽しんでいるのか、自分の成長を噛み締めているのか。

 どちらにせよ、こちらとしては少しばかり厄介になっているのは確かな話。


「今度はこっちから行くぞ!」


 考えている間に駆け寄って木剣を縦に切りつけ、木剣で受け止めるも、体重を乗せた攻撃はさすがに受け止めきれず、やむなく横に流す。


 しゃがみ込むように着地した信次の背を目に瞬きをする。

 呆気にとられた直後、天に向かって木剣を切り払うように接近していた。


「……っ」


 不意を突かれるも、間一髪で防ぎきる。


 すると今度は回転を加えた右下へ払う一撃、持ち直して左下に斬撃をかまし、そこから軽いステップで下から斜め上にフルスイングという、ひし形を描くような技を見せていた。


 息もつかせぬ連続斬りを何とか受け止め、後ずさりする。


『楽しいな~』


 内に秘めた自分が狂気染みた笑みを浮かべ、あくまで冷静にと言い聞かせる。

 今にも立ち上がりそうになるモノを必死で抑え、呼吸を整える。


「なに手こずってんだよ!」


 ふと耳にする龍司の声により、改めて気を引き締める。

 人は成長するのだと、再認識する。



 ――そして、



 脳裏に蘇る過去の記憶。

 引き裂かれるように別たれた自分をつくらせた元凶。


『おお、月島家の子にしては随分と華奢な体つきで』


 小さい頃から周りは容姿を触れてくる。

 当時は幼く、可愛がられているのだと勘違いしていた。

 しかし笑顔で並べられた言葉の数々は、徐々に歪なものへと変わっていた。


『なんと、大剣が使えないのですか?』


『こんな体つきですもの。仕方ありませんわよ』


『ですが坊ちゃんは、騎士になりたいと仰っているのでしょう?』


『モデルを目指した方が良いのではなくて?』


『これから大きくなりますよ、きっと』



 ――うるさい。



『未だに大剣が使えないとは、名家の恥ですな』


『月島家の歴史も、これで終わりか』


『お兄様方は美青年で大剣も振れるというのに』



 ――黙れ。



『あいつ、大剣使えないらしいぜ?』


『え?月島家って代々、大剣を使う一族だろ?』


『使えないとか、ただの汚点じゃねぇか』


 みんなみんな、勝手なことばかり。

 いつからか、忌み嫌われた存在なのだと自覚し始めた。


 『高々、大剣一本振れないだけで』とは思わない。

 その力で一族は国に貢献し、貴族にまで上り詰めた長い歴史がある。

 幸いだったのは、家族の誰も責めることはなく、背中を押してくれていたこと。


 我が道を行けばいいと、使える必要はないと。

 ただその優しさが痛かった。


 責められる方がよっぽど楽なのに。

 家族に気を使われ、迷惑をかけている自分が嫌だった。



「―――」



 苛まれる日々で生まれた、もう一人の自分。

 目を閉じれば感じる憎しみの塊。

 狂気に満ちた殺戮衝動。怒りの権化。


 疎まれ続ける自分だからこそ、平民である彼の存在が眩しいくらいに輝いて見えた。

 誰に何を言われても、必ず誰かのためを思って動ける優しさ。


 彼と共に過ごす時間は嫌いではなくて。

 昨日の戦いで重傷を負ったとき、怖いと思った。


 そんな彼に何もできず、知らないところで失ってしまうことが。



 ――だから、



「はあああ!」


 地を蹴り、足を動かす。

 止まることない剣技を叩き込む。

 相手の隙を見逃さず、防ぐ暇も与えない速度で、無駄のない動きを意識する。


 たとえ、大剣が使えなくとも。

 一撃の重さが劣っていようとも。

 確実なる一手を連続できれば、威力は絶大。


「ぐあっ!」



 ――誰かを守る力が欲しい。



 そう心で何度も唱えた時、木剣と共に吹き飛ぶ信次がいた。


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