第一章5 『光③』
『いい?よく聞いて』
突如として切り出される会話。
情けない面を見せ、目の前にはその元凶が覚醒している。
若干の焦りと戸惑いを押し殺し、打開策もないため彼女の指示が唯一の頼りで。
『……羽亮はもう、人間じゃない』
聞き耳を立ててみれば、今更の発言で。
――だろうな……。
わかっていたことだった。
だから、慌てることもなかった。
あの時――、
魅剣羽亮は今日、死んだはずだった。
でも、生きていた。
死に際に見た彼女は迎えに来たのではなく、助けてくれたおせっかいな天使。
とても優しい女の子。
投げ掛けられる言葉一つ一つに魅了され、その笑顔に心奪われた。
そして今日、そんな彼女に二度、命を紡がれた。
一度目は今朝。二度目は先ほど。
どちらも死んでいるはずの出来事で、生きている現状がおかしな話で。
一度目の時点で、一つの仮説に至っていた。
迎えに来てくれた天使。
彼女が自分を救うために自ら犠牲になったのだと。
自分の中に彼女がいることが、不死身並みの生命力が、フェザーの大々的な特徴で、何よりの証拠だったから。
だから気づくことができた。
自分はもう、人間ではないのだと。
『そして、羽亮の中には私がいる』
――そうだな。
時間を忘れさせるような感覚。心の中での会話。
とても暖かな光に抱かれながら、確認するような言い草に生返事する。
『つまり……』
目の前に広がる心象風景。
そこに立つは白天の彼女で。
振り返り気味に見せるは、見覚えのある苦笑で。
『羽亮は、フェザーなんだよ』
その言葉が、確信へと変えた。
――そうか……。
やっと、納得がいった。
あの時、彼女が言った『ごめんね』の意味、その理由が。
――これで、条件は五分と五分、か。
『え……?』
――まさか、自分がフェザーになるとは、思いもしなかったな……。
『羽亮?』
キョトンとしている彼女。
心と外の風景を目に、活路が見えてくる。
――なぁ、
『何?』
――名前、教えてくれないか。
『急にどうしたの?』
――一緒にいるのに、名前がないと不便だろ。
『……ないよ、そんなもの。しいて言うなら、天使のように可愛い天使ちゃんだってこと』
――なんだよそれ……まぁ、事実そうだから仕方がないか……。
『ふふ』
窮地に陥っているというのに、呑気に笑い合う。
そして、名もない天使に名前を付けることにする。
――じゃあ、
『あましろ?どうして天白?』
――白い天使のように可愛い。
『だから、天白……』
――そう。
『ん?ソラは?』
――空のような瞳をしているから。
『そういうことか♪』
――そういうこと。
『うん、気に入った♪』
――それは何より。
おかしな会話。
和ましいこの空間に浸っていたいが、そうも言っていられない。
――それで?
『んー?』
――俺が完全なフェザーになるには、どうしたらいい?
『それは……』
――……?
戸惑いの様子。
何かを迷っているように見える。
だからなのか、ソラは申し訳なさそうに口にする。
『羽亮は今、フェザーだって言ったよね?』
――ああ?
『でも正確には、半フェザーなんだよ』
――……。
『羽亮が完全なフェザーになるには、私と同化しないといけない』
――それって、今とどう違うんだ?
『今は別々で、真に一体となってないから、フェザーとしての本領を発揮できないだけ。一体になったらちゃんと、あいつみたいに背中に私の片翼が生える』
――なるほどな。
『でも……』
――でも?
『それをすると、本当に羽亮は……』
自分を押し殺し、言い淀むソラ。
口にしなくても、その先の言葉に何となくの察しはつく。
それでもソラは、歯を食いしばって口を開く。
『人間に、戻れなくなる……』
その言葉を聞かされるも、予想した事であったため、落ち着いている。
そんなことよりも、人間に戻れる中途半端な状態だということに微笑してしまう。
だってそれは、いつもの自分と大差ない状態だったから。
『もう、笑い事じゃないんだからね?』
今にも泣きだしそうだった顔を少しお怒りの表情へと変えるソラ。
それが何とも可愛らしく、何度も確信してしまう。
彼女は優しい。
彼女は本当に、天使なのだと。
――大丈夫だよ、ソラ。
『ぇ……』
――覚悟はできてる。
『……そっか』
涙を拭う素振り。
苦笑の後に見せるは、決意のある顔で。
『羽亮……』
向かい合った瞬間、
――……っ。
彼女の温もりが、心を通して伝わってくる。
『ごめんね……』
申し訳なさそうに涙曇った声を乗せる。
ギュッと抱きしめられ、ほのかに香るお日様のような匂いに心が安らぐ。
そして――、
『ありがとう』
その笑顔を機として、淡く彩られた心象風景が終わりを告げた。
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