第一章3 『白と黒③』
『あーあ、また死んじゃった』
投げやりにもふと思う。
呆れるように死んでしまった自分の体を見つめながら、意識だけが浮遊している。
『無様だな~……』
情けなく、何もできなかったことへの虚しさだけが重く伸し掛かる。
『お嬢、怒るだろうな……。勝手に飛び出して、勝手に死んじまってんだから』
思念体になって呟く一言一言。
その全てが遣る瀬無い思いで、どうしようもない現状への諦めだった。
『……まぁでも、これで良かったのかもしれないな』
そっと瞳を閉じる。
思い深く、ずっとこの瞬間を待ちわびていた。
『これでやっと、シスターに会える……』
意識だけとなった体が、霊魂となって上昇していく。
広がる真っ白な眩しい世界。
包まれていく暖かな光に身を委ね、笑みを溢して――。
『シスターに会ったら、何しようかな……』
消えて行く霊体。
泡となり、自分の一部一部が欠けて行く。
『そうだ……話をしよう。いろんなことがあったもんなぁ……』
光に抱かれ、出口が近づいているのか姿形が薄くなっていく。
だから最後だというように、ここにある思いを言葉にする。
『ねぇ、シスター。シスターがいなくなってから、いろんなことがあったんだよ……?たくさんたくさん、話したいことがあるんだ』
やっと――、やっと――。
再会できることへの喜び。
懐かしい思い出が、心の中を淡く彩る。
『でも、ゆっくり話すね。時間はたっぷりあるし……』
――ああ……やっと会える。
ぼんやりと最後の欠片となった意識の中、白き羽を持った天使が現れる。
こちらへと手を伸ばし、近づいてくる彼女の姿から迎えが来たのだと悟った。
「ダメ……っ!」
響く声。
舞う羽と靡く金髪に魅了されながら、再び会った彼女に見惚れる。
『……』
何も考えられず、ただ茫然とこの光景を眺める。
徐々に思考が働くようになり、現状を確認する。
『君は……』
消えかかった意識の中、彼女の存在に目を向ける。
沈んでいく空間。
でもそれは、空間ではなく自分の方。
地上へと戻されるように下降し、無くなっていったはずの意識が研ぎ澄まされていくのを感じる。
それにより気づいたのは、再会したのはシスターではなく今朝出逢った少女ということで、片翼を生やした彼女に抱かれ肉体へと引き戻されているということ。
『どうして……』
再び目にした少女に、複雑な感情が渦を巻く。
なぜ彼女がいるのか。どうして下へ引き戻すのか。
もう少しで手が届くはずだった。
なのに何故、シスターとの再会を阻止し、何の未練もない地上へと戻されなければならないのか。
悲しみが色濃く心の中を蝕んでいく。
どうして、と――。
『なんで……』
地上へと戻され、自分の死体を目に立ち尽くす。
失くなっていたはずの意識が、元の幽体となって彼女へと目を向ける。
「……」
問われた質問に対し、彼女は黙ったまま。
それに対し少しの苛立ちと、悲しみが止めどなく溢れてくる。
また会えなかった、と――。
『どうして会っちゃダメなんだ……。なんで引き戻したんだ……。あとちょっとだったのに……』
顔を抑え、悲しみに暮れる。
我慢しようするのに、この世界の自分は正直で、泣き崩れてしまう。
『……っ』
そして不意にそっと、暖かな温もりが体を包み込む。
「ごめんなさい……」
囁かれる彼女の言葉。
申し訳なく伝わってくるその思いに、自然と耳を傾ける。
「でも、私は羽亮に生きてほしいって思うから……」
彼女との目が合う。
蒼く透き通った瞳。
その輝きに、どこか懐かしさを覚えてしまう。
この子の瞳は、空の色にそっくりなのだ、と――。
『どうして、俺の名前を……』
吸い込まれるようにして、視線が彼女に釘付けになる。
すると彼女は微笑み、優しく頬に触れてくる。
「ずっと、見てたから」
『ぇ……』
撫でるように、愛しく見つめるその瞳。
何か不思議な感情が、心の中を包み込む。
「羽亮をずっと、見てたから」
『……』
彼女の言葉に、何故だか心が揺れてしまう。
ずっと見ていてくれた。
それは今まで、自分が一人ではなかったのだという証。
人は誰かが傍にいてくれるだけで安心する。
たとえそれが、翼を生やした天使であっても。
だからなのだろうか。
彼女の存在が少し、愛しく思えてしまうのは――。
「さぁ、行こう?」
『行くって、どこへ……』
強引にも手を掴まれ、立ち上がり、彼女の向ける視線の先を追いかける。
そこには、うつ伏せに倒れた自分の死体、その傍にフェザーがいる。
やられた相手とその光景を眺め、再度、彼女へと目をやれば――、
「あいつをやっつけに」
『え……』
とっさに放たれる彼女の言葉。
そのセリフに、困りながらに頬を掻く。
『俺、弱いんだけど……』
もう一度、フェザーへと目を向ける。
先の光景を思い出すに、勝てるはずがないのは明らかだった。
「大丈夫!羽亮ならできるよ♪」
『どこから来るんだよ、その自信……』
呑気な物言いとその満面の笑み。
彼女のその姿に羽亮は苦笑を浮かべてしまう。
「だって、羽亮には私がついてるもん。そして私には羽亮がいる……だからきっと、勝てる!」
『……』
無茶苦茶な言い分。どこにも筋が通ってない答え。理由にもならない意見。
そこに再び、微笑ましくも苦笑すれば、何故か過ぎるシスターの姿。
その笑顔に、残念な気持ちを抱いて思う。
――ごめん、シスター。まだ、会えそうにないや……。
「……?」
首を傾げる彼女。
疑問を晴らすように、『なんでもない』と口にする。
『……』
三度、最後だとでもいうように自分を襲った存在――フェザーへと視線を移す。
そしてまた、彼女へと顔を向ける。
すると両手が、重なり合うように握られており、彼女の温もりが伝わってくる。
瞳を閉じて、世界が鮮明に彩られていく。
それ故に彼女は、屈託のない笑みを浮かべて――、
「羽亮……ごめん」
少し涙曇った声でそう言った。
それが、何が為の謝罪だったのかはわからない。
けれどその言葉を機として、白き光の世界が終わりを告げた――。
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