第一章2  『目に見えた予感③』

 職員室の戸を閉めると、そこには如月と月島が二人揃って出待ちしていた。


 二人の頬は意味深にも緩んでおり、こういう時の彼らには関わるとロクなことがないため、黙然と教室へ戻ることにする。



 ――のだが、



 廊下を進んでいく中で、平然と彼らは肩を並べるようにして歩き、何を思い出してか、如月は口を開いた。


「さっきの話聞いて思ったんだけどさ……」


 教室へと到着し、その戸を開ける。

 すると途端、聞き覚えのある声が響き渡る。



「――ウ~~リュ~~ウ~~っ!」



 それに気づいたときにはもう遅く。

 一人の少女が胸元へと飛び込んでくる。


「お嬢、苦しいです……」


 意外にも勢いはソフトで。

 代わりに熱い抱擁による圧力で瀕死になる。

 いろんな意味で……。


「聞いたよ?パパからお叱りを受けたんだって?」


「ええ、まあ」


「まったく……うちの羽亮を叱るなんて、パパには後で文句の一つでも言ってやるんだから」


「いや、悪いのは俺の方ですから……」


 天真爛漫な少女。


 金色の長髪を揺らし、赤眼の瞳を輝かせ、その無邪気さと豊満な胸に心揺さぶられるものを感じながら、困り気味にも頭を搔く。



 彼女の名前は――『花園華聯はなぞのかれん』。



 自分がお世話になっている先生の一人娘であり、ありがたいことに酷く溺愛してくれている。



 ――一方で、



「……なぁ」


「なに?」


 背後では、ひそひそと会話を始める如月と月島の姿があった。


「羽亮が一目惚れしたって話、お嬢に知れたらやばくね……?」


「だよね……」


「絶対、堕ちるよな……」


「うん……」


「羽亮はこれをどうするつもりなのかねぇ……」


「さあ?僕にはわからないよ」


 華聯の対応によって内容に関しては聞こえず。


 そんな二人を置いて、こちらでは。

 幸せそうに微笑む華聯と、他愛無い話で談笑していた。



 ――のだが、



「ところで羽亮」


「何ですか?」


「どうして家族なのに離ればなれに暮らさなければいけないの!?ずっと敬語だし!?」


「それは……」


 息が詰まる。

 言う理由としてはいくつかあるけれど、それはほとんど自分勝手なもの。


 だから口にするのは忍びないし、何より、こんなに良くしてもらっているのに、そんなことを口にしてしまっては申し訳が立たない。


 それ故に、沈黙を浮かべてしまう。


「私のこと、嫌い……?」


「……っ」


 すると何を勘違いしてか、華聯は萎らしくも落ち込む。



 私のせいなのか、と――。



「それは違います!」


 だがそれを、自分はすぐさま否定する。


 そして改めて、負い目を感じながら、ありがたくも感謝の意を浮かべた。

 心の内に秘めた本音を、吐き出すように。


 自分勝手な理由で家を出たこと、そのせいで責任を感じてしまっている華聯の心を晴らすために。


「お嬢や先生には感謝しています。身寄りのない俺を引き取ってくれて。今も尚、こんな俺の面倒を見てくれているんですから……」


「なら……」


「でも俺は、ただの平民で、お嬢は貴族です。血の繋がった家族でもなければ、ただの異性の男女です。同じ家に住むことはあってはならないし、本来ならこうやって言葉を交わすことさえおこがましい」


「……」


「全てはお嬢のためなのです。俺がお嬢に馴れ馴れしくしてしまっては、周りから嫌悪され、品格を疑われてしまう。皆がお嬢を毛嫌いして、一人になってしまっては困るのです……」


 汚い言い訳。

 でも、事実そうであるのだから仕方がない。


 救ってくれた恩人が、自分のせいで周りから敵視されること、それが何より嫌だった。

 だから無理を言って、一人暮らしという形で家を出た。


 恩を仇で返すようなことをして、とても心苦しかったけれど、それしか方法が無かったから。


 そうすることでしか、華聯の居場所を守ることができなかったから。


「……やっぱり、世間体を気にするのね」


「……はい……」


「でも、そんなのは有難迷惑だわ!」


「……っ」


「誰もそんなこと頼んでないし、ましてやここは黒陰国学院。身分なんて関係ないわ!」


「ですが……っ」


 暗黙のルールとして、少なからず貴族は皆、身分を気にしている。

 この学園では裏で秘かに、貴族たちの優劣争いが確かにある。

 それを無視してしまっては、貴族を全員敵に回すようなもの。


「あなたは私たち花園家において優秀な騎士です。恥じることも、他人から疎まれることも、気にする必要はありません」


「……」


「それに、世間体を気にするようでは、それこそ心の狭い貴族と見られます。互いに競い合い、切磋琢磨することは素晴らしいけれど、優劣を気にしているようでは、それこそ名家の恥です。そんな安いちっぽけな関係などいりません」


 華聯の手が、優しく頬を撫でる。

 愛しい目が、こちらへと向けられる。


「あなたは私たちの誇りです。血は繋がってなくとも大事な家族です。周りを気にする必要はありません」


 何度も言い聞かせるように紡がれるその言葉。

 そんな気遣いは無用だと、そう訴えかけているのがわかる。


「だから、敬語なんてやめて、お嬢ではなく名前で呼んで?家族なんだから」


 優しい微笑み。

 それ故に自然と、甘えるように従ってしまう。



 あなたはどうして、そんなにも――。



「……わかったよ、華聯」


 大人しく、それでいて堂々と、久しぶりにも懐かしい、ずっと呼びたかった彼女の名前を口にする。



 ほんと、いつぶりだとでもいうように――。



「はぅ……」


「……?」


 突如聞こえる彼女の声。

 気づけば、華聯の頬が赤く染まり胸を押さえておかしな反応を示していた。


「華聯?」


「な、何でもないわ!さ、さぁ?お昼にしましょう!?」


「うん?」


 取り乱し気味の彼女。

 そこに何度も、首を傾げてしまう。


「あー、お二人さん……」


「僕たちがいること、忘れないでね?」


 すると背後にいた二人の声よって、気を取り直す。



 ――しかし、



 その和やかな空気でさえ、鳴り響くサイレンが掻き消す。


『緊急警報発令!緊急警報発令!』


 事態に辺りの静けさが増す。

 何事かと思うも、今朝の光景が何故か不思議と脳裏を過ぎる。



 ――そして、



 当たってほしくなはい嫌な予感が、的中する。



『黒翼のフェザーが出現しました!場所は――』



 心臓が高鳴る。

 周りは騒つき、その言葉を聞いた途端に誰もが顔を引きつらせる。


『黒陰国学園、屋上です!』


 瞬間、騒然にも生徒たちは急いで避難の態勢を取る。

 顔色悪く、血相を変えながら。


『皆様は、直ちに避難してください!』



 最後の言葉を機として、廊下にはたくさんの足音と悲鳴が乱反射していた――。


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