第一章9  『決別の裏切り①』

 シックなつくりをした店――『GOVERN《ガヴァン》』。



 並んだ骨董品を照らす朝日の光。



 ――そして、



 入り口に佇む少女――『花園華聯はなぞのかれん』。



 突然と現れた彼女を前に平然としていられる自分を不思議に思う。

 そこには確かな自信、根拠のない理由があった。


 直感として、願望として。

 来てほしくはない人が、ここへ参じることを。

 ただただ、予想していたにすぎない。


 だから互いに薄ら笑いを浮かべている。

 叶ってほしくはない現実を目に、悲しげに。


「羽亮は、フェザーなんかじゃ……ないよね?」


 その質問になんて答えればいいのか。

 そんなものは、ここへ来る前から。

 昨日、背中を貫かれたときから、決まっていた。


 自分にはもう、居場所などないのだと。

 生まれた時から、悟っていた。


「俺は……」


 大好きな人を失って、優しい貴族に拾われた。

 いつしか大切な人へと変わっていた。

 守りたい存在になっていた。


 もう何も、奪われたくない。



 奪われるくらいなら――。



 たとえ世界を敵に回しても――。



「華聯……」


 答えはでているのに言葉にできない。

 故に笑って誤魔化してしまう。


 そこに華聯も笑顔を重ねる。

 安堵するように勘違いをしてくれている。


 やはり、言えるわけがないだろうと。

 一歩、彼女の傍へと踏み込んで。


「ありがとう」


 そっと囁いて、彼女の首元に平手を打っていた。


「う、りゅう……」


 上手く急所に嵌ったのか、華聯の瞼がゆっくりと下ろされ、身体が揺れる。

 それを優しく受け止めて、抱き抱える。

 首元にそっと、お守りを添えて。


「おいおい、店の中で騒ぐんじゃねぇよ」


 背後から厄介事はごめんだと、呆れかえった鉄船の声がする。

 目の前には槍を構えた兵が数人。

 とても振り返れる状況ではなく、耳だけを傾ける。


「南に向かえ」


「……?」


「城塞都市:《ダート》。そこに《Beyond《ビヨンド》》という酒場がある。そこで『梶鉄船に言われてきた』と言え。いいな?」


「……わかった」


 兵には聞こえない小さな会話。

 華聯を抱えた状態で、徐々に店の外へと出る。


「《ミスト・ドレイン》」


 途端、鉄船の魔法により、背後の店(ガヴァン)は朝靄に紛れて消えていく。

 後ずさりする兵を前に一番後ろで待機している、焼けた黒い肌と髭を生やしたガタイのいい兵を見つける。

 あれがリーダーなのだとわかると、透かさず魔法を放った。


「《風魔烈風》」


 フェザーを身に宿し、今までにない魔力を得て。

 扱えるようになった魔法は数知れず。

 その一つである風魔法を使って、取り囲んでいた三人を軽く暴風が弾き飛ばす。


 殺さぬよう威力は抑えても、壁に亀裂が入るほどの勢いで衝突し、倒れ込む。

 残りの兵長と呼ぶべき者だけは、膝を突きながらも意識は残っていた。


「ま、まて……」


 九死に一生を得てもなお、捉えようとする心意気。

 兵士としては立派であろうが、こちらは容赦なく逃避行を目論む。


 背に意識を集中させ、同時に魔力を集中させる。

 背筋に新たな感覚が宿って行き、徐々に力を込める。

 瞬間、背中に人ならざる翼が出現する。


 左翼はソラの白い羽。右翼は彼の黒い羽。

 右腕には伝説の剣――《スペルディウス》が宿っている。

 子供の頃に憧れた英雄の姿。


 生やした翼で地面に叩きつける風をつくり、飛翔する。

 一気に数十メートル上空に宙を舞い、広い《レイヴン》の街並みが目に映る。


 初めて空中から眺める都市は絶景で、ひんやりとしたそよ風が頬を撫でる。

 とてつもない解放感が、今までにない爽快感を生んでいる。


 誰もが見上げる空から世界を見渡す。

 それは何の柵も感じさせない自由を感じさせる。

 これが、空を飛ぶという感覚。


 もう一度、翼を羽ばたかせ、空中を移動する。

 障害物など何もなく、青い空を真っ直ぐに渡り。


 ただ嬉しいはずの感情が、胸に抱いた彼女の存在で少し重い。

 沸々と蘇る思い出を内に留め、視界には一つの屋敷が目に入る。



「―――」



 飛び立った店と抱えた彼女の家との間に位置する道で、こちらを見る一人の男性。

 そこへ迷わず急降下する。



 眉を寄せ、何を言うでもなく、いつも通り軍服の講師――『花園彦内はなぞのげんない』は佇んでいる。



 着陸して数秒の間、抱えた少女を恩師のもとへと受け渡す。


「……行くのですね」


 意識のない娘を抱いて、心配そうに声を掛けてくる。

 わかってくれていることを理解して、感謝の意を浮かべる。


「こうでもしないと、先生たちにもっと、迷惑が掛かっちゃうから」


 その胸にある罪悪感を少しでも取り払えるよう、苦し紛れの笑顔を乗せて。

 逃げるように背中を向ける。


「俺の所為で、先生たちの居場所まで奪いたくないです」


 この世の遺物であり危険因子であるフェザー。

 自分がフェザーだと知られたとき、処刑は免れない。


 それだけならまだいい。


 『魅剣羽亮みつるぎうりゅう』がフェザーだとわかれば、匿った罪で花園家は汚名を着せられ、貴族という今まで築き上げてきた地位を剝奪されることはおろか、最悪死を持って償うことになる。



 ――ならば、



 全て『魅剣羽亮』というフェザーが独自で行った事態だと指し示せば、花園家も国同様に被害者だと穏便に済ませられる。

 自分が招いたことであれば、自分が消えてしまえば問題はなくなる。


 『魅剣羽亮』の居場所はもう、ここにはない。


「子供が遠慮するんじゃありません……って、言えたらよかったのですが」


 手持無沙汰な現状は誰から見ても仕方がなく思えること。

 故に自分は何も気にしていないのだと、自然と笑顔を取り繕った。


「それじゃ、華聯をお願いします」


「言われなくとも」


 優しく苦笑する先生に悟られることなく、別れを済ませ。

 迷うことなく空へと羽ばたく。


黒白こくはくの翼ですか」


 相反する色を持ちながら、交わらせていない。

 濁った灰色になるでもなく、艶のある非対称の羽。


「美しいですね」


 そんな先生の呟きを耳にすることはなく、太陽の光を浴びながら飛び立って。


 遠のいていく街に背を向けて、南を目指す。

 もうここに戻ることはできないのだと、決別の涙を添えて。


 フェザーとしての道を歩み始めた。


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