真意

@potato-a

第1話

『私なんかのこと、本当にありがとうね。

 真剣に考えてみたけど、ごめんなさい!

 気持ちには応えられません。。。

 これからも良い友達でいようね。』


「どう思う? 神田の率直な感想を聞かせてくれ」


大山に渡されたスマホで、LINEのやり取りを読み込んでみる。読み間違いが心配になって三度読み返したが、どう贔屓目に見ても結論は明白だった。


「残念だったね……でも、逆にありがたいよ。こんなにはっきりと、ごめんなさい、気持ちには応えられませんって書いてくれているんだから」


大山との間に遠慮は無用だ。思ったことをそのまま伝えた。


「神田、それ本気で言ってんのか?」

「え…?」

「だから、本気でこれが水原さんのお断りメールだと思っているのか?」


「それ本気で言ってんのか?」はこっちのセリフだと思いつつも、ここで変に刺激するのは良くない展開しか生まないことを経験的に心得ていたので、「お、おう…」と弱めに返答する。


大山は「はぁ…」とわざとらしい大き目のため息をついた。

わざわざ放課後に付き合っている友人にずいぶんな態度である。「そういうとこだぞ」という言葉が喉から頭を出したが、それもぐっと飲み込む。


放課後の教室は僕たち二人だけだった。

甲子園を目指す野球部の気合が遠くから聞こえるのみで、比較的穏やかな空間だった。おかげでため息すらもよく響く。


「どう見ても普通のお断りではない。昨晩LINEをもらった瞬間は落ち込んだよ。でも何度も読み込むことで俺には真意がわかった。もう一度よく読んでみてくれ」


なんなら既に三度も読み返していたので、今更新しい発見があるとも思えない。ただ、振られたばかりと思われる大山に寄り添うのが友人たる自分の責務だろうとも思う。「わかった」と返事をして再びLINEを読み返してみた。



『私なんかのこと、本当にありがとうね。

 真剣に考えてみたけど、ごめんなさい!

 気持ちには応えられません。。。

 これからも良い友達でいようね。』



「うーん、やっぱり議論の余地はないんじゃないかな。だって、ごめんなさい、だし、気持ちには応えられません、だし」



大山に同意したい気持ちは山々だが、どう読み込んでも前向きな解釈は不可能だった。さらに言えば、水原さんのためにも変な期待感は摘んでおく方が良いだろう。


「いやはや、神田がそこまで女心を読み解けない奴だったとはな」


これぐらいのことを言われたところで腹を立てることはなくなったが、「そういうとこだぞ」が再び喉元で生まれては消える。

結果、押し黙った形となった僕を尻目に、大山の推理ショーが開幕した。


「まず目につく違和感はマルだ」

「マル?」

「マルはマルだよ。句点だよ」

「ああ、マルが三つ続いているところがあるね。でもそんなに特別な書き方でもないでしょ。自分もたまに使うし」


割と世の中に浸透している表現だと思う。


「俺だってマルを重ねる書き方があることぐらい知っている。じゃあ聞くが、どんな時にマルを重ねて書く?」

「基本的には点を重ねる時と同じじゃない? 三点リーダーだっけ? 言葉尻を濁したい時とか、文末に含みを持たせたい時に使うと思うけど」

「それな!」


大山は「我が意を得たり」とばかりに嬉しそうにしている。


「水原さんは何を濁そうとしていると思う?」

「えっと……気持ちに応えられない、という言葉の後だから、その部分を濁している…?」

「ご名答。断りの文言を濁しているんだ」


他の解釈もいくつか思いついていたが、導かれるがままに答えてしまった…ただ、大山説を否定する材料は今のところ見当たらないな、とも思った。


「特筆すべきはもう一つある」


畳みかけるように大山は自説を展開する。


「振る理由が書いていないんだ」

「振る理由?」

「例えば、他に好きな人がいるからとか、今は部活に集中したいからとか、そういうやつだ」


言われてみれば、確かに理由もなく「ごめんなさい」となっている。


「でも、それって絶対必要って訳でもないんじゃないかな。結局大事なのは〇×な訳で」

「では聞くが、もし、万が一、神田が好きでもない娘から告白されたらどうする? 神田はどうしても相手を振りたいとしたら?」


強すぎる仮定表現に若干悲しい気持ちになる。


「うーん…、どうしても振りたいのなら、相手に納得感を与えることが大事かな……となると、丁寧にお断りの理由を説明したくなるかも」


今度は声を発さず、表情だけで雄弁に「それな!」と語ってくる。


「水原さんのLINEには断る理由が書かれていない。これが本気で相手を振りたい人の文章だと思うか?」


なるほど、大山の言わんとすることはわかる。

ただ、理由を明確にすると、付け入る隙を与えるリスクもある。例えば「今は部活に集中したい」としたものなら、部活引退後は? となりかねない。余計なことは語らない、というのも一つの戦略だ。

とはいえ…


「……まあ、断りの気持ちが非常に弱いのかもしれないね」

「だろ。あるいは本気で思ってないので、断りの理由が浮かばなかったのかもしれない」


断りの弱さを暗喩する二つの事象が並んでしまったことに加え、大山の自信に溢れた態度が拍車をかけて、このメールは断る意思が弱めであるという説は、自分の中でも真実味を帯びつつあった。


でもそこは重要なポイントなのだろうか。


「……結局結論は一緒なんじゃない? 断られていることは確かなんだし」


これは覆せない厳然たる事実。


「神田は女心を全く分かっていないようだな」


そろそろこのやり取りにも辟易してきた……たまには怒っても良いかなという思いはかすめたが、今日は友人の責務を全うすると心に決めている。

「どういうこと?」と話者の求める疑問を投げかけてあげる慈悲深さ。


「要すれば駆け引きだよ」

「駆け引き?」

「告白の時に駆け引きをする女性は意外と多いんだ。典型的な一例が、一度断る、というやつだ」

「……ん? 何のために?」


この行動学は高度過ぎて、非リアの理解の範疇を超えていた。


「簡単なことさ。相手の本気度を測るためだ」

「本気度を測る…?」

「そう、一旦断っても再度アタックしてくれるぐらい自分に執着してくれるか、を見たい訳さ」


これはなかなか鬱陶しい話になってきたぞ。


「あるいは二度も告白させることで、付き合った後もマウントを取りやすくするとかね」


何だろう、だんだん世界が黒く見えてくる。



「でもそれってそんな一般的な話なのかな…?」

「全ての女性がそうだとは言わないよ。でも相当数いるとある雑誌が証明していた」


「証明」という言葉の意味しているところは問わないことにした。



「そういう女性がいるっていうのは、まあわからなくもないというか、きっといるんだろね。でもさ、水原さんがそういう女性でもいいの? 自分が惚れた女の子がそんなんだったらちょっと引いちゃうかも…」

「この程度で引いているようでは、いつまでたっても彼女なんかできないぞ」


色々言われ慣れていた僕でも、流石にカチンときた。でも頭に血が上ったおかげで、逆に言葉を見失う。


「俺ぐらいになると、駆け引きされると逆にちょっと可愛く思えるまである」


フフン、と鼻息混じりに語る大山。


「付け加えると、水原さんが駆け引きしなければならなかった理由がLINEの中に示されている」


あのたった四行のLINEにメッセージを込めすぎではないだろうか。

LINEってそんな奥深いものだったっけ? とか思いながらも、再度こちらに向けられたスマホの画面を見ない訳にもいかない。


『私なんかのこと、本当にありがとうね。

 真剣に考えてみたけど、ごめんなさい!

 気持ちには応えられません。。。

 これからも良い友達でいようね。』


流石に大分読み飽きてきた。


「よく読んで欲しい。水原さんの強いメッセージがあるだろ?」


…特徴の乏しい典型的なお断りの文章にしか見えないが…


「わからないか? 最初の文だよ!」



大山が若干イラつき始めている。えっ? 僕が悪いの…?

釈然としない想いを抱えつつも、最初の文を改めて眺める。


「…メッセージと言って良いかわからないけど、『私なんか』という言い方がちょっと卑屈すぎるというか、特徴的な感じはするね」

「よくぞ気付いた。その通りだ」


大山の顔は満足そうだった。


「要すれば、水原さんは自分に自信がないんだ。私なんかが大山くんと釣り合わないよ、とな。だからこそ、執着心を測るための駆け引きが必要になってくる!!」


大山の力強い主張は、今日一番の盛り上がりを見せた。


ここまでのところをまとめると、大山から告白を受けた水原さんは、自分に自信がなくこのまま大山と付き合ってもうまくいかない可能性がよぎった。そこで、大山の気持ちの強さを確かめるために一旦断ることとした。ただ、断定的な断りの文言としてしまうと、それで大山が諦めてしまうかもしれないので、断りの仕方はあくまで弱めの表現に留めた、ということになる。


なんて面倒くさい!


「いや、でも待って。最後の文は「これからも良い友達でいようね」だよ。今の話が本当なら、最後の文は余計と言うか、変にミスリードする危険もあるんじゃないかな?」

「ここまで解説させておいて、まだわからないとは嘆かわしい」


別に解説させたかったのではなく、どちらかといえば解説を聞かされただけではあるが、今更それは言いっこなしだろう。


「最後の文は二度目の告白までの関係性についての彼女なりの提案だ。一旦距離を置いて二度目のアタックではなく、友人として関係性を育むことには積極的だということさ」


こんなにも行間を読まないといけない国語の問題は、センター試験にでも出た日には炎上必至だろう。

書き手も書き手なら、読み手も読み手だ。


「彼女は自分に自信がないというコンプレックスを抱えている。良い友達として、そのコンプレックス解消も手伝って欲しいという想いも込められているだろうな」


大山はそう言い放って席を立ち、窓の方に歩き出した。


いつの間にか外は薄暗さを帯び、星が輝き始めていた。

僕も大山の隣に行き、窓から空を見上げた。


落ち着いた心で今までのやり取りを振り返る。

今日、大山が僕をわざわざ呼び出し、放課後に付き合わせてきたのは、このLINEの解説を聞かせるためである。

じゃあ何のためにこの解説を僕に聞かせたのか。


二つの可能性が僕の頭の中を飛び交っている。


一つは僕の後押しを求めるため。

自身の考えに確信を持ちたい。僕に自身の説を肯定して欲しい。

転じて、本質的にはOKをもらっているということで、若干自慢してやるという気持ちすら芽生えているやもしれない。


そしてもう一つの可能性は…



星を見上げている大山の顔を覗き込む。

いつの間にか、その目は涙らしきもので溢れかえろうとしていた。

僕はもう一つの可能性が正しいことを確信した。


「そんなはずないだろ。帰るぞ。飯でもおごってやるよ」


一縷の望みを断ち切れていない大山の介錯。これが僕への期待。大山の真意。



その言葉を聞くと、大山は何かが決壊したかのように、大声で泣き崩れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真意 @potato-a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ