十章 4


 すでに、占い玉は持ちだされたあとだったのだ。

 首領のバハーのもとへ運ばれていく最中だったのだろう。そして、運び屋の男が死んだ。


 まずい。

 今、前庭には大勢の人間がいる。

 万一、何も知らない者に占い玉がひろわれたら——


「ハシェド。二班以下の第一分隊を呼び、変死現場をおさえろ。絶対に占い玉を人手に渡すな」

「はい!」

「一班は馬屋へ。誰か、バハーの顔を知ってるか?」


 アブセスが答える。


「何度か見かけたことがあります。おそらく、あの男でしょう。肌の浅黒い、骨太の男で、背はそれほど高くない。なんとなく薄気味悪いような……」

「それだ。アブセス。この行動のあいだだけ、クルウの代わりに、おまえが班長をつとめるんだ」

「はい!」


 アブセスは嬉しそうだ。


「おれは中隊長に報告がすみしだい、変死現場に向かう」


 まにあうだろうか?

 なんだか、イヤな予感がする。


 大隊長の部屋は、本丸四階だ。

 急いでかけつけると、ギデオンはまだそこにいた。とっくにバハーを捕らえに行っていると思ったのに。


 気をとりなおして、ワレスは戸口にひざまずく。


「お話しのところ、申しわけありません。大至急、お耳に入れたきことが」

「なにごとか? ワレス小隊長」


 第四大隊の大隊長は、ウィーバリー。

 ひとめで貴族とわかる凡庸ぼんような男だ。誰もがイヤがる砦勤めを、人のよさにつけまれて押しつけられ、断りきれなかったのだろう。


 この大隊長を見ると、ワレスはいつもイライラした。

 ワレスの嫌いな、生まれつきの地位に安穏とをかいた凡夫だからだ。

 早口に、さきほどの変死について報告する。


「とりあえず、私の部下を行かせました。が、すでに前庭はかなりの人の出。なにとぞ、即刻、変死場所をおさめる一隊をお送りください」

「その点は中隊長に任せよう」


 のんびりした口調が、ワレスを苛立たせる。


「では、私はこれにて失礼します」


 さっさと退出しようとする。が、呼びとめられた。


「待て。ワレス小隊長。ちょうどいい。そなたの口から、じかに聞きたい。私はまだ占い玉が人を殺すなどという話を信じられないのだ」


 ギデオンが渋い顔をしている。なぜ、こんなところへ来たんだ、という顔だ。


 ワレスもウンザリしながら、しかたなく、部屋の中央の二人に近い場所へ歩いていった。


 赤いじゅうたんに、ガラスをはめこんだ窓。金の房飾りが華やかなテーブルクロス。砦のなかとは思えない豪華な品々。

 ここへ来るとき、大隊長が持ってきた自前の品だろう。

 あたりまえに贅沢になれ親しんだ、苦労知らずの男。


 ウィーバリー大隊長は続ける。


「そなたを疑うわけではないが、ウワサは私の耳にも届いている。そなたが盗人だとかいうウワサだ。ごまかすためのデマカセということはないだろうが……。人に見えないものが見える、占い玉で夢を見た——などというのは、どうにも現実離れしている」


 ワレスが嘘をついていると思っているのだ。


(なぜ、こんな男が大隊長で、おれは小隊長なんだ。貴族に生まれたことが、そんなにのか? こうしてるあいだにも、おまえのせいで人が死ぬぞ。それは殺人じゃないのか? 万一、おれの部下が玉をひろい、死んだら……)


 ハシェドが死んだら——


 おれは、きさまを殺してやる!



 ——RREyyy……Ri、Ri、Ri…………——



「小隊長に報告を」

「ヤツがいないとなったら、どうしたらいいんだ?」

「さっきも隠し場所にさきまわりされた。こっちの動きに勘づいてるんだ。二人はこのまま、ここで見張りを。おれは小隊長のところへ行く」


 アブセスたちがさわいでいる。前庭の風景。

 さらに景色はゆがむ。

 バハーらしき男に、一人の兵士から包みが手渡されるのが見えた。包みのなかから、すさまじい金色の光が発し、映像はとけていく。



 ——Ryyy……——



 ワレスは大隊長を無視して、ギデオンに向きなおった。


「中隊長。バハーが姿を消したようです。どうやら、アーノルドを牢に入れたことで警戒させてしまったらしい。さらに悪いことに、さきほど変死した男。死ぬ前に、バハーに占い玉を渡しています」


 無視されて、さすがに、おっとり型のウィーバリーも気分をそこねたようだ。


「なぜ、そのようなことがわかるのだ?」


 不機嫌に問いただしてくる。


 ——と、そのときだ。

 外からドアがたたかれた。

 アブセスの声が告げる。


「はばかりながら、大隊長殿。急ぎのむきなれば、ご無礼をおゆるしください。そちらに、ワレス小隊長、あるいはギデオン中隊長はおいででしょうか? ただちに指示をあおぎたく参りました」


 ウィーバリーは戸惑いを隠せない。


「……何用か?」

「はッ。問題の盗賊が姿をくらましましてございます!」


 ウィーバリーは言葉を失った。

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