十一章

十一章 1



「さすがに、大隊長も信じるしかなかったようだな。薄気味悪そうな顔をしていた」


 大隊長の部屋を出て、前庭へ向かう途中。

 ギデオンが言った。


「なぜ、来た? 大隊長はおまえを嫌っているんだぞ」

「あれほど不興を買っているとは思っていなかったので」

「おまえが、コリガン中隊長を殺したからだ」

「なるほど。それで」

「同じ貴族だからな」


 しかし、あれはしかたのないことだった。ほんとの意味でコリガン中隊長を殺したのは魔物だ。ワレスがやったのは、形骸の後始末にすぎない。


 階段をかけおりながら、ギデオンはワレスを流しみる。


「他人には見えないものが見えるなどと、おれもあのとき、この目で見てなければ、信じられないだろうからな。生まれつきか? その目」


 悪魔からもらった凍てつく青い目。

 魔物に同調する目。

 愛する人が死んでしまう呪われた運命も、もしかしたら、この目と関係しているのかもしれない。


 不安が忍びよってくる。

 ワレスはその思いをふりはらった。今はそんなことに、かまけている場合ではない。


「神官の見習いをしていたことがあります。そのせいでしょう」と、ごまかす。

「ほう。神官のな。つくづく変わった男だ。時間があれば、ゆっくり聞いてみたいところだが、そうも言っていられない」


 前庭に出ると、アブセスが変死現場に案内する。

「小隊長を探したときに立ちよったのです。こっちです」


 前庭には露店がならび、多くの兵士がひしめいている。

 この人ごみのまんなかで変死が起こっていれば、ひどい恐慌になっていた。

 幸いにして、変死現場は比較的に端のほうだ。ワレスが分隊長だったころ、見まわりをしていたザマ林の一画。ほとんど人影はない。


 ワレスたちを見て、ハシェドがかけよってくる。


「ワレス隊長。中隊長もおいでですか。待っていました。ごらんください」と言って、現場をさししめす。


「最初に集まっていた見物人を遠ざけてからは、誰も近づけておりません。ただいま、遺体の回収にかかっていたところです。が、なにぶん室外ですので、散らばる範囲が広く、なかなか思うように、はかどりません」


 室内のありさまもヒドかった。しかし室外は室外で、またヒドイ。さえぎる壁がないぶん、おどろくほど広範囲に渡って飛び散っている。

 あっちに一つ、こっちに一つ。血と肉片が散乱し、爆発したときに人体にかかる力のすさまじさを、まざまざと見せつける。


 ひととおり見渡して、ギデオンが命じた。


「これでは占い玉の有無を確認するのに、ずいぶん時間がかかる。こっちは第一小隊に処理させよう。第一の第四、第五分隊を呼んで来い。かわりに、ワレス小隊長。バハー捜索はおまえに任せる。すでに占い玉がバハーに渡っているという、おまえの言いぶんを信用してな」

「わかりました。できるかぎりの手は打ちます」


 とは言ったものの、ワレスは不安だった。

 異変を察して姿をくらましたのなら、長年、表の顔と裏稼業を使いわけていた男だ。やすやすと見つかるヘマはしないだろう。


「第二小隊全体でかかれ。ハシェド、第二分隊以下を呼びに行け。すでに露店に出かけている者もいるだろうが、見かけた者から声をかけあい、バハーを探せ。目標は身長、一ルーク百十リグノルあまり。中肉。髪と目がグレーで、肌の浅黒い五十前後の男だ。

 おれは広間で待っている。それらしい男を見つけたら、ひきつれてこい。多少、手荒になってもかまわない。まっさきに見つけた者には、おれから褒美をやろう」

「はい」


「行動は一班ずつにわかれ、最終、明八刻半になっても見つからなければ、それぞれ班長が報告に来るように。新たな指示を出す」

「わかりました」


「第一分隊は東の馬屋あたり。第二分隊は西側。第三は南。第四は北。第五分隊は中央。占い玉の力について、他の隊の兵士にふれまわっていい」

「了解しました!」


 しかし、出遅れたことは、やはり影響した。

 なにしろ、何千人という兵士がたむろする人だかりのなかで、顔もよくわからない、たった一人の男を探すのだ。

 広間で待つワレスのもとへつれてこられる男は、どれもバハーとは似ても似つかない。


「あっしは何も悪いことはしてませんぜ。なんだって、こんなヒドイことなさるんです? え? 隊長さま」

「悪かった。人違いだ。ときに、バハーを知らないか?」

「バハーねえ。聞いたこともありませんな」


 偽名を使っているのかもしれない。


「困りますぜ。こんなふうに、ひったてられたら、商売にさしつかえる。売れなくなったらどうしてくれるんです? え?」

「わかった。わかった。石けんならダースで買ってやる。この男を解放してやれ」


 そのように、ワレスが石けんを二箱。くつしたを十足。部屋の簡易だんろ用の炭をひと箱。買わされたころに、輸送隊の集合の合図のラッパが吹きならされた。あと半刻で帰るから、商人たちは帰りじたくを始めろと知らせる合図だ。


「ダメです。ワレス隊長。見つかりません」


 報告するハシェドはあわてふためいている。

 ワレスのもとには、いらない買い物の品々が残っただけで、バハーは見つからなかった。

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