九章 4


 宝石どころじゃない。


「それは魔物の目だぞ!」



 ——わが眼——



「イーディスにうばわれたから、怒って所有者を次々、殺してるんだ!」



 ——うばいし者に——



「クルウ。たしか、ウォードは拾いものをしたと言っていたな? それがイーディスの占い玉だとしたら……十中十、そうだと思うが。聞いてないか?」


「そういえば、きれいな宝石をひろったと聞きました。事件に関係があると思わなかったので、ひろった場所など、くわしいことは聞かなかったのですが」


「前庭だ。第三の最後の男が死んだ前庭で、死体の処理ののち、回収されずに残っていたものを、ウォードがひろったんだ。それほど美しいものなら、誰しも身につけているのが安全と考える。第三の死んだ男も、それを仕事中に持ち歩いてたんだ」


「ただ持っているというだけで、殺されるのですか?」



 ——死を——



「そうだ」



 ——わが眼、うばいし者に、死を——



「証拠にもう四人、死んでる。盗賊にも、イーディスにも無関係のウォードが死ぬのに、ほかに理由など考えられない。イーディスやカムエルは人の手で殺されたが、結果的には一種の呪いなのかもしれない。イーディスの呪いで人が死んでるわけじゃない。もっと大きな力だ」


 アダムとクルウも蒼白になった。


(おれが夢で見たのも、すべて過去のこと)


 子ども時代のことだけではない。

 聞こえるはずもない、ハシェドとクルウの会話も夢で見た。あれが現実にあったことだと、クルウが認めた。


 おれは……同調したのか? その玉に?

 魔物の目に……?


 ゾッとした。

 所有もしていないのに同調する。

 それは、ワレスが人とは違う存在だということだろうか?

 人よりも、魔に近いものだとでもいうのか。


(おれが、人に見えないものを見る男だからか?)


 この目を、悪魔の目と罵った父。

 あれは、こういう意味だったのだろうか……。


(おれのなかに、魔の血が流れているとでも……?)


 もし、そうだとすると、母が死んでからの父の荒れようもわかる。

 父は呪われた血の秘密を一人でかかえ、絶望していたのかもしれない。


(どうしたら……どうしたらいい? おれは、どうしたら……)


 聞こうにも、とっくに父は死んでいる。


 そうだ。あの寒い冬の日。おれが……。


 呪われている。

 やはり、この目の持ちぬしは呪われているんだ。


 めまいを感じて、ワレスはよろめいた。


 両側からクルウとアダムが支えてくれなければ、そのまま床に倒れていた。


「おい、大丈夫か? 小隊長。顔色悪いぞ」

「ワレス隊長。まだ、ご気分がすぐれませんか?」


 ワレスは二人の手を弱々しくふりはらい、かろうじて平静をたもった。


「……大事ない。それより、このまま、ほっとくと、まだまだ人が死ぬ。早急に手を打たなければ」


 昨夜の細切れのウォードの死体。

 あんなものが、このさき、いくらでも出るのだ。


「中隊長に進言しよう。今すぐ、ウォードの遺品をあらためるように。万一、あれが遺族のもとへでも送られれば、国内で原因不明の爆裂死が、大流行するぞ」


 いったい、どのようにして、あの変死が起きているのか。

 魔物が襲いかかるわけではない。

 見えない力が働くようだから、魔物の魔力で、離れていても変死を起こせるのだろう。


「アダム。おまえは自分の隊へ帰るがいい。カムエルたちがゆすっていた相手のことで、何かわかったら知らせてほしい。礼はする」

「わかった」


 アダムが出ていき、ワレスはクルウとともに、六階のギデオンの部屋へ急いだ。


「占い玉の呪い……か。森から来たものなら、可能性はあるな。今すぐ所持品をしらべさせよう。これが明日ならば、すでに輸送隊に渡っていたかもしれないが」


 ワレスの話を聞いて、ギデオンは即答した。

 嫌いな相手だが、任務に対して公正であることだけは認めなければならない。ワレスの意見だからと言って、なおざりにはしない。


 ギデオンはメイヒルに命じた。


「所持品の点検を。また、ワレス小隊長の考えが正しいか、第三大隊に問いあわせてみるがいい。第三で死んだ三人が、全員、その玉を所持していたことがあるかどうか。もしも、持っていたと明らかになれば、ただちに大隊長に報告しよう」


 ギデオンはワレスに視線をもどす。


「ところで、ワレス小隊長」

「はい」


「おまえ自身の問題についてはどうなった? 解決の糸口を見つけたか?」

「それについては今少し。仮説はあるのですが、なにぶん証拠がありません」


「ほう。言ってみろ」


「占い師イーディスの恐喝していた相手が、盗賊団の一味ではないかと思うのです。私のところから出てきた換金券に、第三大隊など、他の隊のものがあった点を考慮すると、そう考えるのが妥当です。ただ、それを知っていたはずの、カムエルという男が死体で発見されました」


「では、八方ふさがりか?」


 楽しくてならないようすだ。

 ワレスの困る顔を見るのが、この世でもっとも好きなのではなかろうか。


 ギデオンは笑いながら言う。


「おまえが助けを乞えば、いつでも手を貸す心構えがあるのだがな。独力でしらべるには限度があるだろう?」


 かわりに——というのだろう。


「けっこうです」

「強気な態度が、いつまで続くかな。おまえが砦を去るのは、おれとしても面白くない。せいぜい努力するがいい」


 生かさず、殺さず、手のひらの上で苦しめておくのが一番ということか。

 ワレスは不快になった。


「てっとり早く、身の証を立てる手段を、たったいま思いつきました」


 ギデオンはおもしろがるような目つきで、ワレスを見つめる。


「ほう?」


 ワレスはギデオンのグリーンの瞳を見返す。


「占い玉で、私をのぞいてみるのです。中隊長さえおくされなければ——ですが」


 とたんに、ギデオンは憮然ぶぜんとした顔つきになった。

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