九章 3
*
五人を地下に送りこんだのち、疲れた足どりで、ワレスは自室へ帰った。
今日は一日、いろいろありすぎて、もう何もしたくない。とはいえ、やらなければならないことは、たくさん残っている。
「小隊長。お疲れのようですね。やはり、夕食は部屋でなさったほうがよいでしょう。私が持ってきます」と言うクルウを見なおす。
「そういえば、急ぎの話があると言ってなかったか?」
クルウは笑った。
「あれは、でまかせです。あなたとアーノルドのジャマをしたかっただけですから」
「そのことはもう言わないでくれ。一生の不覚だ」
「そのようですね」
くすくすと笑っていたクルウが、急に真顔になった。
「昨日、死亡したウォードについて、報告があります。さしたる内容ではありませんので、食事をしながらではいかがですか?」
「そうしよう。五人もぬけるんだ。今晩からは、おれも通常任務に戻らなければ。いつまでも半病人ではいられない」
「朝も食べておられませんね? 少しずつでも食されませんと」
クルウが出ていく。
一人になると、ワレスは苦い思いで、卓上の菓子をながめた。
(アーノルドの荷物をしらべなければ。盗品を持ってるかもしれない。あれば、証拠になる)
しかし、それは期待できないだろう。
今まで何度も隊全体の荷物あらためをしている。それでも見つかった試しがない。どこかに盗賊団だけの知る秘密の隠し場所があるのかもしれない。
思案しているうちに、クルウが帰ってきた。食事の盆をテーブルに置く。クルウは手早く菓子の箱を片づけた。
「報告を」
「はい。申しわけないのですが、あまり成果はありませんでした。昨夜の後処理のようす、ウォードの交友関係など調べました。が、ウォードと占い師をつなぐ線はありませんでした」
「むろん、ウォードに盗み癖などないのだろう?」
「ウォードは、ごくふつうの兵士です。同じような死にかたをした、第三大隊の被害者ともかかわりがありません。しいて言えば、第三で最後に死んだ男の任務場所が、前庭中央よりです。これが比較的、ウォードの隊の持ち場に近いのです。第三の男は見まわり中に死んでいるので、何か関連があるのかもしれません」
「まさか占い師の霊が、取り殺したやつの死に場所に、次にやってきた男に憑いていくというわけではあるまい。だが、たしかに、それは気になる事実だ。そうなると、第三のほかの犠牲者たちの関係も知りたいな」
「明日、しらべてまいりましょうか?」
「ああ」
おれはてっきり、イーディスが自分を殺した盗賊団の連中を、
ぶあつく切ったベーコンをつめたパイを食べながら、ワレスは考えた。
荒療治だったが、裏切り者が誰かわかったことで、かえって食欲は出た。いつまでもクヨクヨしてはいられない。
それにしても、アーノルドはなぜ、疑われるかもしれないという危険をおかして、ワレスの部屋に来たのだろう?
ウワサが気になったなんていうのは、ワレスに見つかったから、とっさの言いわけだろう。ほんとは、なかに忍びこむつもりだったのではないだろうか?
(ひとつだけ、考えられないこともないが)
黙考するところに、階段をかけあがる足音がする。ワレスたちの部屋にかけこんできたのは、アダムだ。
きっと、イーディスの親友が見つかったのだと思い、心がはずむ。が——
「カムエルが見つかったのか?」
ワレスはたずねた。
が、アダムの顔色はただごとではない。しばらく、ワレスの顔を見つめながら呼吸をととのえる。そして、叫んだ。
「カムエルが殺された!」
ワレスも血の気がひいていくのを感じる。
「殺された?」
そんな……殺されただと?
やつの証言こそが要だったんだぞ。
「さっき、死体が見つかって、第三大隊じゃ大騒ぎだ。イーディスをやったのと同じ手口だよ。つけ狙ってたヤツらにやられちまったんだ!」
ワレスは立ちあがった。
「見に行こう」
「行っても同じだぜ。死体は口をききゃしねえ」
「だが、手がかりを探さなければ。やっと、ここまでたどりついたのに」
それとも手荒になるが、アーノルドをしめあげてしまおうか? いや、それではムリヤリ言わせたと中傷され、証言を信用されなくなる恐れがある。
考えていると、クルウが声をかけてきた。
「カムエルとか、手がかりとか、なんのことです?」
「殺された占い師は、過去が見えることを悪用して、人をゆすってたんだ。仲間のカムエルが、そのゆすり相手を知ってたんだが」
「なるほど。発覚を恐れて殺されたわけですか。悪いことはできませんね」
「まったくだ」と言ったのは、アダムだ。
アダムは何度も頭をふりながら、とんでもなく重要なことを、さらりと言った。
「だいたい、イーディのやつが、あんな占い玉なんか見つけなけりゃ……」
——リリリリリリリリイイイイイイYYYY——
記号が、ワレスのなかで
わが
「わがまなこ、うばいし者に、死を……」
そう言ったのだ。
あの夢のなかで、光のなかに立つ黒い人影は。
神の言葉を使う者は。
「占い玉だ! アダム、それはどんな物だ?」
ワレスの剣幕に、アダムは仰天している。
「えっと、これくらいの大きさの宝石だよ。
アダムが手で大きさを作ってみせる。
ちょうど眼球のようにも見える大きさだ。
「森を焼きに行ったとき、イーディスが見つけたのさ。あれ、なんてったっけ? 希少石ってのがあるだろ?
希少石はユイラと周辺の国でだけ、まれに採れる、宝石のなかでも、きわめて高価で珍しい石のことだ。ドラペルタはなかでも珍重される。
なぜか、この国境の魔の森で、よく見つかる。
「けど、帰ってから、イーディスが変なこと言いだしやがった。その玉をかざして見ると、そいつの昔のことが見えるって。みんな、初めは半信半疑だった。でも、なにしろ、言うこと言うこと的中だろ。それで占いなんか始めたんだ。イーディスが殺されたあと、見つからなかったから、殺したヤツが持っていったんだろうぜ。使いかたを知らなくても、見ためはキレイな宝石だから」
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