七章 2
「食事中にする話じゃないよ」
「しかし、ほかのやつらは食いながら話してるんだろ?」
「じゃあ、言うけどさ」
ワレスが椅子にすわると、エミールもとなりに腰かける。こうして慕ってくるところは、たしかに可愛い。
だが、これもハシェドとのケンカの一因と思えば、やるせない。
(だいたい、ハシェドは誰にでも優しすぎるんだ。だから、てっきり、エミールを愛してるだとばかり……)
ため息をつくワレスを、エミールがうかがっている。
水色の右目。若草色の左目。
こんなときは、色違いの瞳のせいで、人の顔色を見る猫みたいだ。
「話してもいい?」
「ああ。たのむ」
「……占い師の呪いなんだって。人が死ぬんだよ」
「殺されたと言ってた、あの占い師か」
「そう。それ。あんた寝こんでたから知らないだろうけどさ。もう二人……三人かな? 死んでて。それがみんな、第三大隊の
ゾッとしたように、エミールは肩をふるわせる。
「四日で三人か。なかなかだな。どんな死にかただ?」
エミールは、ワレスが飲むトマト味のひき肉のスープを見つめた。
「子どもがさ。麦の穂をカエルのお尻につっこんで、ふくらませて遊ぶだろ。あんな感じ」
ワレスは口に運びかけていたスプーンを皿にもどした。
「
「だから言ったろ。食事中にする話じゃないよって」
「このくらい平気だ」
気をとりなおして、スープを飲むこんだ。
「たしかに、おかしな死にかただな。ただのウワサではないのか?」
「ちがう。ちがう。おれは目にしてないけどさぁ。見た人の話では、すごいんだって。それまでふつうに話してたのが、急にバンッて音がして、部屋じゅうに血とか肉とか、とびちるんだって。手足なんか、かろうじて残るらしいけど。どこが、どこの肉だかわかんないらしいよ。片づけるのが大変だったって言ってた」
「
「おれ……もちろん、片づけたあとだけど、その部屋のヤツに買われてさ。行ったら、すごいの。壁なんかもふいたらしいけど。血なまぐさいの。フトンも水玉模様になってるし。血のシミでだよ? こんなとこでできないって言ったら、しなくていいから、いっしょに寝てくれって。一人で寝るのが怖かったみたい」
ムリもない。
目の前で仲間にそんな死にかたをされたら、どんな肝の太い男だって恐ろしくなる。
「それが三人も続いたのか? 異常だな」
「だろ? だから、占い師の呪いじゃないかって言われてるんだ。死んでるの、みんな、占い師と同じ第三大隊だし」
ワレスは
「なぜ、とつぜん呪いなのか、わからない。殺されたから、手当たりしだい、同じ隊の連中を襲ってるわけじゃないだろう。自分を殺した人間なら、話はわかるが」
「さあ。そこまでは知らないよ。死んだ人が何を考えてるのかもわかんないし」
「わからないと言えば、その占い師に、なぜ急に占いの力がついたのか。そこも謎だな。たとえ死んだからって、ただの人間に、そんな方法で人を呪い殺すことなどできないはずだ。魔術師の霊ならともかく」
「さあね。とにかく、そんなわけだから。あんたのウワサは昨日ほど聞かないよ。ほかの隊のやつらは、それどころじゃないからね。ウワサ流してるの、案外、あんたの近くにいるんじゃないの」
おれの近くに……。
「わかった。今までどおり、注意してウワサを聞いてくれ。次から、おれも食堂に行く。もう食事を持ってこなくていい」
エミールは
「なんでだよ。あんた、まだ本調子じゃないよ。今だって、こんなに残してるのに。おれが持ってくるから、ゆっくり休めば?」
「今は話のせいで食欲がなくなっただけだ」
「それがふつうじゃないんだよ。いつものあんたなら、こんなこと平気なはずだよ」
ワレスが黙っていると、エミールは赤絵の具で描いたような細い眉をしかめる。
「ねえ、このごろ、あんた、変。班長とケンカでもしたの?」
どうしてこう、この少年は痛いところをついてくるのだろう?
「ウルサイな。用がすんだら帰れ」
「わかったよ! バカッ。もう心配してやんない」
邪険にすると、エミールは怒って帰ってしまった。
「どいつもこいつも、おれにどうしろって言うんだ!」
ワレスは悪態をついて、ベッドに寝ころがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます