七章

七章 1



 もしかして、おまえも、おれを愛してる?


 あるいは気づくのが遅すぎたかもしれない。

 しかし、そう考えれば、すべて納得がいく。


 ワレスの絵姿や、使い古しのマントをほしがったのも。

 ワレスの危地に命がけで立ち向かってくれたのも。

 ふれられることを拒絶されて悲しげになるのも。


 みんな、ワレスを愛してるからだ。


 ワレスがエミールと夜をすごすと知って傷ついたのも、見間違いではなかった。

 エミールにキスされて照れるのは、その直前にふれたワレスの唇を意識しているのかもしれない。


(だから、おれを非難するアブセスに腹を立てたのか? おれが、おまえの手をにぎりしめたとき……)


 あれは怒っていたんじゃなく、耐えていたのか?

 おれが、おまえにふれられると情欲を感じるように、おまえも……?


 もしそうだとすると、おれはなんてことを言ってしまったんだろう。

 そのハシェドに、エミールを——自分の愛人を貸してやろうと言ったのだ。あれを、ハシェドはどんな気持ちで聞いたんだろう?


(おれがハシェドの気持ちを承知で、迷惑だから、エミールをあてがったと思ったのか? おれがおまえにふれられるのを嫌うのは、おまえの気持ちに気づいてるからだと?)


 そんなにご迷惑ならと、ハシェドは言った。そんなにご迷惑なら、おれを別の隊にやってくださいと。


 あれは、そんなに、おれの気持ちが迷惑なら——という意味だったのか。


(そうなのか? ハシェド)


 聞きたい。今すぐ、その答えを。

 でも、今、ここに、ハシェドはいない。

 ワレスには、ハシェドを呼びもどすがない。

 ワレスもハシェドを愛していると言わないかぎり、弁解のしようがない。


 いっそ、言ってしまおうか?

 おれも、おまえを愛してるんだと。

 いや、それができるなら、とっくにやっている。


 ひどく、虚しい。

 ハシェドのかわりに、ハシェドの香りのする夜具を抱きしめていると。


(おれは、どうしたらいい? おまえに謝りたい。知らず知らずに、おまえを傷つけていた。でも、呼びもどせば、耐えられるだろうか? おまえの心が、おれにあると知って。おたがい愛してると知って。それを明かさないでいることができるだろうか)


 これでいいのかもしれない。

 ワレスの片思いなら、自分が我慢していればいいだけのことだった。

 でも、思いあっているとなれば、はずみで抱きあってしまうかもしれない。


 このまま離れているのが一番いいのだ。ハシェドを殺さないために。

 そのせいで、ワレスがどんなに砂をかむような思いを味わうとしても。


 ハシェドの寝具にくるまって目をとじていると、外からドアをたたかれた。


「ちょっと、ちょっと。隊長。あけてよ。なかにいるの?」


 エミールだ。

 ワレスは気がつかなかったが、日が傾きかけていた。

 食堂が忙しくなる前に、夕食を持ってきたのだろう。

 しかたなく起きあがる。

 よごれた下着を自分のベッドの下になげこんだ。


「ねえ、あけてよ。しんどいの?」

「わかった。今、あける」


 急いで衣服の乱れをなおし、ドアのかけ金をはずす。


「何やってたのさ? まさか、誰かつれこんでないよね?」


 さすがに鼻がきく。

 エミールは入ってくるなり、キョロキョロ室内を見まわす。


「誰もいない。一人だ」

「ほんとだ。戸棚に隠したりしてない?」

「まだ、そんな元気はない」


 ギデオンがなんの薬を使ったんだか知らないが、よほどキツイ薬だ。

 皇都で悪い遊びをしてたので、たいていの薬にはなれているのだが。病みあがりで体力が落ちていたとはいえ、かんたんにまいってしまった。


「顔色悪いよ」

「歩いたせいだろう」


「そうだよ。せっかく、ようす見に来たのに、あんたいなかったよ」

「のんびりしてられない。誰がウワサを流したか、わかったか?」


「今、ムリだよ。別のウワサで持ちきりだから」と言って、エミールは食事の盆を円卓に置く。

「別のウワサ?」


 小隊長が泥棒だったなんてスキャダラスな話題より、もっと興味深いウワサがあるのだろうか?   

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