第二章 第五十二話 斬った後

 キーーー



 後ろから何か開く音が聞こえる。


 振り向くと上の方に人の顔をかたどった鉄の箱のような物があった。


 なるほど、レベッカはこういう風に見えていたのか。


 その箱は開き、中からアンが出てくる。


 彼女が出てきた瞬間、箱は光の粒子となって消えた。


 倒れるレベッカを目にして「お姉様?」と両眉りょうまゆを上げ、首をかしげながら、俺の隣まで近づいてくる。


「お姉様は……大丈夫なの?」


「ごめん……わからない」


 ごめん、アン。


 俺も始めてでわからないんだ。


 この夢の世界ヴォロに来て、知らないことだらけだ。


 そう思っていると、レベッカが起き上がり、虚ろな目でこっちに振り向く。


「アン?」と言った後、瞳がはっきりとする。


 そして、瞳から涙が流れる。


「アン……ごめんなさい。あたし……あなたにひどいことを……」


 アンはレベッカに抱きつき、涙声でこう言った。


「よかった——本当によかった」


 二人とも強く抱きしめる。


 正気に戻ってよかった。


 なんとか関係を断ち切ることができたようだ。


 俺は斬ったのか……。


 俺はつるぎを見つめる。


 これで……斬ったのか……。


 言葉にならない感覚を覚えた。


 この感覚を無理やり言葉にするならば


 俺はそう思った。


 しばらくすると彼女たちを泣き止み、笑顔になる。


 本当によかった。


「す・ば・ら・し・いですねぇ! よくできましたぁ。大神さんには二重丸をあげましょぉぉぉ!」


 声の方をすかさず見る。


 レベッカが座っていた椅子に、ミニブギーマンと床に落ちていた人形を膝に乗せ、人差し指で円を何回もえがくブギーマンが腰掛けていた。


 俺とレベッカとアンは目を見開く。


「はなまるの方がよかったですかぁ?」


「真っ黒い人」


「どうもぉ、真っ黒い人ですよぉ〜」


 アンに反応し、全力で手を振るブギーマン。


 レベッカが「あなた誰よ!」とブギーマンに問いかける。


「私ですか? 私は漆黒の隣人、ブギーマン! と名乗っております。以後お見知り置きを……レベッカ・バートリーさん」


「なんで——あたしの名前を?」


「そういう奴なんだ。大丈夫、気味悪いけど。悪い奴じゃないよ」


「さらっと気味悪いって言えるの酷くないですかぁ?」


 アンが「なんでここにいるの?」とブギーマンに問いかけた。


「なんでってぇぇぇ……うーん……うーーん……うーーーん……暇つぶし?」


 何を言っているんだ?


「というのは嘘で……」と言うとミニブギーマンを見せるように握る。


「これの回収に来ました。役割を終えましたのでねぇ」


 そう言い彼は不気味な笑みを浮かべ、ミニブギーマンを見つめる。


 アンがブギーマンに近づく。


「アン?」とレベッカが彼女を呼ぶ。


 アンはスッと手を出しこう言った。


「返して」


 ブギーマンは不気味な笑みでアンを見つめる。


 そして、そのまま人形をもう片方の手で持ち、立ち上がりアンに近づく。


 彼は彼女の前で片膝をつき、優しい笑顔で人形とミニブギーマンを差し出す。


「そうでした。これらはあなたの物でしたね」


 そう言い彼は人形とミニブギーマンをアンに渡し、「大切にしてくださいね」と優しい声で彼女に言った。


 アンは「うん」と頷き、大事に抱きしめる。


 涙声が聞こえる。


 まるでかけがえのない物がやっと彼女に返ってきたかのような感じだった。


 アンが振り向き「宏」と俺を呼んだ。


 彼女は涙を流しながら笑顔で「ありがとう!」と言ってくれた。


 そうか、俺たちはこの笑顔を見たかったから頑張れたんだ。


 俺は微笑みながら「うん」と頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る