第二章 第四十五話 賽は投げられた

 カルロスは少し吹っ飛ぶ。


 そして、素早く受け身をとり、体勢を戻す。


「ふははは……攻撃が弱いぞ。若造っ!」


「それぐらい知ってるわっ!」


 亮夜がそう叫んだ途端、カルロスは彼の目の前にいた。


 そして、左手で胸ぐらを持ち、そのまま両開き扉に投げつける。


 俺は急いでアンの頭を抑え、俺も頭を低くした。




 バギィン!!




 扉の破片が降りかかる。


 上体を起こすと、両開き扉に穴が空き、壊れている。


「どけ」


 カルロスは目を赤くしながら、俺たちを睨む。


 俺はアンの手を引っ張り、彼から離れる。


 彼はそのまま扉を開け、部屋に入る。


 亮夜はバルコニーを背に立ち上がる。


「きかねぇなぁ、じぃさん。無理してんじゃねぇか?」


 亮夜はそう言い、帯を解く。


「殺す」


 小さい電気が目視できるくらい、カルロスの体をめぐる。


 亮夜が早口で「オン・マニ・パドメ……」と言った瞬間、カルロスは光り出し、彼を蹴り上げていた。


 天井に亮夜が背中から張り付いている。


 帯が蜘蛛の糸のように一直線に垂れている。


 なぜ反撃しないんだ?


「なんだ若造? 弱いではないか」


「それが俺の能力なんで……ねっ!」


 垂れていた帯がカルロスに向かっていく。


 カルロスは何か感じたのか。


 向かってくる帯を華麗に避ける。


「あっさり捕まってくれれば、嬉しかったんだけどなぁ」


 亮夜は天井から落ち、そのまま着地する。


「こんな罠、誰が引っかかるか。正味、雀でも引っかからんよ」


 そう言いながらも帯はカルロスに向かっていく。


 カルロスはそれでも避ける。


 向かう避ける、向かう避ける、向かう避ける。


 正直キリがない。


 そう思っていたら、亮夜が仕掛けた。


 帯がカルロスに向かっているその背後で、亮夜も彼に向かって走りだし、彼を動かさないように組みついた。


「なっ、いつの間に——くそっ!」とカルロスは言ったが、組みつきをあっさり解き、亮夜を蹴り、帯からも避ける。


 亮夜はバルコニーの前の窓に、背中からぶつかり、そのままもたれながら腰を下ろした。


 亮夜はなにしているんだ。


 せっかく組みついて、チャンスだったのに、あっさり解かれているじゃないか。


 亮夜が急に笑いだした。



 アーハハハハハハ



「なんで? 笑っているの?」


 アンが俺に質問する。


「俺にもわからない」


 カルロスが避けながら「若造。何がおかしい?」と質問する。


「ありがとよ、爺さん。俺を蹴ってくれて……」


 亮夜がそう言いながらゆっくりと立ち上がる。


「俺はバカだからよ。こういうふうにしねぇとあんたに勝てねぇんだ」と大きく振りかぶる。


 そして大声で「宏! 受け取れ!!」と叫び、金色に輝く小さなものを俺に向かって投げた。


 それを受け取め、手を開く。


 見ると鍵だった。


「走れ! 宏!!」


 亮夜が叫んだ瞬間、これは屋根裏部屋の鍵と理解した。


「アン! 行くぞ!」とアンの左手を無理やり引っ張り、廊下を走りだした。


「逃すかぁぁぁぁぁぁ!!」


 部屋からカルロスの声が轟く。


「待ちあがれ!!」


 亮夜の声が聞こえた。


 俺とアンは廊下を走りだしたが、壁越しから何かを壊す音が聞こえる。



 ダン!



 ダン!



 ダァァァン!!



「鍵を返せぇぇぇ!」


 壁を壊し、土煙つちけむりが舞い上がる。


 目の前に鼻を膨らませ、荒い息をたてるカルロスが現れる。


 彼の強張こわばった顔とうなる声が、まるで獲物を狙う巨大な狼のようであった。

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