第二章 第四十六話 前進あるのみ

「させるかよ! このやろっ!!」


 亮夜は突進し、カルロスに組みつく。


 タックルした勢いで壁に押さえつけた。


「振り向かず、走れっ!」


 俺は頷き、アンと一緒に亮夜とカルロスを横目に走る。


 突き当りを曲がる。


 俺たちは前だけを見ながら廊下を走る。




 逃げなくては——逃げなくては——


 向かわなくては——向かわなくては——




 速く屋根裏部屋に行くんだ!


 奥の階段が見える。


 あそこだ! あそこだ! あそこだ!


 アンの手を強く握る。


 もうすぐだ。


 あと五メートルぐらいだ。






「行かせるかぁぁぁ!!」






 カルロスの叫ぶ声がとどろいた途端、時間が遅くなる。


 ゾーン状態だ。


 背中がピリピリしてる?


 首をねじるように振り向くと、カルロスが両手を広げ、俺たちに飛びつこうとしていた。


 嘘だろ?


 一瞬でここまできたのか!?


 あと……もう少しなのに……。


 前を向く。


 階段が遠くなるように感じた。


 いやだ……いやだいやだいやだ。


 前に進ませてくれよ!


 いや、前に進むんだ!!


 カルロスが「あ゛っ?」と腑抜ふぬけた声が聞こえた。


 それと同時に遠くから亮夜の声が聞こえる。


のがすかよ! もうすこし付き合えや! じいさん!!」





「この若造がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」





 声だけだが、カルロスが離れていくのがわかる。


 多分だが、亮夜の帯が彼を捉えたようだ。


 俺とアンは階段にたどり着き、そのままの勢いで上に登った。


 登りきると両開き扉が目の前に現れる。


 俺とアンはその前で息を整えていた。




 はぁ……はぁ……はぁ……




 聞こえるのは俺とアンの息と下の階で繰り広げているであろう戦いの音だった。


 アンが「痛い」と呟く。


 俺は「ごめん!」と言い、彼女の左手を慌てて離す。


 彼女の手を強く握りすぎたようだ。


「仕方ない。みんなおかしくなってるから」


 そう言い彼女は俯く。


 息が落ち着いてきた。


「ごめんなさい」


「なんで謝るんだい?」


「私……あなた達が最初に屋敷へ向かう時。その時点で全部……知ってた」


 アンは右手に持っているミニブギーマンを強く握る。


「それでみんな出る時に、零に言ったんだ。なんであんな嘘ついたの? って。零はあなた達のためなの。だから心配しないでって言ってくれた……」


「……」


「巻き込んで……ごめんなさい。私たちが解決することなのに……」


 彼女はまた泣いてしまうんじゃないか?


 こんな時、何を言えばいいんだろうか。


 もし主人公だったら、ここでカッコいい台詞を言って、彼女を安心させることができるのだろう。


 でも俺は……。


 自分の足を見る。


 ——いや、ここは言わなくちゃ。


 言わないといけない。


 今は俺しかいないんだ。


 俺はアンに対しこう言う。


「大丈夫、俺がついてる」


 彼女は俺を見て「うん」と頷く。


 何が大丈夫だ。


 大丈夫なわけないだろ。


 これから何が起こるかわからないのに「俺がついてる」だ?


 寝言は寝て言え!


 ……でも……前に進まないといけないんだよな。


「行こうか」


「わかった」


 両開き扉が大きく見える。


 無言で見つめ、俺はドアノブを回した。

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