第二章 第二十九話 助けること

 風見鳩かざみばとやかたの前で亮夜が「オン・マニ・パドメー・フン」と呪文を唱え、瓢箪ひょうたんをトゥクトゥクに変えた。


「ここからは戦争だ。引き返すなら今しかねぇぞ」


 亮夜が真剣にこれまでにない気迫で俺たちに言ってきた。


「僕は行くよ。ベルちゃんの信頼とアンちゃんを取り返すためにね!」


「こんな人に妹様をまかせられません! 私は行きます!」


「はぁ、これ言わないとダメ? あの子を助ける。ただそれだけ」


 そう言い岩城、ベル、神代はトゥクトゥクの後部座席に座る。


「宏、あんたはどうするんだ?」


 彼は振り向き、俺を見る。見た目は大きな頭が笑っているが、目元からは真剣な眼差しで訴えかけている。


 ここから逃げることはできない。手を抜いてはいけない。生きるか死ぬかのデスゲーム。


 鼓動が早くなる。怖いのか? 怖いよ。死ぬかもしれないから。でも彼女を助けなきゃ。進まなくては。


「行くよ」


「そうか……なぁ、宏。一言いいか?」


「……? なんだい?」


「俺たちは今からアンを助けに行く。ただ可能性として……もしもとして……助けられねぇってことも視野に入れとけよ」


「えっ? なんで? なんでそんなことを今言うんだ?」


「わからねぇ、でも心がこう言うんだ。助けられねぇ時は助けられねぇって……。助けるんだったら、その人の人生を背負えれるほどの度量が必要なんだぜって。それでも来るか?」


 なんでそんなことが言えるんだ? これから行こうというのに……。


 わからない。


 訳もわからずこの世界に来て、漫画やアニメみたいな展開で、人を助けに行こうと言ったのはみんなじゃないか。


 俺を仲間外れにしたいのか?


 いや、違う……そうか……君はそこまで俺を心配しているのか。


 俺は大きく息を吐く。




 はぁぁぁぁぁぁ




「それでも行くよ。決心はついたよ」


「そうか……、じゃ、乗れ!」


 亮夜は親指を立て、トゥクトゥクを指し、笑顔でそう言った。


 トゥクトゥクを見ると後部座席が騒いでいる。


「ねぇ? まだかい? 時間ないんだよ?」


「そうです! 早く妹様を……」


「ベル、落ち着きなさい。戦場じゃ、慌てることは命とりよ」


「うぅ、ごめんなさい」


「岩城くん、あなたも一緒」


「ゔっ……以後気をつけます」


 この人たちと行くのか……大丈夫だろうか……いや、大丈夫だ。


 みんな信頼できる。


 そう思いながら俺は神代の隣に座った。彼女の膝の上にベルが座っている。ベルが何か言いたそうな顔をしている。


 亮夜が運転席を跨がり、力強い声でこう言った。


「行くぞ!!」


「おう!」


 岩城が元気よく拳をあげる。


 俺たちは屋敷へ向かうのであった。


 坂道をくだり、道路を走っている。その間は無言だったのだが、ベルがそわそわしていた。


「あのー……聞きたいんですが……」


「どうしたんだいベルちゃん? まさか、僕の膝の上に座りたいんだね?」


「違います!! なんで私が膝の上なんですか!!」


「仕方ねぇだろ。後部座席は三人しか乗れねぇんだからよ。我慢しろよチンチクリン」


「チンチクリンじゃないです! 私にはベルって名前があるんです! ベルさんって言っていいんですよ?」



 ふふーん



 亮夜はやる気のない声で「なんで『さん』けなんだよ」と答える。


「なんですかその返事は!」


「ベル、落ち着きなさい。人数的に仕方ないの」


「でも〜、なんか腑に落ちません!」


「仕方ないなぁ。ベルちゃん、カモ〜ン♪」


 岩城は両手を広げ、ベルを誘う。


「絶対行きません」


 ベルは無表情で前を見るだけだった。


「あんたら、そろそろ着くぞ」


 亮夜のその一言で全員の目が変わった。


 俺たちはアンを助けるために戦う。


 そう思いながらもトゥクトゥクは道路を走るのであった。

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