第二章 第十四話 鏡の蛇

 アンが俺の方に近づいてきた。


「どうしたんだ?」


「それ……ほしい」


 ソファーの肘置きでくつろいでいるミニブギーマンを指差す。俺はミニブギーマンを持ち、亮夜に見せる。


「亮夜、これ君のだよね?」


「ちげぇよ。あんたに渡したじゃねぇか」


「そっか」


 これ、今は俺の所有物なのか。


 そう思いながらミニブギーマンを見る。


 ミニブギーマンは目をウルウルしながら「僕、渡されるの?」と訴えかけているようだった。あぁ、なんと悲しい顔をしているんだ。こんな顔をされたら……。


「はい」


「ありがと」


「エエエエエエ」


 渡してしまうじゃないか。さらばミニブギーマン。君のことは忘れない。


 アンはミニブギーマンを大事そうに抱っこする。ミニブギーマンは「アンニャロォォォ」と言ったような気がしたが気のせいだろう。


「なぁ、神代。ほかに聞きてぇんだけどよ」


 そう亮夜が聞くと、神代は顔を上げ「なに?」と答える。


「俺たちなんで、鏡を見て起きれるんだ?」


「あなたたち、現実世界で鏡の蛇を見なかったの?」


「「鏡の蛇 (だぁ)? あっ!」」


 それは転校ニ日目のことだった。学校が終わった夕方のことだ。俺は担任の先生に呼ばれ、これからよろしくなという挨拶を受けた後、トイレに行った。


 用を足し、鏡の前で手を洗う。その時、何か視線を感じた。気になったので、全ての個室トイレを開けるが、誰もいない。気のせいかと思い、鏡を見ると、そこに巨大な白い蛇が俺を見つめていた。


 俺は腰を抜かし、トイレの地べたに尻餅をついた。俺の視界から鏡が見えない。ゆっくり立ち上がり、再度鏡を見る。そこに映っていたのは、瞳孔が揺れている俺だった。


「……気のせいか」


 息を吐き落ち着くとふとお尻に湿気を感じる。てのひらを見ると濡れている。


 あの時の不快感を今、思い出した。


「見た、見たぜ」


 亮夜の発言に俺は頷き「鏡に映った蛇も妖魔なのか?」と神代に質問した。


 神代が「そう」と頷く。


 そこで俺はとある仮説を立てる。


 夢の世界に入る条件、それは夢の住人である妖魔が現実世界に干渉、遭遇すると夢の世界ヴォロ に入ってしまう。


 岩城が「そうだね。言ってなかったね」と言い、話を続ける。


「これはブギーマンから聞いたことなんだけど、妖魔全員が人を夢の世界ヴォロに入れることができるってわけじゃない。その中で稀にできる妖魔がいるらしいよ」


「なるほど」


「だから俺らは鏡で起きれるってわけかぁ。へぇ、便利なもんだねぇ」


「そういうこと。まぁ、これだけ干渉してくるもんだから、いったい何人夢送りにされたのかしら」


「その人たちを助けたりしないのか?」


 少し沈黙した後、神代が口を開く。


「いい? 大神くん。私は目の前で助けを求める人がいれば私は助ける。それが人だろうと妖魔だろうとも。でも夢の世界ヴォロで全員助けるなんて不可能。助けれることだけ考える。それが私のスタンス。わかった?」


「わかった」


 神代はそう言っているが、本当にそうなのだろうかと思う自分がいた。全員を助けることはできないのだろうか。あの金髪の人はどうなのだろう。


「なぁ、神代。聞きたいんだけど。黒い服を着た金髪の男は誰なんだ?」


「金髪の男? なんだそれ?」


「亮夜はまだ会っていないよ」


「最初にあなたと会ったあのイカれ牧師ね。ほんとよく生き残れたと思う」


「イカれ牧師?」


「彼は危ないよ。あんまり関わらない方がいいと思う」


 岩城が真剣な顔で俺を見つめる。いったいどんな人なんだ?


「彼は。人間を殺さず、妖魔だけを殺す人だよ」


「ふっ、それなら俺たちは大丈夫だな。人間だからな」


「能力持ってない人間限定なのよ」


「えっ?」


「そうなんだよ。僕と神代さん、何回彼に襲撃されたことか」


「銃バンバン撃ってくるし、ほんとウザい」


「そうだね。大神くん、君も同じだと思うよ。だから彼とは会わない方がいい」


「わ、わかった」


 そう言うしかなかった。能力を持った人間は『人間ではない』と判断される。俺たちは妖魔になったのだろうか。


「心配しなくてもいいよ、大神くん。僕たちは人間だ。妖魔じゃない」


「そう、私たちが人間っていう限り、人間よ」


 彼女の言葉に重みを感じた。一体、神代と岩城はこの世界で何を見てきたのだろうか。

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