第二章 第二話 この世界に神はいない

「大丈夫か? 宏」


 亮夜が後ろを振り向く。俺は振り向いたんだという感じでしか、思わなかった。


「……あっ、悪い。なんか言ったか?」


「いや、なんでもない。大丈夫みたいだな」


「お、おう。大丈夫だ。思考がちょっと飛んだだけだ」


「そうか、ちょっとここから離れるか。兵隊が坂から下りて来るかも知れねぇから」


 俺は「わかった」と返事するとバイクのハンドルを右に傾け、西へ向く。


「亮夜、なんで西に向いたんだ?」


「あれ? わからねぇ、体が無意識にこっちに向いた。まるでいつもの帰り道を歩くみたいな感じで……」


「なんだよそれ。怖いよ」


「大丈夫だ。今から行く場所は安全だ」


「本当に? 信用できない」


「信用しなくていい。信頼はしてくれ……頼む」


 そう言うと彼は振り向き、笑っている仮面の目の奥には、真剣な眼差しで訴える亮夜がいた。


 俺は長い北能坂を見る。兵隊は追って来ていない。


 本当に安全なのだろうか。不安しかない。


 目線を戻すと真剣な眼差しで俺を見ている。


「わかった。行こう。安全じゃなかったら、一発殴らせろよ」


「おう、いいぜ。約束だ」


 俺たちは西へ向かうのであった。





 バイクが止まった。横を見ると赤色の建物であった。建物は寺のようだが、全体的に赤色で目立っていて、雰囲気的に日本の寺と何か違う。境内には鳥居のようなものが建っているが、何か違う。


「ここはなんだ?」


「わからねぇ、でもここだ。降りるぞ」


 俺たちはバイクからり、亮夜が「オン・マニ・パドメー・フン」と呪文を唱え、バイクを瓢箪に変える。


「行くか」


 亮夜はそう言い、俺たちは『関帝廟かんていびょう』と書かれた建物に入るのであった。


 境内はそこまで広くない。見渡せばすぐに移動できる範囲だ。奥には本堂、本堂の近くには壁がない八本の柱だけの小屋(東屋あずまや)があり、土器のような丸机に、土器のような丸椅子が置いてあった。


 亮夜はそのまま本堂へ向かい、黙って入って行く。俺も彼と一緒に入った。


 そこは何も置かれていない、ガラス張りの何もない空間だった。その前には大きな座布団が置かれている。


 亮夜は仮面を脱ぎ、その座布団に両膝をつき、座る。


 そして、仮面を横に置き、じーっとガラス張りの何もない空間を見つめていた。


 彼の背中を見ながら、その仮面脱げたんだと思っていたが、なぜそこに座ったのか疑問に思ったので、彼に近寄る。


「亮夜どうした? どうして座って……えっ?」


 亮夜の顔を見ると目から涙が出ていた。


「亮夜どうした!? なんで泣いているんだ?」


「わからねぇ、わからねぇけど。悔しいんだ」


 そう言い歯を食いしばる。


 悔しい? 何を言っているんだ? 昨日、能力が目覚めたばかりだろ? 理解できない俺がおかしいのか?


「宏、大丈夫だ。俺もわからねぇんだ。何で泣いてるのかわからねぇ。でも体が、心が、中からこう叫んでんだ。悔しいってよ!!」



う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁ! う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁ!



 彼は大声で泣いた。 思いっきり泣いた。何故かは分からない。でも心が叫んでいるように感じた。


 静寂だった本堂は彼の叫び声で響く。何か失ったかのような、無念の叫び。


 俺は静かに彼を見守ることにした。理由はわからないが、哀れではない、同情ではない無心で彼を見ていた。


 それから十分ぐらい経っただろうか。亮夜は落ち着き始める。


「わりぃ、付き合わしちまって」


「大丈夫。……立てるかい?」


「あぁ、ありがとう」


 彼は立ち上がり、仮面を被る。


「よし、ここから出るか。笑ってねぇとな」


「そうだな」


 俺たちは本堂を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る