第一章 第十五話 汝の魂は叫んでいるか

 大切なものと言われて何を思い浮かべるだろうか。親? 友達? ゲーム? 大切なものと言っても幅が広く、特定できない。それはなぜか。


 大切なものは自分の当たり前の中にあるからだ。


 当たり前のように朝目覚め、寝室を出ると親が朝ごはんを作っている。いただきますと言い、そのご飯を食べて、今日を迎える。学校に行くと当たり前のようにいつも絡んでいる友達と喋る。そして、学校が終わり、家に帰り親の作ってくれた晩御飯を食べた後、楽しくゲームをする。そして、今日が終わる。


 朝目覚めると親はいない。親は海外だ。学校に行くと友達はいない。前の学校にも友達はいなかったみたいだ。学校が終わり、家に帰ると独り。ゲームをする時間なんてない。そして、今日が終わり、夢を見る。


 夢は異能力バトル世界で生きる俺。


 大切なものって何だっけ? 親もいない、友達もいない、ゲームもしない。それが今後続くのだろう。ならばいっそ貫かれてもいいんじゃないか。日常にあった何かが失うだけだ。俺自身はそのまま、何もなく普通に暮らし、普通に働き、普通の毎日を過ごすのだろう。普遍的な人生を謳歌する。


『面白くねぇな』


 え? 誰だ? 誰が言っている?


『面白くねぇ人生に何の価値がある』


 誰なんだ? もう諦めようじゃないか。


『お前は未来のことを考えないのか?』


 未来? 暗闇のことか? 暗く醜く信用ならないアレのことか?


『そうだ、アレだ。その未来を理想の形にしたくないか?』


 理想の形?


『なりたい自分だ。今はまだいい、いつか見えるから』


 いつか? いつだ?


『立ち上がれ、立ち上がれ。未来を勝ち取るのはお前だ』


 脳裏に見えたのは凛々しく剣を持つ男の姿。その男にはいろんなものを背負っているのがわかる。この人のようになりたい。俺はここで諦めてはいけないんだ。


 俺は彼女と距離をとっていた。右手にはあの時守ってくれた剣(つるぎ)を握っていた。


「なんで? さっきまで諦めていたじゃない」


「確かに諦めていた。でも今やめたんだ」


「はあ?」


「今、諦めることをやめたんだ!」


「何それ、馬鹿じゃないの。今ここでやられればいいじゃない。諦めればこの世界にいなくていいのよ」


「俺の未来のためだ。今、ここで大切なものがなくなると、俺の未来に支障が出ると思ったから」


「何それ意味がわからない。未来? 解らないものに、あなたは覚悟を決めたと言うの?」


「そうだ。俺はこれから歩む未来のために戦う!」


「そう、わかった。あなたはここにいる必要はない」


 そう言うと槍を構える神代。俺も剣を構える。


 槍の先端が何度も何度も俺を襲う。しかし、大男の時と一緒だ。俺は剣で受け流したり、避けたりしながら、彼女の隙を伺う。


「それでよく生きてこられたわ」



スッスッスッスッスッスッ



 両腕、両脚に痛みを感じる。


「いっ!!」


 俺は歯を食いしばり、何とか踏みとどまる。かすり傷だが、一瞬ですごく斬られた。


「戦いは読み合い。ただ避けて、受け流して、何伺ってるの? バレバレよ」


 痛い、たぶん次攻撃されたら、確実に貫いてくるんじゃないか。


 体を守れるものが欲しい。


「終わりよ!」


「ッ!?」


 槍が俺の心臓に向かってくる。負けるのか? 俺は目を閉じた。




カンッ!!




 金属音が聞こえた。胸あたりが痛い。


「何……これ……」


 神代が驚いている? 何故だ?


 まぶたを開けると右手には剣がない。何で俺、籠手こてをつけているんだ?


 視線をじーんと痛む胸に向ける。槍が貫いていない。この金属の板はなんだ? 鎧? 俺は鎧を着ているのか?


「抵抗するのね。いいわ、その鎧ごと貫いてあげる!」


 神代は俺と距離を取り、槍を地面に刺す。鼓のような赤いタワーから何十、何百万の槍が生えてくる。彼女が手を挙げると、全ての槍が俺に照準を合わせた。


「今度こそ、さようなら」


 手が振り下ろされる。全ての槍が俺に向かってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る