第一章 第五話 夢からの覚め方

 謎の沈黙の時間が流れる。金髪で西洋人の男と睨めっこしててもなぁ。


「お前……」


 男が何か言おうとした瞬間、腰あたりに何か締め付けられるような感覚があったので、見おろすと植物のつるが巻き付いていた。


「何これ? ンッ!?」


 一瞬にして引っ張られ、男の全身が見えるくらい高く飛んでいる。一体何が起こっているのか。首を精一杯後ろに振り向くと、神代さんが俺と一緒に飛んでいた。


「捕まって!!」


 彼女が手を差し出す。俺は勢いで彼女の手を握り、そのまま引っ張られる。そして、密着させるように彼女は俺の腰あたりを持ちあげた。


「そのまま私に捕まってて」


 そう言われたので急いで腰あたりに手を回し、しっかり自分の手を握り、彼女の体と密着させる。左頬には柔らかい彼女の胸の感触とほのかに香る女性のいい匂いが鼻腔をくすぐる。


 あっ、いい匂いと思っていた束の間、彼女は両手を器用にかつ交互に、手から蔓を出し、蔓を何かに引っ掛けスイングしながら移動する。何発か発砲音が聞こえたが、なんとかこの場から脱せれたようだ。しかし、まるでターザンの如く移動するので、正直生きた心地がしない。


 確かに空を飛ぶ夢を見たいって思ったよ。でもこれじゃない、誰が某アメコミヒーローみたいな移動方法で空を飛びたいって思った? そう心で愚痴っていても、この状況は変わることなく、無重力と遠心力を互いに体感しながら、彼女が降りるまでがっちり体に密着するのであった。




 さんノ《の》みや駅の広場には大きな花壇がある。待ち合わせなどでよく使われているらしい。そこで少年は少女の腰に強く抱きつき、固まっている。この状況を見られていたら、すぐに警察に通報されているだろう。実に情けない。その少年は誰だって? もちろん俺だ。だって本当に怖かったんだもん。


 そう思っていても誰も理解はしてくれない。彼女は腕を組み、鋭い口調で「いつまで抱いてるの? 離してくれる」とまるで氷を顔面に当てられたような冷たく痛い一言を語るのだった。俺はすぐに手を離し、両手を挙げながら三歩彼女から距離を置く。彼女は目を細め、俺にこう言った。


「聞きたいんだけど、あなた、なんでここにいるの?」


 この世界にいることを聞いているのだろう。しかし、なんでと問われたら、俺はこう答えるしかない。


「なんでって……わからない」


 彼女は呆れた顔でポケットから丸い折りたたみの手鏡を取り出し、俺の手に握らせる。


「……そう、この鏡あげるから早く帰りなさい」


 俺はその手鏡を見て、頭の中はハテナマークしか出てこなかった。彼女は何を言っているのだ?


「これでどうしろと?」


 彼女は大きなため息を吐き、手鏡を開き、鏡の方を指す。


「いい? この鏡をじーっと見なさい。そうしたら朝がくる。ほんとあなたどうやって帰っていたの?」


「わからない、今日で二回目だから」


「二回目? あなた強運の持ち主ね。まぁ、その悪運のお陰で私もなんとか生きれた訳だし。そうね、悪いことは言わない。ここに入ったらすぐに鏡を見なさい。すぐ帰れるから」


「わかったよ、神代さん」


「なんで私の名前知ってるの?」


「昨日、昼ご飯で俺の隣に座ったじゃないか。覚えてないの?」


「ごめんなさい、座ったことは覚えているけど。あなたの事は覚えてない。人を覚えるの苦手だから。名前、なんて言うの?」


「大神…大神 宏」


「わかったわ、大神くん。それじゃ日常に帰りなさい。悪夢から覚めた当たり前が、意外と幸福だったりするのよ」


「わかった」


 俺はそう言い、鏡に映る自分を十秒ほど直視すると、白い天井と聞き慣れた目覚まし時計のアラーム音が鳴り響いていた。


 夢から覚めたのか。上体を起こし、部屋を見渡す。積まれたままの段ボール箱、昨日洗った食器、用意されたカバン。日常に帰って来れたようだ。

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