第102話 ご丁寧に伸びるもの
「よし、ここまで来れば誰もこないだろう」
「大分歩かせたな・・・一体何の話があるのやら」
ついて行った先に辿り着いたのは、アンと手合わせを行った仮グラウンド。あの時と異なるのは、まだ日が落ちていないことだろうか。夜をも昼に変える強力な照明は、今は来るべく出番を待つように静かに君臨していた。
シルはサッと首を回して、辺りの様子を確認する。夜とは違い、まだ明るさがある夕暮れ時で視界の明るさは確保されており、比較的容易に見渡すことができた。遠くの方で下校をする学生の和気藹々とした声が聞こえてくるが、それは極めて小さい声量。
それ以外は、閑散としており周りに人がいないことは明白である。だが、胸を騒がせるような衝動が、シルの身体を襲っていた。その正体は分からない。もしかしたら、マシュが放つ不穏なオーラが、シルに纏わり付いてきたのかもしれない。
「なぁに、話と言っても堅苦しいことじゃないよ。話題は明日の模擬戦のことだよ、当然ね」
マシュは振り向きながら、シルに満開の笑みを見せる。夕暮れの赤色に染まるそれは、どこか黒い影を落としているようにも見えた。いや、無理してそう取り繕っているのかもしれない。少し前の教室で他の皆んなを煽った時のように。
「俺から情報を話すことはないぞ。強くアンに口止めされているんだ。マシュどころか、他の人に模擬戦のことをあまり教えたらいけないってな」
「ふふ、そんなことは聞かないよ。僕だって、シルだから手の内を晒すことはできないからね」
「じゃあ、話って何なんだ?」
痺れを切らし、シルは一気に話の核心をつく。しかし、マシュに動揺の色が出ることはない。
「忠告をしにきたんだよ。シルは勝負事になると熱くなることがあるからね」
「忠告なんて大きなお世話だ。勝負の世界にあるのは、勝者か敗者。この二つしかない。俺が昔から口にしていることを忘れたわけじゃないだろう、マシュ」
「「死んでも敗者につきたくない」」
一秒もずれることなく、重なる言葉。同時に口元から漏れる微笑み。それを、二人して見合った後、笑い声が仮グラウンドに響いた。
「はぁ〜、だからこそ不安なんだよ。まだ使いこなせていない力なのに、シルは無理をするからさ。特に、あのオークと戦った時。発動条件も分かっていないのに、突っ込んだりしてさ〜」
後頭部を掻きむしりながら、マシュはため息をこぼした。
「いや・・・あの時はちゃんと勝算があってだな——ってマシュ、お前気づいていたのか!?」
「当たり前じゃないか。逆に、騙し通せていると思われていたのなら心外だよ。どれほどの時間を共にしてきたと思うんだよ」
「マジか・・・。絶対隠せていると思ってた」
「その態度を彼女の前で見せているんだろうな〜。今までこんな感情になったことはなかったんだけど、少し羨ましいよ彼女がね。はぁ、揺るがない土台が揺らぎ始めると、こんな気持ちになるんだ」
「何を言っているんだ?」
「こっちの話さ。とりあえず、僕は忠告したからね。この模擬戦はあくまで授業の一環なんだ。命を取られるわけでもないから、先生の言いつけを忘れるなよ」
「——あぁ」
それだけ言い切ると、マシュはその場から立ち去っていく。足取りは軽そうだ。重くしていた内容を話し終えたからだろう。だが、少し歩いた先で一度立ち止まる。そして、こちらを振り返り、はぁー、と一段と大きなため息をついた。それだけすると、再び止めた足を動かし始めた。
「何だったんだよ、今の」
特に、マシュにため息を吐かれることはしていないはずだ。それに、彼の視線はシルよりも遥か奥で交錯したような・・・。
「なるほどね。そりゃあマシュもため息をつくはずだわ」
後方、と言ってもそこまで離れていることはない。少し下がったところにある建物の端から、夕日に照らされて人影が伸びていたのだ。ご丁寧に、二つの人影が。
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