第101話 申し訳なさが邪魔をする

「いよいよ模擬戦は明日だ。お前ら覚悟の方はできているのか?」


 怒号にも近い威圧的な低い声が教室中に反響する。それに充てられたからだろうか。我先にと声を上げるものは誰もいない。それどころか、萎縮してしまい身体を縮めてしまっているほどだ。


「結構。声も出せないほど、闘志で燃えているということだろう。まぁ、この模擬戦で結果を残せなくても、死ぬわけじゃない。だが・・・中にはそれと同義と思っているものもいるようだがな。一方的な勝負にならないことを祈る」


 大佐はそう締めると、教室から出ていった。開かれたままになった扉から、夕焼けの赤く染まった光が伸びてくる。それが合図になったのだろうか。教室には先程までの静寂が嘘のように、賑わいを見せた。談笑をするもの、大佐への愚痴を溢すもの、どちらにせよ多種多様な種類の声が教室の中を飛び回る。


「シル〜。帰る準備はできた?」


「もうちょっと待ってくれ! 奥の方に、なぜかプリントがくしゃくしゃになっていた!!」


「何でそんなことになるのやら・・・。早くしてよね!」


 教室の入り口の方からアンの声が飛んでくる。垣間見える、声に含まれた刺々しさが胸を度々貫くが、それも今ではあまり気にならなくなった。出会った初日の頃を思えば、どれも可愛く見える。


あの頃は、話しかけて来ないで、と言われていたが、今ではこうして登下校を共にしている。それだけで、かなり関係値が進歩したというものだ。模擬戦の準備を通して、一気に加速した仲の良さは明日の戦いでも、プラスに働いてくれることは間違いない。だが、時折他のクラスメイトから向けられる、冷たい視線も気になるが・・・。


「シル。ちょっと良いかな」


「マシュ? どうしたんだ?」


 鞄に全ての荷物を詰め込み、背中に背負った時マシュがシルの方に歩み寄ってくる。その表情は真剣そのものだ。何か切羽詰まっていることでもあるのだろうか。声からも感じ取れる緊張感は、盛り上がる教室とは他所にシルの背筋を伸ばさせる。


「少し話したいことがあって・・・。この後、時間をもらっても良いかな。手間は取らせないから」


「それは・・・俺は構わないが。アンにそのことを伝える必要がある。先に、伝えてきてもいいか?」


「済まない。よろしく頼む」


 マシュはそう言って、シルに対して頭を少し下げた。それを、右手を飄々と上げることで返事をすると、シルは席を立ち、アンの元に近づいていった。


アンは、最初こそ渋る態度を見せたが、その後には快諾してくれた。その態度に、申し訳なさが心の中で沸々と浮かび上がってきた。そして、アンが先に帰っていくその背中を、じっと見送ってから再びマシュの元に近づいていく。


「ここで話せる内容なのか?」


「いや、ここだと人目がありすぎる。僕についてきてくれ」


 前を歩き出すマシュの後を追うように、黙ってシルはついていった。だが、その足取りは決して軽いものではなかった。背中で物事を語るように、哀愁漂うそれだけをシルはじっと見つめていた。

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