第68話 避ける素振り

 何事もなかったかのように、涼しい顔をして穴の下から現れた悪魔は、気がつけばハンナの目と鼻の先の位置にまで詰め寄っていた。倒れ込むハンナからは、悪魔の表情を視認することはできない。すでに、動けないほど身体を酷使した代償が、この瞬間に押し寄せてきているかのように。


「な・なんで・・・生きて・・・??!!」


 返答が返ってくることはない。だが、その代わりと言わんばかりに、悪魔は冷徹な顔を浮かべたまま、地面とハンナの顎の間に右足のつま先を入れる。そして、躊躇い一つなく、それを空中目掛けて蹴り上げた。


「キャァァァァァア!!!!!!!」


人並みの体重はあるハンナだが、その衝撃に逆らえず空を舞う。軽く数秒間空中に滞在したのちに、勢いよく今度は背中から地面に叩きつけられた。ただでさえ、全身が骨折をしている身に、追撃をかける衝撃。痛みのあまり悲鳴すら上げることを忘れて、ハンナはその場にうずくまり、ピクリとも動かなくなった。


 一度の痛みが駆け巡るように、全身から痛みが生じている。すでに、少し我慢したら次の瞬間には痛みが飛んでいる、という段階はすぎたようだ。いくら待っても、痛みが身体から抜けることはない。興奮して、大量に分泌されていたはずのアドレナリンも、再び悪魔が現れてからはそれをやめたみたいだ。


 しかし、まだ何も解決していないのだ。ハンナは首を少し動かして悪魔の方を睨みつける。そして、睨みつけた瞳は衝撃の事実を捉え、更にハンナの目を大きくさせた。なんと、悪魔の身体には傷一つついていないのだ。そこに君臨する悪魔は、先ほどから何もなかったと言わんばかりの無傷で、慢心を垣間伺わせるほどであった。躱されたというのだろうか、ハンナの渾身の一撃を。


「上級生だからといって、恐れる必要はなかったかもしれないわね。まさか、この程度の子供騙しの実力しかないとは。我が王は、どうも慎重すぎるんじゃないかしら」


「あ・あの攻撃をどうやって・・・。あれは、闇の一族を殺すための必殺の一撃だった。間合いも、タイミングもどれもが練習通りだったのに・・・」


 肩を震わせ、唇を噛み締めながら出た言葉は思ったよりも大きな声が出てたみたいだ。死の直前の呟きであったにも関わらず、悪魔の耳にも届き、不思議そうに首を曲げている。そして、しばらくの間の後、悪魔は尋ねるようにしてハンナに対して声をかけた。


「必殺の一撃って、もしかしてさっきの光球からの攻撃のことを言っている? それとも、その前の陣形のこと? どっちのことを指して、震えるほど悔しがっているの?」


「と、当然! 光球からの攻撃のことよ!!」


 叫ぶハンナだったが、対照的に悪魔は微笑をこぼした。それが嫌にハンナの琴線に触れたが、悪魔はそんなことを気にする素振りはない。ただ、単純に自分が思ったことを口にしているようであった。


「あれのどの部分を必殺って呼んでいるのかしら。威力、それとも速度? でも、あの程度の攻撃、ゴブリンですら耐えてみせるわよ。あなたは、前線にも出れないお荷物なんだから、それ相応の振る舞いをしないと。命を無駄に散らすことにしかならないわよ!!」


 言いながら振り下ろされる攻撃を、ハンナはすら見せることはなかった。


 

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