第54話 (グロ注意)安堵に包まれたため息
まぁ、詳しいことは分かりませんが。という前置きを置いてからマシュは静かに意見を述べる。
「恐らく相手はシルをクリーチャー化させたかったのでしょう。その為に、わざわざ鍵までかけて脱出することを困難にした上で瘴気濃度を高めていった。しかしいくらそれを上げようが、シルは何故か高い瘴気濃度まで耐えることができる体質であったが故に人工瘴気ではクリーチャーに変貌させることが叶わなかった。
なので、仕方なく次に入った新入生をオークにへと変えた。と言った具合じゃないでしょうか。今考えられる範囲では」
パチパチと拍手と共に笑顔を送るデンジュの顔がマシュにはとても恐怖に思えた。それは、明らかにこちらに対しての挑発。何かまだ隠し球があるかのような、嫌な感じがマシュの身体を包み込む。
「いや〜、流石だよ、本当に。僕が君たちが話している最中ずっと考えていた答えにすぐ見つけられるのだからね。いや、すでに考えていたのか。まぁ、どっちでもいいや。
でもね、気になるよね〜。シル君がなぜそこまでの高濃度の瘴気に耐えることができたのか」
「どういう意味でしょうか?」
白々しい。言いたいことがあるのならば早く言えばいいものを。この回りくどさ、それこそ正に一流の軍師と会話をしている気分になる。
「人工瘴気製造機がいかに低性能であっても、生み出される量が多くなれば命を脅かす。結果、新入生は一人オークという人体を大きく変貌させる進化を遂げているわけだし。オークに変貌するっていうのは極めて高い瘴気が満ちていた証拠。通常少し高い瘴気程度ならば、頭の狂った人間離れした力を持つ怪物が出来上がって終了って感じだよ。つま——」
「あぁ。あなたも高濃度の瘴気に充てられて気が狂ってしまったんですね。自分が何を口走っているのか分からないほどに。かわいそうに。まぁ、仕方ないですよ。内地で任務に当たっている人は瘴気保有限界が極めて低い人なんですから。僕が・・・楽にしてあげます」
得意げに語るデンジュを、マシュは続く言葉を無理矢理かき消した。いつの間にか両手で握っていた短剣でデンジュの首を挟みながら。
「何を——!!」
おやすみなさい、お疲れ様でした。空気と同化する様に溶け込むかの如く放たれた言葉と共に、空中に鮮血が飛び散る。幸いなことに、デンジュが僕に言い寄ってくる場面を生き残っている人たちは見ている。あと、高濃度が満ちていた前線に躍り出ていたことも。
飛び散る赤い血液に少し遅れて、重たい頭部がドサっという音を立てて地面に崩れ落ちる。その表情は恐怖に崩壊していた。目は見開き、口は大きく開け散らかしている。だが、その様子を見てもマシュは心に黒い幕が掛かるだけで、特に嫌悪感を抱くことはなかった。人間としてあるべき最後を辿っただけ。弱肉強食のこの世界に、正義など存在しない。力こそ正義、それを昨日の戦いで痛いほど身体に染み込まされた。
続く行為にマシュは切り離された頭部に向かって再び短剣を振り下ろしてみせた。顔を歪めることもなく、ただ真顔で真剣に。骨と剣がぶつかる音が聞こえてくるが、それすらも剣の柄を伝って強大な力を込めることで容易く切り開く。
こめかみを起点として左右に真っ二つに別れた頭部を見てマシュはニヤッと笑った。誰もこの場にいるものはそのことに気づいていない。なぜなら、彼は依然として空気と同化させていたのだから。だが、彼は切断面から止めどなく溢れ出る血液に陶酔して微笑みをこぼしたわけではない。脳の丁度大脳のあたり。そこで蠢く紫色のスライム状のクリーチャーに向けて笑っていたのだ。
「やっぱりな、途中から相槌だけしか起こさない行動。それに、最後の頭の回転の速さ。全てがおかしいと思ったよ。こういうところはシルは疎いからね。女の子に対してもだけど。
スライム状でいることによる利点が分裂しやすい点にあるってなんでか考慮していないからな〜。それに、もし僕が侵入者の立場であったらこういった洗脳系の味方は複数体忍び込ませる。万が一に備えて。シルは一人でも強いからかな。こういうことに頭が回らない」
マシュは再び剣を振り上げると、勢いよくまだ小さく脳の一部を噛み付いているクリーチャーに対して慈悲を浮かべることなく振り下ろした。顔に赤い液体が付着する。途端に鼻腔をくすぐる鉄の匂い。そして、肌を伝って感じる先程まで生きていたはずの人の温かみ。ここに来て、ようやくマシュは顔を不愉快のままに歪ませる。
「ふぅー、これでこの場は一件落着かな。あとは、シル次第か」
大きく安堵感に包まれたため息はこの場の空気とすぐに同化して、誰の目にも止まることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます