第52話 山中を爆走する

「男子生徒側でなくて、女子生徒の方に侵入者がいることはほぼほぼ間違いないだろう。そのことでシルが自分を責めるのも長い付き合いだからな。何となく分かる。でも、考えてみてくれ!


なぜ、侵入者は僕たちにオークをぶつけて足止めを図って、女子生徒の方から手をかけようとしたのかを。単なる偶然だろうか。いや、そうとは思わない。だって、シル。シルは——唯一侵入者の存在に気づいた新入生なんだから」


 シルはその刹那悟った。マシュが間を十分にとってまでゆっくりと話してシルに伝えこと。それは、単なる慰めだけではない。ここから早く動き出せという、発破をかける意味もあったのだと。


「デンジュさん。女子たちはどこでテストを行っているんですか!?」


 唐突の真剣さに意図せずデンジュは後ずさりしてしまう。シルの目に宿る英気は既に最初の頃のように回復していた。


「こ、この反対側の麓にある同じ様なグラウンドで実施しているはずだよ。僕たちは徒歩だったけど、女子生徒はそこまでバスで向かってるはずだ。そういう手順になっていた。で、でもここから向かうとなると30分は優にかかるよ?」


 デンジュの忠告も既にシルの耳には届かない。行かないという選択肢はシルには持ち合わせていなかった。マシュは不敵の笑みを浮かべて、シルの経緯を見守っている。誰一人この場において、シルをこのグラウンドに滞在させられるものは存在していなかった。


「山を横断すればその半分の時間でつきますよ」


 言うが否や、シルは先ほどとは比べ物にもならない加速度で二人の前から姿を消し、駆け出していった。取り残された二人は、シルが巻き上げた砂塵が落ち着くまでひたすら耐えると言う動作を行うしかなく、収まった時には当然の様に、シルの姿は影すら見えなくなっていた。驚きのあまり口をぱくぱくとだけさせているデンジュを他所目にマシュはやれやれと言ったように首を横に振った。手間のかかる友達だ、という言葉も呟きながら。


 走りながらシルは先ほどまで青かった上空を見上げる。こちら側で瘴気を発生させていた原因は先ほどのオーク。それでいて、シルがそいつの息の根を止めたので、こちら側は明るいが反対側は先ほどよりも濃い紫色の雲で覆われていた。それはつまり、向こう側に瘴気を発生させる闇の一族が存在していることの証明。


「何で気づかなかったんだよ!!」


 山に乱雑に生育している葉や、木の枝がシルの肌を度々浅く傷つけるがそんなことには構いもしないで、直進を続けた。すでに彼女と別れてからかなりの時間が経過しているため、命の保証は誰にも出来ない。しかし、シルとマシュの反抗のようにイレギュラーな事態が発生するかもしれない。シルは、そんな淡い一縷の望みにかけながら山中の爆走を継続させるのであった。


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