第25話 微かな違和感

「あの様子、ようやく気づいたか。ふむ、期待していたよりも少し時間がかかりすぎだな」


 葉巻の煙を建物の陰から、瘴気が少し交じりほんの僅かに紫色を含ませた快晴の空に向けて、モクモクと口から漏らす。今まで注視していた新入生も動き出し始めた。集団の移動を妨げる行為をしたことは罰則もの。だが、今回に限りそれは見逃すことにする。


それに伴い、本来の移動の速度を取り戻した女子の列も、予定よりかは遅れながらも行動を開始したのを見送り、頬を釣り上げながら口元を歪ませた。それは、不敵の笑みでもあり、困惑の色とも取れるとても奇妙な感情。恐らく、彼のこの表情から真意を読み取れるものはいないだろう。見るもの全てをそう思わせるほどのものであった。


「ふぅ〜」

 

 煙を高らかに上空に向かって、唇を尖らせながら吐き出す。その煙を凝視しながら、先ほどまで戸惑っていたあの男を再び思い浮かべる。あれは間違いなくだ。


その事態の深刻さを、咄嗟に閃いてしまった。だから、その場から動くことすらできなくなってしまい、あのような態度を取ってしまったのだろう。招かれざる客の存在。


「今年、確かに豊作の年だな。それに比べて実行委員の奴らときたら・・・。奴らは全員ダメだ。今回で何人かは死ぬだろうな。全く、ここでの訓練を一つも活かせていない」


 実行委員に任命した奴らは、ここに招かれてから数年間訓練を積んでいるもの達。そんな彼らが、今置かれている綱渡りのような状況に、気づきもせず何も違和感を覚えていないことが腹立たしく思えてくる。男は、怒りを飲み込むように口に加えたそれを一気に吸い上げる。その後、右手でそれを口から外し、ため息と共に大きく煙を吐いた。


「お手並み拝見と行こうか。バーン兵士」


 先に出た、今はもう見えない男子の列の最後尾にいた人物に向けて、普段なら言わない激励の言葉をこぼすのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 集合場所から南に向かって旅立ち、しばらく歩くと目の前に大きな山々がそびえ立っていた。それらは、まるで新入生一行の到着を心待ちにしているかのように、堂々と待ち構える。見渡す限りの緑に、思わず感嘆の声が一同から溢れる。だが、そんな浮かれた気分もすぐに締め直し、再び緊張との戦いに皆んなその身を捧げた。


 そのまま、麓付近まで先頭を歩くデンジュ兵士の先導の下で歩き続けてから、ようやく目的の場所に着いたと、大きな声で全員に伝えられた。遠くからではよくわからなかったが、どうやら麓を大きな運動用グラウンドとして活用しているみたいだ、今回の試験で用いそうな多数の機材が、グラウンドを埋め尽くす勢いで並べられ、シル達を歓迎する。


「うげ! まじで今からこれ全部をするのか?」


 置かれている機材は、通常の体力テストで行われる種目に、用いられることが多い一般的な機材。だが、このグラウンドに鎮座する機材はそれだけに留まらない。見たことのない一人専用の屋外トイレみたいに仕切られた長方形の建物。加えて、何に使われるのか想像もできない端のテーブルの上に置かれた鞭。


 周りの新入生達も同様の驚きに包まれているみたいだ。見たことのない機材と機材を目で何度も行き来している。だが、シルはそれよりも他のことに気を惹かれていた。


「なにか、今まで見てきた森とどこか・・・違う?」


 今まで暮らしていた農村部にも多く山は存在していた。その中で、マシュと何度も泥だらけになりながら駆け回ったもので、山と共に過ごしてきたと言っても過言ではない。しかし、眼前に広がっているそれは、どこか従来のものと性格が異なっていた。それが、シルの目には違和感として映し出される。


シルが今まで慣れ親しんできた山は、木のみを実らせる木々が多く成林し、人も山の為になるよう苗を植える。それと同時に、採取する量を事前に決めたりしているなど、山と人の共生の色がとても濃いものであった。そのためか、村の皆んなも自然を大事にして生活することが、どこか当たり前な日常を日々送っていた。そこに疑問を抱く事すらなくだ。

 

 しかし、今目の前に堂々と連なっている山々はどうだろうか。一見すると、緑が山の斜面全てに覆いかぶさっており、自然豊かに見えるかもしれない。だが、目を凝らしてみれば、明らかに人間専用に作られたであろう山道が見える。加えて、シルたちの列の隣を度々過ぎていく、鉱石を溢れるほど載せた台車を押していく作業員の姿。 人類が、一方的に自然から搾取している山であることは間違いなかった。


「だから何だよって話だよな。そんなことより、今は増えたもう一人の正体の方が先決だろ」


 頭に浮かぶ煩悩を思いっきり搔き消す勢いで頭を豪快に掻くと、シルは弛んでいた気持ちに喝を入れた。そして、その張り詰めた集中と、気持ちの糸はこれから


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る