第26話 体力テストの詳細!!

「えぇと、ここまで遠路はるばるご苦労様〜! 中々遠かったでしょ? 俺も毎回ここまで来るの面倒なんだよね。坂の勾配はきついし、周りは見渡しても森に森に森。変わらない景色に加えて、虫まで沢山飛んでる時もある。まぁ、そんな愚痴は大きな声では言えないけど!」


 どうやら、ここは笑うポイントだったようだ。少し間を開ける試みを行うデンジュであったが、望んでいた歓声は返ってはこない。それどころか、一番悲しい静寂という返事が、グラウンド全体からデンジュに返された。


「おぉと、ここ笑うとこだよ! 今年のみんなは真面目だな〜、もっと楽しまなきゃもったいないよ。それに緊張してても良いことなんてひとつもない! 皆んななら、きっと良い成績が残せるさ。残せると思われたから、君たちの年代の中から君たちが選ばれたわけなんだから!」


 再び拡声器を片手に、デンジュはグラウンドの中央に集められた新入生一同の前で、大きな声を発する。一目で分かるほど緊張して、身体が硬くなっている新入生に対して、少しでも場を和まそうとしてくれたのだろう。ちょっとした小ボケを色々なところで挟んでいたが、それを笑い飛ばせるほど心に余裕がある新入生は、誰もいなかった。一段とシンとした空気がこの場に流れるばかりで、デンジュの声だけが虚しく響いては、森の木々に吸い込まれる。


「えっとー、まぁいいか。取り敢えず一個一個今からどのような手順でテストを行っていくのか説明していくね! まずは体力を測る為に全員でこのグラウンドに引かれている円周に沿って持久走をしてもらいます。長さは一周当たり200メートル。一般的なグラウンドの長さだけど、走ってもらう距離がアーミーナイトでは異なります」


 淡々とデンジュは、既にテンプレートが手元にあるかのように、流暢な言葉で説明を始める。しばしば、目線が新入生ではなく手元に落ちているで、つまりはそういうことだろう。


「通常であれば、1500メートルや3000メートルを走ってもらうんだろうけど、ここでは4000メートル走ります。だから、20周このグラウンドを走り抜けると持久走の科目は終了です!」


 終了ですって高らかに唱えるデンジュ。何が楽しいのか、笑顔を浮かべる実行委員であるが、対照的にシル達のテンションは大幅に下がっていた。4000メートルを、つい数日前まで一般人だった人が、速度を保ったまま走れる距離ではない。いや、単にダラダラと走るだけなら、可能だろう。だが、これはアーミーナイトが用意したテストであることを、忘れてはいけないのだ。


「ちなみに、君たちの中にはそれぞれ通常の人にはできないような動きであったり、攻撃を繰り出せる人がいるしれません。ですが、この麓では瘴気濃度は極めて低いです。なので、そういった能力に頼ってテストを行おうと腹づもりしている人は諦めてくださーい」


 ここでいう通常とは外れた動きとは、マシュの影を極限まで薄めた上で高速移動を行うことなどが該当する。もちろん、ここに集められた新入生ならマシュよりも、更に洗練された動きを見せるものもいるだろう。そんな能力をフルに使われては、正確な数字が測れない。


「それが終われば各々分かれて貰って筋力とか、瘴気保有限界等の身体的なテストを行っていきます。おっと、そうだ。ただ単にテストを受けて、はい終了。では、君たちのモチベーションが下がっちゃうと思うから、一点伝えときます! 


この4000メートル持久走の最短記録は、最初に集合してもらった時に言葉を頂いたウィリアム大佐が持っていて、なんと脅威の10分と50秒。化け物みたいな数字だけど、もしこの記録を塗り替えれると自信がある人は、ぜひ挑戦してもらいたい。もしできたら、大佐から表彰が贈られることになっているんだ!」


 もう笑いを取るのは無理だとデンジュも悟ったのだろう。今までのおチャラけが嘘のように、一連の説明に冗談などは一切含まれなかった。それに、顔つきもどこか他人のそれに変わっている気がする。


 しかし、あの大佐の記録が異次元なものだな、とシルは心の中で静かに呟く。これから闇の一族と戦いを繰り広げていく以上、素の力が高いに越したことはない。なぜなら、奴らを殺す技術であったり、戦略を見出すなどの発想は、今からの訓練を通して身につく可能性は非常に高い。


一方で、生まれ持った筋力であり、体力といったものは一朝一夕に身につくものではないのだ。それによって、戦場において大きな差として現れるのかは、戦場を経験していないシルには断言できない。だが、そう言ったものを兼ね備えた人材は、貴重だということはシルでも分かる。あの大佐には、人類の中でも周りの人を軽く凌駕するだけの力が、技術抜きであるという事実に、驚愕を隠しきれなかった。


 そんなことを思考している間にも、デンジュの説明は続いていた。


「今、君たちの右手に赤いポールが立っているよね。そこから真横に白いラインを事前に引いておいたからそこに一列に並んでもらいます。そこから、このグラウンドのレーンをさっき説明した距離と回数を走って貰うことになるからそのつもりで体力調整してください」


 何人かの生徒は、すでに戦闘態勢に入ったようで、首を何度も回し始める。右回転、そして左回転。何度も器用に動く頭に、思わずシルの目線は奪われてしまうほどに。


「勿論、腰に帯刀している武器は置いておいてください。それをつけていた方が早くなるんだと、豪語する方がもしいらっしゃるのであれば、長い時間をかけてその人とマンツーマンで話し合います。ぜひ前の方に出てきてください」


 デンジュは言葉を区切って周りを見渡す。時間にして5秒ほどだろうか。誰も手を挙げることもなく、グラウンドには一時の静寂が訪れる。それも、一瞬のことであったが。


「ふむ、どうやらいらっしゃらないようですね。では、今から5分後に始めます。短い時間ですけど身体を温めて、準備ができた方から順にスタートラインに並んでください」


 デンジュが話を締めくくる。新入生たちは各々勝手に、誰とも会話をすることなくグラウンドの空いているスペースに移動を始めた。そして。その場で膝を胸にくっつける両足ジャンプを始めるものや、今から走ることが分かっているのにガムシャラに走り、勝手命名に身体を温め始めるのであった。

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