第22話 一筋縄では行かない連中
拡声器の握り手に備え付けられている、電源のオンオフを司どるトリガー。それを何度か握り放ししては、あーあー、と言う声を漏らす。だが、そんな事など気にもしないように、集められた学生は、その場から一歩たりとも動くことなく、その場で私語一つ漏らすことなく静止していた。
大佐のドスの効いた声に加え、選抜に選ばれたことで浮かれるなよと、言わんばかりの先程のゲキ。この二点が、未だに学生の頭から離れないのも原因の一つだろう。まぁ、楽観的なシルを除けばだが。
このようなマイクチェックの時間というものは虚無でしかないと、シルは個人的に思っている。にも関わらず、ふざけた気分になりきれないのは、やはり大佐の言葉と、周りの学生の顔つきの険しさがそうさせないのだ。
人類の防衛ラインは、すでに著しく撤退したという、事実の中での大佐の言葉。そして、それを周知していないにも関わらず、周りの学生はそれを大袈裟な発破だと受け止める人は一人もいないことが驚きだ。
彼らは本気で命を賭ける覚悟を持って、ここに来ているんだと、改めて強く認識できる。じっと前だけを見つめる姿勢からは、己の力をどこまでも信じている自信が垣間見られた。
「皆んな顔が怖いよー! 俺は、今年の実施委員ということで、今日1日! 君達と共に行動する、ここに来て3年目のデンジュ。もしかしたら、この基地内で今後も会うかもしれないから、せめて名前だけでも覚えていって」
新入生に流れる緊張感とは一転して、底抜けに明るい声がグラウンド内に響き渡る。大佐の声との、あまりにも大きなギャップ。それが逆に怪しく、シルの目には映った。まぁ、そんなことを考えても、特に意味はないことなんだが。
「それと、さっきの隊長の挨拶は、あんまり深く考えなくても良いよ。いつも隊長はあんな感じで脅しをかけてくるんだけど、本当はみんなに期待してるだけ! でも、油断とか慢心というのはこれから闇の一族との戦いの前に一番不要なもの。このことを、ここで確認しておこうってだけだから」
「話なげーよ・・・」
どこかから小さく漏れる声。それを、集中力が欠如しているシルの耳が聞き逃すはずがない。しかし、それがどこから聞こえてきたのか、今の時点で探し回れば不審に思われる。シルは、不完全燃焼感を抱きながらも、デンジュの言葉に傾倒しようと試みるのであった。
「皆んなは緊張しすぎないで、いつも通りの力を出してもらえたらそれでいいから!そうすれば、自ずと結果の方がついてくると、俺は思う。じゃあ、男子から移動しようか。前から順に、俺に付いてきてもらえるかな」
ようやく全ての確認事項が終わり、あまりの話の長さに、シルは空気と共に大きく開く口を下を向くことで、どうにかして誤魔化す。空気を吐き切った後、シルはデンジュの言葉を何度か頭の中で反芻していた。その中でデンジュによって掛けられた言葉は、大佐の真意を上手に柔らかいニュアンスで言い纏めてられていたことに気づく。
気がついてみれば、出来過ぎなほどの飴と鞭。だが、もしあの要約を日常から容易に行うことができるとするならば、彼が実行委員に抜擢される理由は分かる。
デンジュと名乗った軍人に連れられて、集合場所に前に並んだ新入生から行動を開始していく。先頭の学生が動き出すと、それに呼応するように後ろの学生も足を動かし始める。ズラズラとグラウンドの砂が巻き上げられ、それに伴いグラウンド内を大きく響き回る足音。
シルは一番最後尾に並ばされていた為、行動するのも一番最後。まだ、歩き出すには多少の猶予があるように思えた。手持ち無沙汰になったシルは、ふと、気まぐれでこれから同期になるであろう、全員の顔を女子も含めてさらっと眺める。
顔に傷がある者、緊張で顔が真っ青になっている者。色々な表情と性格を、今見て取れる範囲で、いずれ関わる時の為に頭に記憶していく。纏っているオーラであったり、主に用いられる武器は多種多様。だが、全員に共通しているある一つの事柄はあった。
それは、誰一人として、怪物を相手にしても引けを取らないであろう剣技と、戦闘能力を誇っているように見えること。それを立証する証拠は一つもない。だが、彼らの佇まいであったり、心の底に見え隠れする根拠なき自身が、シルにその直感を抱かせた。
「これは一筋縄じゃ行かなそうだ」
かくいうシルも、その直感を受けて頭を垂れるような柔な男ではない。それは、良い意味でシルの身体にやる気という鞭を打ち、今から行われる身体テストに臨む気持ちを一気に最高潮まで盛り上げるのだった。
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