第23話 恐怖を解く手の温もり
辺りを見渡し、これから迎えるテストに心躍らせる新入生の数を無意識下で計算すしていた。今年の新入生は男子6人、女子6人の計12人。例年にないほど。今回の新入生は残ったと聞いていたが、20人という定員の半分を少し上まわった程度しかこの場にはいない。改めて、この場に五体満足で辿り着けた事実に、シルは身を震わす。
一方で忘れてはいけないのは、全国民から選りすぐりの才能溢れる学生を、8人も返り討ちにされたという事実。それは、これからの脅威である闇の一族の底知れぬ実力を物語っていた。
だが、この場にいるメンバーの中でそのことについて、疑問を持っている人は何人ほどいるのだろうか。いや、この様子を見ている限りでは、誰一人いないように思える。半分近くの新入生が来ていないことに、いつもと変わらぬ様子で振る舞う、周りのアーミーナイトの職員や新入生に少なからず不信感が募った。
「それにしても、同期の人数は12人か〜。さて、俺とマシュは、このテストで何位くらいにつくかな——、ってあれ? 昨日、大佐は何人この場所に辿り着いたって言ってたっけ・・・?」
頭で考えていた時は何も違和感を抱かなかった。だが、自分でその奇妙な現実を呟いた時に、口から出た矛盾。それが、一瞬にして身体中に電撃を連想する衝撃を走らせる。
目の前で実際に起きている異常事態が、何を意味するのか。その答えは咄嗟には閃くことができない。だが、頭にそれが現れた瞬間から、腕に今まで生きてきて感じたこのないほどの鳥肌が、目で見ても分かるほど立ち始める。同時に、寒くもないのに冷気を司どる脳の連絡経路に異常が起きたかの如く、悪寒と震えが襲いかかる。
意識すればするほど荒くなる呼吸。だが、自分だけこの異常事態に気づいたと、他の人に認知させるのは得策だと思えない。
ふぅー。揺れる身体を落ち着かせるように、一つ長い呼吸をつく。うん、勘違いかもしれないが、少しはマシになったかな。いや、全然変わっていない。それどころか、悪化しているほどだ。
今すぐに、心に立つ荒波を沈めることをシルは諦める。そして、出来る限り普段通りを装い、もう一度。今度は冷静に、間違いが生じないよう、丁寧に前から人数を数えていった。
「やっぱり12人いる。間違いなんかじゃない」
列が動く速度は思ったよりも早かったみたいで、既にシルの二列前の男子も前に続く様に歩き始めている。シルも、そろそろ歩き始めないと周りの人達に変に思われる。だけど、
「なんで一人多いんだよ⋯⋯ 。昨日、大佐は確実に11人って話をしていた。誰がこの中に混じっているって言うんだ? 偽物だとしても、わざわざ潜入するメリット何てないだろ」
ふと、昨日の大佐が漏らした言葉が蘇る。「闇の奴らは守護者の卵であるお前たちをやり易い内に殺そうと考えている」、「今年はいつもより死に損ないが多く集まったな」
闇の一族側の状況を知る手立ては、恐らく現段階ではこれが全て。その中で、考えうる最悪の考えが、頭に浮かんでこびりついて離れなくなる。絶望の考えが身体を縛り付け、時間が経つにつれ、その威力を増していく。
恐怖という根が足の裏からびっしりと蔓延っているように、そこから一歩たりとも足を動かすことができない。そして、浮かんだその最悪の考えを、無意識の内に小さく口にしていたことを、シル自身も気がついてはいなかった。
「もしかして、今年は生存者が多かったから潜入して俺たちの誰かを殺そうとしているのか。こんな場所まで来ているんだ、それはもう自滅覚悟で」
闇の一族からしてみると、この場所は敵の陣地。そんなところに入ってきているのであれば、生きて帰れるという可能性は万に一つもないだろう。そもそも、そんな事を成し遂げて無傷で返すようなアーミーナイトでは無いからだ。
ここには新入生だけではなく、今まで訓練を積んできた精鋭も滞在していることは、
周知のはずだ。仮に新入生を一人殺せたとしても、すぐに彼らが駆けつけて、応戦されれば、大人数を巻き込んで殺す何て所業はできないだろう。
しかし、その前に誰かに気づかれる可能性を考慮していなかったのだろうか。例えば、実力者である大佐とかに。大佐は、みんなの前に躍り出て、スピーチをさっき行なっていたくらいだ。新入生の頭数なんて前から見れば、その異常具合も含めて一目瞭然だろう。
「もしかして、幻影の類の魔術を使用していたのか? あの時に限っては」
あの人ならいとも容易く見抜けそう。そう思わせるほどの実力者ではある。だが、彼がそうできなかったと考えれば、それしか方法は考えつかない。あの段階では、シルも何も不信感を抱くことすらなかった。つまり、あの時に限り、能力を開放していたと考えるのが、妥当なのかもしれない。
シルは首を周りに振り回し、大佐の姿を探すが何度あたりを見渡しても、その姿を視認できなかった。気づいてしまったからには、この事実を今すぐにでも伝える必要がある。そして、それは大佐のみに対して伝えることで、有効な策を講じれるとシルは思案する。なぜなら、大佐だけは確実に、この世界の全ての事実を知っているから。
「おーい、一番最後尾の君! どうかしたのかい?」
デンジュと名乗った兵士も、いつまで経っても動こうとしない一人の新入生の異変に気づいたみたいだ。列の先頭からこちらを振り返って、大きな声でシルの名前を呼びかけてくる。しかし、今のシルに、そんな声は耳に届くことはない。それを許容するほどの余裕と、考える頭のスペースがなかった。
多様な方角から交錯する思惑と、これから起きるであろう幾千ものシチュエーション。それを、頭の中で再生させては、そのどれもに対して、今自分が行動できる範囲での最適解を模索する。だが、その思考の中で的確な答えが出るはずもない。
そんな頭の超高速回転の最中でも、感じるのはいつの間にか強く握った愛剣の柄の感触。まるで、落ち着けと言わんばかりに、冷たい感触が手から伝わってくる。だが、シルの頭はこびり付いた考えをかき消すように、様々な推測を考えては消しての繰り返しでいつしか額には汗が浮かび上がっていた。一滴の汗が額から頰を通じてやがて顎から地面へと落ちていき、流れた汗が地面にいくつか黒いシミを作る。
「呼ばれているわよ、あんた。どうかしたの? それに凄い汗じゃない。今日そんなに暑い? 体調が悪いなら、私の方から伝えといてあげるけど」
冷たいだけの手から、不意に温かな温度が感じられる。誰かに手を握られていると、気づくのに僅かなタイムラグが生じる。そして、俯いていた視線を正面に向けると、そこには彼女がいた。
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