第19話 ついてない1日〜シャワーに打たれて〜

 サーサー。


 一つ壁の向こうで、壁が薄いせいか漏れてくるシャワーを浴びている音。彼女の声までは聞こえることはないが、それでも水が激しく当たるとその音はシルの鼓膜を震わせる。それを布団に潜り込むことで、必死に聞くまいと抵抗した。


したのだが、僅かな隙間からも侵入してくるそれは、シルにふしだらな妄想をさせるのに十分であった。音が聞こえてくる度に、あの時目にした綺麗な裸体が頭に浮かんでくる。


 どんなに布団の中で体勢を変えようにも、その音が無音になることは無い。それゆえに、その考えが頭から離れるわけもない。結局、終始悶々としたまま、彼女が1秒でも早く、シャワー室から出てくることを祈ることで、地獄のようなこの時間に活路を見出そうとするシルであった。

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「ホント、今日はついてないわ」


 少女は身体を温水で濡らしながら、ため息と共に言葉を意識していないのに、気を抜けばそれをこぼしてしまう。振り返れば、今日一日ロクなことが起きていない。そう考えてしまうと、思い出したくもないのに、今日という1日に起きた出来事が、フラッシュバックのように鮮明に頭の中で再生されるのであった。


 今日は、珍しく早起きして、化粧して、精一杯のおめかしで家を出た。当然だ。今日から、新しい世界が開けるんだもん。守護者に選出された、私と同年代の才能あふれる学生と出会うのだ。最初から、ちんちくりんの田舎女という印象を持たれたりした日には、私はもう生活できなくなる。


そう思っていたら、軽い足取りで鞄を背負って道を歩いていると、いきなりよく分からない未知の生物に襲われたんだ。身体が緑色の見るからに気持ち悪い生物。どことなく、蛇のような格好をしていたのかもしれない。


というのも、自信がないんだ。確かに、怪物に襲われたのは私なんだけど、よく姿を見ていない。敵が襲ってきた、って認識した瞬間目を瞑って、精一杯駆け出して逃げ出しちゃったから。


 逃げ惑う私目掛けて、汚い唾液を撒き飛ばされたりもした。何もないところで躓いちゃって、転んだりもした。そして、必死に走って、怪物の姿が後ろにないから撒いたと思って、その足を緩めたら、即座にまた追いかけられたりもしたっけ。まるで、あれは永遠を錯覚する鬼ごっこだった。そこから、命からがら基地が視界に入るところまで、辿りついたと言うのに。


そこで、偶然近くにいた強面の軍人に助けを求めたら、イキナリ刀で一刀両断するもんだから、切断面からの大量の血しぶきを浴びちゃうし。赤色でも気持ち悪いのに、緑色とか。新しい制服が台無しになったし、もちろん、お化粧した顔だって全て台無し。あぁ、ベトベトの身体は余計に気持ちが悪かった。


 そして、その人の話をよく聞いたら、これからお世話になる大佐だって言われたっけ。服が汚れたことをかなり責めちゃったけど、そんなこと言われたらそれ以上文句を言うことはできなかった。それゆえに、フラストレーションが溜まっていたかもしれないわね。


だから、沸々と湧き出る感情を抑えたまま、部屋で汚れた身体と制服を洗い流そうと思って、シャワーを浴びたら次はこれだ。あの男子生徒が、なんか頼りさなそうな男が私の裸を見てきたのだ。はぁ、もうため息しか出ない。


「これからどうしようかしら」


 勢いよく彼に強がってみたものの、同居者の変更は原則禁止されている。だから、長い間二人で仲良く暮らしていかなきゃいけないのに。険悪なままだと、これから始まる訓練で疲れた身体を、部屋の中でも回復することができなくなっちゃう。


それに、日常会話だって・・・。これから、訓練とかで一緒になることもあるだろう。それ以上に、実際に前線でパートナーとして、命を預けあうかもしれない。なのに、私ったら・・・。


「今更、普通の友達になりましょう・・・は、きついわよね」


 ほんの数時間前の自分に、今更ながらとても腹が立つ。あー、タイムマシンがあれば。急にこの部屋に、ボロボロの服を着たヒゲまみれのおじいさんが、未来の話をしにやってこないかしら。


「まぁ、明日から頑張ろう。うん、明日の自分に期待するしかない!」


 強い決意をして、彼女はまるで、その決意を洗い流すかのように、頭から今までよりも水圧を強くしたシャワーに打たれ始めるのであった。


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