第14話 魔性を浮かべる笑み

「近くで見てみると凄いな」


 医務室前の窓から見た光の道を通って、隊長に教えられた宿舎の前にやってきた時、その壮大さについそんな言葉が、自然とシルの口から溢れる。大都会にしかそぐわ無い建築物を前に、感嘆の声しかでない。高さは、感覚的にだが、30階くらいあるだろうか。奥行きも申し分ない。つまるところ、ものすごい大きな建物だ。


 扉の前に立ち、どこにも触れていないのにウィーンという音を立てながら、扉が自らシルの存在を察したかのように開く。見たことのないギミックに、心臓が飛び出るくらい驚いてしまう。やはり、この場所は今まで自分が過ごしてきた場所とは、全てが違うんだと改めて痛感させられる。だが、これにも慣れていかなければならないな。


建物の中に広がる景色は、その光が交差することによって生じる美しさを体現したものとは打って代わり、比較的落ち着いた光景が広がっていた。この中にまで、自分が今まで触れたことのないものばかりが置かれていたらどうしよう、という不安は取り拭われる。幸いなことに、ここでは迷うことなく生活していくことができそうだ。


「君が最後の入寮者だね」


 箒を片手に、腰にエプロンを巻いた女の人が、入り口を入ってすぐ左手にある部屋から現れる。その部屋には、寮母室、と書かれた看板がぶら下がっており、扉が開かれたことにより激しく動いている。どうやら、この人が大佐が言っていた寮母さんのようだが——。扉に看板と共に備え付けれた鈴が、チリンチリンと甲高い音をこのフロア中に響かせた。


「今日からお世話になります、シル・バーンです。あの、失礼ですが本当に寮母さんですか?」


「えぇ、当たり前でしょ? ここで皆んなの世話をしている寮母のカヤよ。こんな格好をして、寮母室から出てきたのに信じられない?」


 はっきり言って、全く信じられないとシルは思った。シルの中の寮母のイメージというのは、自分の家の隣で米を栽培していた、ちょっと膨よかな体系で、目が少し細いおばあちゃんくらいの人相を想像していた。しかし、今目の前にいる寮母を名乗る人は、見るからに20台の容姿とスタイルで、茶色で染め上げられたロングヘアーを頭のトップ付近で団子状に纏め、色々と強調してくる身体の膨らみを、更に強化してくる少し胸元が開かれた服を着ている。


シルの想像とは180度異なる人だし、何より色々と刺激が強い。よく見るとエプロンの下はショートパンツを履いているじゃないか。そういった耐性がないシルにとっては、あまりの肌の露出度に思わずクラっとしてしまう。


「ふーん。何に驚いているのか大体分かってるけど。お姉さん、そんな幼い子を食べちゃうとか、そっち系の趣味はないから安心して。まぁ、君がどうかは分かんないけど。これは冗談ね。君の部屋は、奥の階段を上って4階の突き当たりにある420室だから。ほら、これがその鍵。中でゆっくり休んで」


 悪魔のような魔性の笑みを見せると、手に握られていた銀色の物体が一度宙に浮かんだ。シルは、それが鍵だと気づくのに僅かに遅れる。投げられた鍵を落ち着かない足取りでバタバタしながら何度か掴み損ね、なんとか地面に落とさずに手中に収める。


「これからよろしくね、シル君。なんか困ったことがあったら、いつでも聞いてくれていいから」


 そう言いながら送られるウインクを、何とか体を拗らせて直撃だけは避ける。そして、軽く会釈をしてから、そそくさとその場から逃げるように階段へと向かった。明らかに赤面している顔を、誰にも見られることがないように、ずっと下を向きながら。その割に、何度か床に置かれたものにつまずいてしまう姿を、後ろから微笑まじりで寮母に見られてしまうのが、シルは恥ずかしくて仕方なかった。


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