第13話 ブラフ

 大佐は、明らかにシルが銃弾を切り落としたのを、趣向を変えたようにシルの目には映った。それを証明するように、先ほどまで大佐の銃口は次の狙いをマシュに一寸のブレもなく向いていた。だが、実弾が発射されることはない。マシュがこの部屋から立ち去る時に、一度キィという音を立てて空いた扉は、今一度完全に閉ざされる。


 部屋には、マシュがいる時は意識していなかったが、いつの間にか銃口からたち登る火薬の匂いが立ち籠めている。加えて、男二人がお互いに見つめ合うと言う、少し奇妙な状況に陥っていた。更に、葉巻から出る煙と相まって、心なしか部屋全体が徐々に白く染まっていくような感じがする。


「先ほどはいい反応速度だったな、バーン兵士。闇の一族の下っ端を、一人で倒すことが出来たことも納得がいった。お前の連れのカリュ兵士は、全く反応できていなかったがな。はて、同じ師を持って訓練に勤しんでいたというデータであったが、それは間違いであったのかな。それとも、お前が抜きん出て特別なのか。二つに一つだが、今はそんなことはどうでもいい」


 思いがけない褒め言葉に、シルは少し驚きを覚える。大佐の顔を伺うと、そこには先ほどまでの威圧感に溢れた表情ではなく、優しさに満ちた笑みが浮かんでいた。


「ありがとうございます。しかし、先ほどは流石に死ぬかと思いましたが」


「あの程度じゃ死ぬはずがないだろう。君も、あんな銃弾一つで死んでたまるか、って心の中で思ったんじゃないのか? つまり、そういうことだ。仮にあれで死んでしまう奴は、この先の長い戦いで、早々に命を落とすことになるだろうしな。それも、闇の一族に本当の痛みというものを身体に覚えさせられて。それなら、今、私が一撃で命を奪ってやる方が何倍もマシだ」


 それって、最初から本物の銃弾で狙うつもりだったて言う事じゃ。そう言いかけて、結局言葉にするのは止めた。それは、大佐の表情に優しい笑みが現れたと思うと、ほんの一瞬で、すぐさま前の険しい表情、というより、悲壮感溢れる表情に戻っていたから。大佐自身、何度もそういった光景を見ていることが、言葉の節節から伝わってくる。


「そんなことは置いといて、君に尋ねたいことがある」


「なんでしょうか」


「単純な質問だ。君の出身はどこだ」


 突拍子のない質問に、シルは一瞬躊躇してしまう。何か、事務的なことで尋ねられているのだろうか。その割には、大佐の表情は先ほどよりも、幾分か真剣のように見て取れる。というか、先ほどデータで俺の出身地の情報は持っている、って話していなかったか。


「キラリアから遠く離れた農村部ですが」


「なるほど、ふむ・・・分かった。今日は初日だと言うのに疲れただろう。北東に建っている宿舎に向かって疲れをとるといい。部屋はそこの一階にいる寮母が教えてくれるだろう」


労いの言葉をもらい、ありがとうございます、と頭を下げ体を90度右足を軸足にして回転させる。そして、真後ろに位置している扉の前に歩み寄ったところで、ふとシルは足を止める。


「どうかしたか」


違和感を感じ取った隊長が、後ろから声をかけてくる。


「一つ疑問に思っていたことがあって。失礼を承知の上で、尋ねてもよろしいでしょうか」


「ふむ。お前は私の攻撃を見切った功績がある。なので、一つに限り質問を許可しよう。なんだ?」


「今年の新入生20名。全員ここに来ていますか?」


隊長はすぐには返答しない。何と返そうか迷っているようだ。だが、微かに震えているのが分かる。それがどのような意味を表しているのかは分からないが。


「やはり、お前は鋭いな。博士がお前のことを警戒するよう、促してくるのも分かる」


重い口から出たのは、その言葉だった。


「本来なら絶対に教えないが、先ほど質問に答えると言った手前だ。軍人に二言は許されない。他言無用を条件に教えよう。どうかね」


「もちろんです。カリュ兵士に問われても、口を割ることはないでしょう」


ふぅー、とため息が白く色づいて、口から溢れる。


「今年、アーミーナイトに身体の負傷はあるものの、無事に辿りつけたのは11人。中々の死に損ないが選ばれたもんだ。この数字は極めて功績だ。昨年度は、5人を下回っていた」


「それは、私達と同様、皆闇の一族に道中襲われたということでしょうか」


 シルの言葉に、隊長は軽く頭を上下に一度揺らす。


「君達は、言うならば新守護者の卵みたいなものだ。いずれ手に負えない存在になるのならば、殺しやすいこの時期に襲うということだろう。恐ろしいことだが、毎年新入生の襲撃があり、我々も手を焼いているのだ。こちらも地図を複雑にしたり、時期をずらしたりと、様々な策を講じているがどれも効果は見られない」


「守護者様は何故そのような状況でも、守って下さらないのでしょうか」


 シルは、自分の鼓動がドクンと一段と大きく跳ねたのを感じた。今から従う大佐に、初対面でのブラフ。闇の副士官が放ったことが、事実なのかどうかと、それが事実だとして、そのことを把握しているのかを確かめるためだ。


「質問は一つまでという約束だ。これ以上の質問は受け付けない。だが、一つ言えることは彼らも忙しいんだろう。今は深刻な時期だしな。そんなことより、私は君には期待しているんだよ。ここだけの話、新入生が生き残るのは、襲撃から逃走して逃げのびるというのが殆どだ。しかし、君は恐怖心に勝ち剣を抜いた。ましてや、その結果相手を打ち破った。これは中々できることではない。私でも君の年頃のころでは、そのような事は出来なかっただろう」


 明らかに露骨に話をすり替えるもんだ。しかし、収穫はあった。アーミーナイトは守護者が亡くなったという現状を把握していて、対策を練ろうとしている。大佐の話し振りから、なんとなく、あくまで直感だがそんな気がシルはした。


「その時は無我夢中でしたから」


それだけを言い残すと、シルは大きな扉に手を伸ばし、部屋の外に出て行った。


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