第5話 戦いの火蓋

 闇の一族とは、人類と相対する怪物で、瘴気と呼ばれる自然発生する魔力が何ものにも変換しないときに生じる高濃度の霧——人の目には捉えることはできない——を糧にして暮らしている生物のことを意味し、その種は多岐に分類される。


 カエルなどの本来人類にとって敵対視される生物ではなくとも、高濃度の瘴気に長い時間晒されることにより、常識では考えられないほど大型化してしまうこともあると言う。それらはクリーチャーと部類され、未だに確認されていない個体が存在するなど、闇の一族に関する事象には説明できない事も多く存在する。また、理由は分からないが、人間でも高濃度の瘴気を多量に吸い込み、人ならざる力をようとする者もいると聞く。あくまで噂程度の話ではあるのだが。


実際、現在目の前で、シル達に死の恐怖を突きつけている悪魔と呼ばれる奴は人としての威厳は捨てているが、明らかに人類よりも遥かに進化を遂げた存在だと言わざるを得ない。放出できる魔力の量も、威力も、人類のそれとは段違いだ。


 当然のことだが、シルやマシュだって顔を真っ二つに切断されれば、その瞬間に絶命する。だが、奴はそれすら克服してみせていた。奴らの脅威的なところは、大っぴらな弱点がないことだ。ここを攻撃すれば必ず絶命するという、人間では心臓や脳に該当する重要な器官が存在しない。


厳密に言えば、それらの役割を果たす器官があるにはある。だが、そこに致命傷を与えたとしても、異次元な回復力を発揮されればそれまでなのだ。瞬間的に、それらの損傷は無に帰してしまう。なので、奴らと交戦する際には、まずどのような攻撃をするのかを分析。その上で、回復が追い付かないほどの致命傷に当たる攻撃を、耐えぬことなく繰り返すしか、今のところ人類側にはする手がない。

 

 そんな不死身とも言える闇の一族中でも更に、人類が存在すら確認できていないほどの超強力な力を有していると言われるのが、闇の一族の後継者。瘴気を大量に身に纏い、人類を凌駕する力を持つ闇の一族の中でも更に尊敬され、畏怖の対象である奴らのことを指す。その数も力量も全てが謎に包まれているが、彼らの攻撃一つで一つの島が消し飛ぶ力と匹敵する、とさえも言われている。


そんな彼らに対して、人類は長い年月をかけ、生死をかけた戦いを各地で繰り広げている。それも数え切れないほどの犠牲者を、人類サイドだけ出しながらだ。アスガルド大陸では、現在残っている町は65と言われているが、過去に遡るとその数は100をゆうに超えていたと、歴史書の中では記載されている。


 その中には、氷に包まれた島や、炎に包まれた国など、様々な記載がある場所も含まれる。だが、そこを訪れることは人類は何年もの間叶っていない。なぜなら、それらはすでに、猛威を奮う闇の一族の侵攻によって手放してしまった土地なのだ。冷静に分析しても、現段階では取り戻すことは、不可能だと言われている。


多くの町が消滅、または崩壊していった理由も、全ては奴らに起因するところが多い。誰でも分かることだが、自分よりも優れている人相手に勝利を収めるのは、並大抵のことでは起きないのだ。


 それに、人類と闇の一族との溝を最も深めているのは、何も力の差だけではない。何を隠そう瘴気というものが、物事をかなり複雑にしているのだ。人類にとってはただの霧と同等で、基準値を超えるほどの高濃度で晒されなければ無害の気体に過ぎない。


だが、闇の一族にとってはそれが力の源。濃度が高くなれば高くなるほど、その効力は増していく。再生能力もそのうちの一つで、瘴気さえ存在すれば、彼らは無敵と言わざるを得なくなる。何故なら、彼らにとって、怪我をしたところから新たな腕を生やすことだって、瘴気さえあれば容易なことだからだ。そう、仮に頭を真っ二つにされても傷跡一つ残すことなく回復することも。

 

 そして、厄介なことに瘴気というのは、ある一定の範囲内に存在する闇の一族の力量に比例して濃度が高まるという性質をもっている。要するに、人類からしてみると瘴気を無くす為には、生存する闇の一族を全滅させれば良いだけの話に終着する。


しかし、それをされてしまうと反対に瘴気がなくなることにより闇の一族は、繁栄するどころか衰退することになり、絶滅する一途を辿ることに直結する。だからこそ、何千年と続く人類と闇の一族との争いは、現在まで終止符を打てないでいるのだ。


 この戦いの及第点としての交渉の余地は一切存在しない。交渉とは互いに落とし所があって初めて成立することだが、両者の間にはそんなものは存在しない。テーブルには生存か、全滅か。その二択しか常にない。それゆえ、両者互いに最後の一人になるまで争いを続ける姿勢で、ここまで気が遠くなるほどの時間を過ごしてきた。


「何を強がっているんだ? お前が事前に自分の手下を呼び、この辺りの瘴気濃度をあげていたっていうのは、自分一人の力じゃ対して濃度は上昇しない。つまり、自分は大したことのない実力だって、鼻高々と言ってるようなもんだぜ」


 虚勢を張りながら、今にも崩れ落ちてしまいそうな脚に鞭を打つ。シルは勝ち誇った表情を崩さぬように注意しながら、不敵の笑みをやめないサキュバスに言い放つ。

 

 はっきり言って、勝算はないに等しかった。もとより、2人で奇襲をかけてようやく勝ち目があるか、闇の一族との戦いはそういう次元の話だ。面と向かって交戦しては、守護者でもない限り、この世で勝つことができる人類は存在しない。


だが、無理にでも虚勢を張っていないと、僅か数パーセントの生存する可能性に賭けるという行動に出るための勇気を、今にも失いそうであったのだ。考えないように努めても、心の内側に死という恐怖がびっしりと塗りつぶされていく。振り絞る勇気が生まれるたびに、それが黒い布のような物で覆いかぶさっていくみたいだ。


 シルに、剣を握る手から握力すら奪われていく感覚が徐々に襲いかかる。


「ふん。身体機能も侵され始めたのかよ」


 悪魔に聞こえないように小さく呟く。そして、震える右手を覆うようにして、左手も剣に添える。そして、真っ直ぐに悪魔の命だけを剣先で捉える。


「まぁ、確かに。あなた達以外の奴らは私の部下だったわけだけれども。だからどうしたっていうのかしら。この争いに、人類と私たちの戦争に卑怯もクソもないのよ!!」


 言い終わると同時に、サキュバスは持っていた鞭をシル達に向かって横腹いで大きく振り払ってくる。戦いの火蓋は再び切って落とされることとなった。

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