第16話 招かれざる客
部屋の窓から溢れる月明かりのみが光源となり、部屋を薄白く照らしている。それはどこか神秘的でもあり、窓の下の街路時から溢れる、人工の煌びやかな光とはまた違った趣が感じられる。
だが、そのような景色であり自然の産物を嗜むことを、シルはできる余裕すら持ち合わせていなかった。疲れていたから? いや、そうではない。そういう趣味趣向を持ち合わせていなかったからか、否である!
この現状を見て欲しい。今、シルが取っている姿勢をすぐに見て欲しい!! 疲れているのに自分は、今、土下座をしているのだ! いや、それだと好きでやっていると誤解されるかもしれない。正確には、正座させられているのだ。
この部屋に入った時と全く変わらぬ立ち位置で、そのまま立っていた姿勢から、床に座り込む姿勢に移り変わっている。床から伝わる冷たさが、直接シルの心まで凍えらせるように迫りくるのをひしひしと体感できる。
なぜ、シルはこんなことをさせられているのだろうか。シルは現在進行形で自分の身に降りかかっている災難について、もう一度最初から振り返って見ることにした。一階でカヤさんから鍵を受け取り、疲弊しきった足に鞭を打って、4階の自分の部屋だと言われた、ドアの前に来たところまでは良い。
問題はここからだ。鍵を開けて、部屋に入ってみると何故か見知らぬ女の子がいて、ばったり目が合ってしまうのだ。それも一糸もまとわぬ姿のところに運悪く直面してしまい、その姿を無意識下で目に焼き付けてしまった。このような暴挙に思わず出てしまったことが、更なる悲劇を招く形になってしまったのは、言うまでもないだろう。
いや、そもそも彼女は誰なのだろうか。それすらも、シルは誰からも知らされていない。誰も教えてくれなかったのに、僕は今こうして土下座させらているのか。そう思うと、瞳から水滴が思わずこぼれ落ちそうになるが、何度か瞬きをすることで、それを回避する。
まぁ、それは置いといて。シルは彼女の裸を頭の記憶に全力で植え付けた後に、何をしているのか、という問いを彼女にかけられた。それに、対しても火に油を注ぐ返答を返してしまったのだ。だが、だが、断じてそれだけだ!
彼女の身体に、シルの方から歩み寄って触れるようなことは、一切行っていない。シルは、彼女に対する返答を間違えたし、女性の扱いに慣れている方でもない。だが、そのような紳士に反れる行いをシルはしていないし、しようとも思わなかった。シルはそう思っていた一方で、彼女にはそうは思ってもらえなかったらしい。逆に彼女の方から強烈な一撃を間髪入れずにもらうことになった。
今この420号室にはシルしかいない。先ほどまで、変態!と大きな声で罵っていたあの女の子は、寮母に詳しく聞いてくるといって、少し前に部屋から出て行ってしまっている。その時に、部屋にあったロープでシルをテーブルの柱にくぐり付けて出て行った為、身動きの一つも自由にとれやしない。試しに動かしてみるが、丁重に締め付けられており、少し動かすだけで、より一層締め付けが強くなる。
「はぁ〜。これは抜け出せそうにないな」
大きなため息をつき、今の状況から抜け出すことを諦めた後。ここにきてようやく、シルは改めて部屋を眺めた。よく見ると、部屋の片隅にある扉の隙間からは、二段ベッドらしきものが設置されているように見える。この場所からはしっかりと確認することはできないが、ベッドが上に二つ積み重ねられているように、床にうつる影がそれを示している。
それに加えて、この部屋は見るからに一人で住むには十分すぎるくらいの広さがあった。この二つの考えからでも、なぜ二人が鉢合わせてしまったのか。その理由を考え出すことができる。その上に、この部屋の異常な大きさが、部屋と部屋の感覚が極めて広く感じ取れた理由そのものであったのか、と今更ながらシルは納得する。でも、
「これ、二人相部屋って決まっていた、ってことなんじゃないのか? ベッドから見ても、どう見ても一人用の部屋じゃないだろう。これ・・・。それだとすると、なんで俺はあんなに強烈なビンタをもらったのか。納得ができな——そうか、彼女はそれに気付かなかったのかもしれないな」
なるほど。よく見てみると、部屋のあちこちに、彼女の私物と思われるものが置かれている。折角設置してある二段ベッドも、下のベッドには大型の旅行バッグらしき物体が布団の上に置かれているように見える。この分だと、上の段にも何かしらの物体が置かれていることは想像にかたくない。だが、それを確認しようにもこの位置からは見ることができないので、とりあえず今は放置する。
しかし、それ以外にも部屋の真ん中に位置しているテーブル——今、シルが括り付けられている——にも、タオルやら何やらが半乾きの状態で置かれている。それらから立ち込めるシャンプーの花の香りが嫌に鼻腔をくすぐって、先ほどから気になって仕方ない。
散らばっているものの中には、赤色の生地でできた、男子が見ない方が良いものも混ざっているような気がする。それなので、この部屋中を見渡すことも一苦労だ。それは、精神的にも、身体の体勢的にもの意味合いを含んでだが。あまり言いたくはないが、はっきり言って、この部屋に今日来たんだよな、という疑問を抱かずにはいられない程の荒れ具合だ。
「さっき別れたばかりなのに、もう再会するとはね。それもそんな格好の君と」
ガチャとドアが開けられた音が聞こえる。すると、にやけ顔を浮かべながら寮母であるカヤが、部屋に入ってきた。その後に続く様に、服を身に纏った彼女も入ってきたが、その顔はカヤとは対照的に、未だ冷めやらぬ怒りで満ち溢れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます