第20話 不穏なオフ会
十月三十一日。昼。
「ここじゃないですか?」
「緊張してきますね」
この日、詩織さんともんすたー☆はんてぃんぐのオフ会に参加する為に都内某所にある会場に入った。レンタルスペースが会場で、参加者は俺達含めて十八人とオフ会にしては多い方だと思う。
レンタルスペースと聞いて、椅子とテーブルしかない無機質なオフィスを想像していたが、よくある旅館の宴会場みたいな広い和室に細長いテーブルと座布団が並んでいた。穴が開いた靴下を履いてこなくて助かった。
主催のおでんさんはもんすたー☆はんてぃんぐ界ではそこそこ有名な人で大手ギルドのリーダーもやっていた。ゲーム内でのアバターは露出度の高い女キャラだったはずだが、実際はめっちゃごついおじさんだった。戸惑いはしたが、受付で会話した感じだと優しい人で安心した。
受付というか部屋の入り口でおでんさんに会費を払い、参加者リストとネームホルダーにハンドルネームを記入する。詩織さんが首から下げたネームホルダーに「シロネコ」と書かれているのを確認し、俺もハンドルネームを書く。当然、「煉獄騎士パラディンΩ」と書くわけにはいかないから偽りのハンドルネームを用意しておいた。
「さすらいのカレー」
これが今日の俺の名前だ。誰にでも好かれる人間になりたいという想いがこもった素晴らしいハンドルネームである。麻島さんには不評だろうけど。
「さすらいのカレーさんですか。聞いた覚えが……ないですね。すみません」
おでんさんが申し訳なさそうな顔をして謝り、俺も申し訳なさそうな顔で「いえ、あまりギルドでは活動していなかったので」と嘘をついた。うん、「さすらいのカレー」なんて奴、元から実在しないからね。なんというかごめんなさい……。
話によれば、一年くらい前から不定期で開催されているオフ会らしく、名前の通り今回で四回目のようだ。ファン同士でもんすたー☆はんてぃんぐの思い出話をしながらトランプや人生ゲームなどのボードゲームをゆる~くやるオフ会で、同窓会というより親睦会と呼ぶべきかもしれない。
ただ、周りの話を聞いているとおでんさんがリーダーを務めていたギルド所属の人が多くて、ほとんどの人が周りと仲良さそうに会話している。おそらくサービス終了後もギルド仲間と連絡取り合っていたのだろう。中にはこのオフ会がきっかけで出会い、過去三回のうちに仲良くなった人もいるんだろうけど、グループが出来あがっていて新参者は居づらい空気も若干感じる。
参加者のネームプレートを見ると、ゲームで見かけたことがある人がチラホラいる。上手いと有名だった人、動画配信で有名だった人、某掲示板で炎上して叩かれていた人など、俺でも知っている人がいて少し感動した。有名な人は有名な人と繋がりがあるイメージがあるし、そういうものなのかもしれない。
そして驚いたのが、俺と詩織さんが所属していたギルドにいた人を見かけたことだ。それも一人ではなく、三人もいた。
ウリエルさんは名前の前後に十字架マークがついていて、ゲーム内のアバターは露出度の高い女キャラだった。
あんずさんは一人称が私で性別を知らなかったが男だったようだ。ちなみにゲーム内のアバターは露出度の高い女キャラだった。
萌美は俺の嫁さんはアニメキャラの「萌美」を愛する自称オタクでムードメーカー的な存在であった。ちなみにゲーム内のアバターは露出度の高い女キャラだった。
って男アバターいないのかよ!
全員チャットで会話したことがあったが、三人とも通話組で詩織さんが入団した頃にはほとんど会話する機会がなかった。最初の頃はよく一緒にクエストに行っていたが、夜遅くまでやっていたし、俺同様に「この人、学校や会社行っているの?」感漂う三人だったから俺みたいな落ちこぼれなんじゃないかと謎の仲間意識を持っていた。
しかし、実際の彼らは普通に大学生か新社会人的な普通の見た目で、「ウェーイwww」と叫んでいてもおかしくない人生充実してそうなタイプの人間だった。髪は染めているし、なんかかっこいい靴履いているし、実際に「ウェーイwww」言っているし。いや、ゲーム内で抱いたイメージは完全に俺の偏見だし、勝手に落ちこぼれだと思っていたのは失礼だったと思うけどさ。でも萌美は俺の嫁さんに対しては「そっち側の人間なのかよ!」ってツッコミを入れたい。
というか他の参加者もなんだかテンション高いし、思っていたのと違う。偏見は良くないと思うけど、もっと俺みたいな人がいるものだと思っていた。あと割と女性の参加者も多いし、ネカマだと思っていた有名な人は本当に女性だった。
アバターやチャットでの会話からじゃ分からないもんだな、なんて思っていたが、横にいる詩織さんがまさにそうだったではないか。なんて考えているうちにオフ会が始まった。
「この度は第四回もんすたー☆はんてぃんぐ同窓会に参加していただき、ありがとうございます!」
おでんさんが挨拶をし、一グループ六人の三グループに分かれることに。
俺は詩織さんと通話組とネカマだと思っていた女性の六人のグループに入り、もんすたー☆はんてぃんぐのボードゲームをやることになった。
このボードゲームはもんすたー☆はんてぃんぐの人気がピークだった頃に発売されたもので、おでんさんが持参したものらしい。ゲーム本家とは全く無関係のボードゲームだったから持っている人も少なく、結構レア物だとか。パッと見は人生ゲームのパク……げふん、げふん。……どことなく人生ゲームに似ている。
ゲームする前に一人ずつ自己紹介をしていく。こういうの苦手なんだよな、俺。
「初めまして、さすらいのカレーです。宜しくお願いします」
素っ気ない自己紹介をすると、通話組が「さすらいのカレー?」「お前聞いたことある?」「知らねーよ」的な顔で見合っていた。そりゃそうだ。
特に何も訊かれないまま詩織さんの番に。すると、何も訊かれなかった俺とは違い、通話組が詩織さんに話しかける。
「シロネコちゃん、憶えている? 俺、同じギルドにいたんだけど」
「俺も! 俺も!」
「え、えぇっと……私が入団した頃に一度クエストに誘ってくれた方ですよね?」
どうやら通話組は詩織さんのことを憶えているようで、詩織さんも憶えていたようだ。
「そうそう! まさかシロネコちゃんが女性だったとは思わなかったわー」
「あとで連絡先交換しようよ」
「は、はい」
グイグイ来る通話組に少し困り気味の詩織さん。そりゃ俺より詩織さんの方が気になるだろうけど、この差は悲しい。泣くぞ、俺。
それになんだかモヤモヤする。
「あ、あの……皆さんにお聞きしたいことがあるんですが……」
詩織さんがそう言うと、通話組は食らいつくように反応する。
「なになに?」
「何でも聞いて!」
「煉獄騎士パラディンΩさんを探しているんですけど、どなたか連絡先知りませんか? もしかしたら会えるかも、と思っていたのですが、いないようなので……」
詩織さんは「煉獄騎士パラディンΩさんに会えるかもしれません」と何度も口にし、今日のオフ会を楽しみにしているようだった。それを聞く度に心が痛んだのだが、やはり打ち明けることはできなかった。
通話組の三人は「あーそんな人いたね」「知らないなぁ、お前知っている?」「知るわけないだろ。あの人、最後らへんは付き合い悪かったし」と渋い顔をしながら話す。
それを聞いた詩織さんは「そうですよね……すみません」と残念そうに言った。
もんすたー☆はんてぃんぐ内で連絡先を教えたことは一度もない。だから煉獄騎士パラディンΩの連絡先を知っている人間なんて存在しない。そのことを知る本人でありながら、目の前の詩織さんを見るのはとても辛い。
それから二時間ほど雑談しながらボードゲームをやった。もんすたー☆はんてぃんぐをやっていたファン同士ということもあって、そこそこ盛り上がったがモヤモヤは募るばかりで終わった。
各グループがボードゲームを終えたことで一回目が終了し、二回目はメンバーを変えて再度グループを作り直す。いろんな人との交流を目的にしたオフ会だから、一回目とメンバーが被らないようにおでんさんがグループを作り直し、詩織さんとは別のグループになってしまった。
二回目が始まる前に休憩を挟んで、詩織さんはお手洗いに。その間に通話組の三人は「シロネコちゃん、めっちゃ可愛くない?」「あれならもっと仲良くしておくべきだった」と話し合っていた。三人とも通話では詩織さんのことを「下手くそ」と馬鹿にして、ゲーム内のチャットではほとんど会話していなかったから、勝手に見返した気分になっていた。
そんなことを考えていた時、通話組に話しかける人物が現れた。
部屋にいるということは参加者なのだろうけど、さっきまではいなかった。黒で統一された高そうな服、高そうな靴、高そうな腕時計を身に着けていて、金髪のホストみたいなド派手な見た目だから間違いない。確か募集事項には途中参加もOKとか書かれていたから、多分今来たのだろう。
ネームプレートでハンドルネームを確認する。
「ブラックハート」
そのハンドルネームは見覚えがあった。というか通話組をまとめていた奴だ。
大抵、彼に目をつけられた人物が通話で叩かれたり、罵られたりする。ようは通話組のリーダー的存在で、俺はブラックハートのことがそこそこ嫌いだったし、ゲーム内でのアバターは露出度の高い女キャラだった。
案の定、「お前おせーよ」と三人が話しているから途中参加も、通話組のブラックハートであることも間違っていないようだ。
「坂上さん、そろそろ二回目が始まりますね」
いつの間に部屋に戻ってきた詩織さんが横にいてビックリした。
「そうですね。次はビリにならないように頑張ります」
そう答えると、詩織さんは「頑張ってください」と微笑んで、自分のグループ席へ向かっていった。
俺も自分のグループ席へ座っておこうとした時、ブラックハートの視線が詩織さんに向けられていることに気付いた。
「あんな子いたっけ?」
ブラックハートが三人組に訊く。口ぶりからして以前からこのオフ会に参加していたのだろう。
「シロネコちゃんだよ。俺達のギルドにいた」
ウリエル(名前の前後に十字架が付いている)さんが答えて、「あー」と理解した様子だった。
「女だったんだ。結構可愛いじゃん」
詩織さんを邪な目で見るブラックハートに不快感を覚えるが、俺もちょくちょく魅了されることがあるから人のことを言えない。
「そういや、お前。地獄騎士パラパラお面の連絡先知っている?」
萌美は俺の嫁さんが言うと、ブラックハートは顔をしかめる。
「誰だ。それ?」
いや、本当に誰だ、それ。
「煉獄騎士パラディンΩな。ほら、いただろ。二十四時間ログインしていた奴」
ウリエル(名前の前後に十字架が付いている)さんが補足する。いくらひきこもりだった俺でも二十四時間もログインしてねーよ! 一日十八時間ぐらいだよ!
「あぁ、そんな奴いたな。そいつがどうかしたのか?」
「なんかシロネコちゃんが探しているみたいでさ」
あんずさんの発言を一蹴するような口調で「知るわけないだろ」と答えた。
「連絡先聞いておけば、シロネコちゃんと仲良くなれたかもしれないのになー」
萌美は俺の嫁さんが呟くように言う。萌美への愛はどこに行った。
「お前ら、馬鹿かよ。連絡先なんて知らなくたって仲良くなれるだろ」
「ま、見てなって」と言ってブラックハートが自分のネームプレートを鞄にしまい、詩織さんに近付く。
そして、詩織さんに話しかける。
「シロネコさんですか?」
「え、えぇっと、どなたでしょうか?」
「俺ですよ。煉獄騎士パラディンΩですよ」
ブラックハートは、確かにそう名乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます