第19話 一次試験
十月三日。昼。
英検の一次試験当日。
朝から不安でお腹を壊しつつもなんとか会場に辿り着いた。会場である高等学校は学生時代を思い出して少し憂鬱な気分になる。
いやいや、気を引き締めないと駄目だ。必ず一次試験を通って二次試験へ繋ぐ。詩織さんに応援してもらったんだし、負けられない。それに麻島さんからもお守りを貰った。何故か「合格祈願」ではなく「交通安全」のお守りだけど。
開始時間の十分以上前に席に着き、手を揉んだりして緊張をほぐしながら待つ。英検二級の一次試験は筆記とリスニングで、両方合わせて約二時間かかる。説明を受ける時間を含めれば二時間半……長い。
「三時間後の俺はどんな気持ちでいるんだろう。なに食べて帰ろうかな。今日くらいちょっと贅沢しようかな」なんて考えて気を紛らわせているうちに説明が始まり、試験が始まった。
試験問題を確認して、少し驚いた。問題が難しいとかではなく、逆の意味で。
「この問題ッ……! 『必勝! ミジンコでも合格できる英検二級』で見たッ!」というお決まりの台詞を脳内で連発するくらいにはスラスラ解ける。あれ? 思ったより楽勝なんじゃね?
リスニングの方は慣れていない分、不安を抱きながら解いていく。でも間違ってはいないはずだし、大丈夫なはずだ。
なんだかんだであっという間に試験が終わり、会場の外へ出る。本当に二時間半もいたのかと思うくらい体感時間が短く思えた。
全て記入したし、おそらく問題ない。きっと。おそらく。多分。
…………不安だ。
合否結果が出るまでの二週間を不安と共に過ごさないといけないのか。試験始まる前の俺、終わった後もしんどいぞ。あとやっぱり家でご飯食べよう。
十月十七日。昼。
一次試験の合否発表日。
試験を受けてから二、三日は落ち着かなかったが、四日目以降からは開き直ったように気にしなくなった。ちょくちょく思い出しては不安に苛まれることもあったが、「なるようになるさ」と自分を言い聞かせて誤魔化してきた。
まぁ、アレだ。合否発表数日前から不安がぶり返すパターンである。
不安で一睡もできないままバイトへ行き、休憩室で合否発表を待つ。それが現在の状況である。全く落ち着かないし、横にいる麻島さんはもっと落ち着いていない。
「ああ、どうしよう。不合格だったら私が合格祈願のお守りを探すのがめんどくさくなって、交通安全のお守りで妥協したせいだ」
「麻島さん、落ち着いて下さい。交通安全のお守りのおかげで今日まで事故に遭わなかったと考えてください。というか俺の肩を揺らさないでください。今、不安と緊張で吐きそうなので」
合否発表はサイトのマイページで確認できる。発表は午後一時、あと三分。カップラーメンを作る間すら残っていない。
残り二分、麻島さんが両手をすり合わせて祈り始めた。
残り一分、麻島さんに釣られて俺も神頼みを始める。
午後一時になった瞬間、ログインページにIDとパスワードを打ち込む。
慌てて入力したせいで、一度「パスワードが違います」と表示されて入力し直してから合否を確認する。
「合格」
真っ先に確認したのは、その二文字。スコアとか解答結果なども表示されたが、「合格」の二文字に目が釘付けになる。
「や、や、や……」
「やったぁああああああ!!!!!」
俺が叫ぼうとしたことを先に叫ぶ麻島さん。耳元で叫ぶもんだからビックリした。
「やったじゃん! 坂上っち!」
背中をバシバシ叩いてくる麻島さんに「やりました! というか痛いです!」と喜びながら答える。一応、言っておくが一次試験通ったことに喜んでいるのであって、叩かれて喜んでいるわけではない。
「早く彼女さんに結果報告してあげなよ!」
「え? 彼女?」
「え?」
お互い数秒固まり、彼女の意味を理解した俺が「あ、あぁ! 早く教えないとですね!」と誤魔化す。
油断していると、すぐに彼女がいる設定を忘れてしまう。スマホを取り出してパパっと詩織さんにメールを打つ。
『一次試験通っていました! 詩織さんが応援してくれたおかげです! 二次試験も頑張ります!』
すんなり打てた。報告だけのメールだけども普段なら数時間かけて打つ俺にしては早い。わざわざ報告していいものなのか悩みはしたが、麻島さんも見ているし、何より俺自身が詩織さんに伝えたい。
一次試験合格したのだからいいじゃないか、なんて気持ちが背中を押してメールを送信した。
十月二十四日。昼。
この日、詩織さんと合格祝いとして焼肉を食べに来ていた。
「坂上さん、一次試験合格おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
詩織さんとビールジョッキで乾杯し、ごくごくと勢いよく飲む。「勝利の美酒に酔う」なんて言葉があるが、まさにこの時の為にあるようなものだろう。
一次試験通っただけで祝うなんて大袈裟かもしれないけど、喜べるうちに喜んでおきたい。
「いやぁ、発表まで生きた心地がしませんでしたよ」
本当に生きた心地がしなかったし、食べ物が喉を通らなかった。
「お疲れ様です。これで一安心ですね」
「でもまだ油断できないんですよね。二次試験に合格しないと意味がないので……」
苦い顔をして言うと、詩織さんが優しく勇気づけてくれる。
「今まで頑張って勉強してきたじゃないですか。きっと坂上さんなら大丈夫ですよ」
詩織さんの言葉にしっかり励まされた俺は感動で目が潤む。
「そうですね。詩織さんにも応援してもらっていますし、必ず合格してみせます」
「その意気です!」
微笑み合い、「さ、食べましょう」と肉を焼き始める。約一週間分の食費代が一食で消える焼肉の食べ放題だ。今日は二次試験のことも忘れて食いまくるぞ!
なんて調子に乗っていたら俺も詩織さんも飲みすぎて酔っぱらってしまい、フラフラ状態。それなのに酒の勢いで「二件目行きましょう」と言ってしまって安い居酒屋に入り、アルコールが足される。翌日も昼からバイトだったけど、その後も「今日だけだし、いいじゃないか」的な欲に押されて、詩織さんと夜の街を巡る。
そして気付いた時には、視界に見知らぬ天井が広がっていた。
どこだ、ここ?
いつの間にか寝ていたらしく、背中がふわふわしている。薄暗い部屋を見回し、大きなベッドの上であることを確認すると同時にビックリして声が出そうになった。
隣に詩織さんが寝ている。
いやいや、どういう状況だよ、これ。
記憶を整理してみるが思い出せない。スマホで時刻を確認してみると深夜三時。
もしかしたら二人して終電を逃したのかもしれない。酔っぱらって掲示板に書き込んだ俺と酔っぱらってメールを送った詩織さんだ。ありえなくない……というかそれしかない。
ベッドの上に無造作に置かれた鞄からして、部屋に入ってすぐにベッドへダイブして寝たようだ。少なくとも酒の勢いで重大な間違いが起きた痕跡は見当たらない。万が一でも酒の勢いで間違いが起きたら、もう二度と詩織さんと顔を合わせられなかったから助かった。
トイレに行ってから部屋を見て回るが完全に普通のホテルではない。なんでここを選んだ、酔っぱらった俺よ。
ベッドは一つしかなく、仕方なく詩織さんと距離を置いて横になる。隣で眠っている詩織さんはまだ顔が少し赤く気持ちよさそうに眠っている。しばらく寝顔を見ていたが、次第に同じベッドで寝ていたことが恥ずかしくなってきた。
今からでも床で眠った方がいいのではないかと思ったが、今風邪をひいたら二次試験にも支障がでる。落ち着け、俺。横にいるのが詩織さんだと思うから緊張するんだ。横にいるのはシロネコさん……もんすたー☆はんてぃんぐで詩織さんが使っていたアバターだと思い込むんだ。……スキンヘッドのおっさんと同じベッドで寝るってのも嫌だな。
眠れないから仕方なく、詩織さんの寝顔を眺める。
こうしていると「いつになったら煉獄騎士パラディンΩだと打ち明けられるのだろうか」と焦ってしまう。別に今日に限ったことではないが、こんなに近くにいるのに打ち明けられないのはもどかしい。
今すぐ打ち明ける必要がなくても急いだ方がいいのは確かだ。もし詩織さんが返済を終えたらどうなるのだろう。俺から見れば仲良くなっていると思っているけど、それは俺の勘違いで、会う機会が減ってしまうのだったらとても悲しい。
この間、詩織さんの前で弱音を吐いてしまったが、努力が無駄に終わるんじゃないかと想像すると怖い。もうイジメられていた頃みたいに友達がいなくなるのも、本当の自分を隠し続けるのも嫌だ。もし詩織さんと会えなくなるにしても全て打ち明けて円満に終わりたい。
結局、眠れないまま五時頃に詩織さんが起きて、事情(俺も把握しきれてない)を話して二人でオドオドしながらホテルを出た。詩織さんも昨晩の記憶がないようで、何度も「お酒の飲みすぎには注意しましょう」と言い合って帰宅し、しばらく二日酔いに悩まされる生活を送った。本当にお酒の飲みすぎには注意だぞ。
それから一週間後、詩織さんともんすたー☆はんてぃんぐのオフ会に参加することになる。
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