第13話 計画始動

「今どこで何しているんだろう――煉獄騎士パラディンΩさん」


 詩織さんは、確かにそう言った。


 まさか詩織さんが――シロネコさん?


 待て、シロネコさんの他にもギルドのオフ会に誘われたことは何度かある。シロネコさんと断定するには……。


 いや、でもオフ会は俺個人というよりギルド全体で募集していたし、一対一で会いたいと言ってくれたのはシロネコさんだけだ。それに俺一人だけ名指しするのもおかしい。


 ということは詩織さんが……。


「詩織さん」


「はい」


「実は俺が……煉獄騎士パラディンΩなんです」


「え……?」


「ビックリさせてしまってすみません。シロネコさんですよね?」


「は、はい! ということは本当に坂上さんが……」


 無言でこくりと頷く俺。


「俺、シロネコさんにずっと言いたかったことがあるんです」


 シロネコさん……詩織さんの手を上から握り、こう告げる。


「ずっと好きでした。結婚しましょう」


 詩織さんはすぅーっと涙を流し、「喜んで」と微笑む。


 お互いに見つめ合い、顔を近づけ合う。


 そして、二人の唇が――



 ――という夢を見た。


 七月二十七日。朝。


 遊園地でのダブルデートから一夜明けた。


 以前からシロネコさんに会っても告白はせずにお礼だけしたいと思っていた俺は、夢の中で思いっきり告白していたし、詩織さんは即OK出しちゃうし、俺の願望が純度100パーセントで詰まった夢だったな、と自分でも呆れる。


『今どこで何しているんだろう――煉獄騎士パラディンΩさん』


 ここまでは現実だ。めっちゃ驚いたし、「ほげー」と叫びそうになった。


 けれど、現実の俺は夢のようにはいかず、正体を明かせなかった。


「れ、れれれれれ煉獄騎士パラディンΩ!!!???」


 テンパって大声を出してしまい、詩織さんが首を傾げる。


「ひょっとして、煉獄騎士パラディンΩさんをご存知ですか?」


「い、いや、全然。そんな中二病なハンドルネームの人、初めて知りました。も、もうちょっとマシなハンドルネームを思いつかなかったのかな、その人」


 詩織さんはクスッと笑って、「確かに変な名前ではありますよね」と言った。うん、変な名前だったよね。


「でも、煉獄騎士パラディンΩさんは私のヒーローだったんです」


「ひーろー?」


「はい。足を引っ張ってばかりだった私をいつも誘ってくれて、ピンチになると助けてくれるんです。ゲームの中ですけど、一緒にいると安心できるんです。結局、最後まで私は頼ってばかりでしたけど、煉獄騎士パラディンΩさんは私のヒーローでもあり、憧れの人でした」


 顔をほころばせて幸せそうに話す詩織さん。きっと煉獄騎士パラディンΩさんとの日々は楽しかったのだろう。ってか俺のことだし……なんか泣けてきた。


「煉獄騎士パラディンΩさんは有名なところに勤めていると言っていたので忙しかったと思うんですけど、それでも時間の合間に私とクエストに行ってくれました」


 本当は一流企業じゃなくて自宅警備員だよ。有名ではあるけど、時間を持て余していただけだよ。


「会いませんか、とメッセージを送った時も忙しかったようで会えませんでしたが、本当に優しい人でした。いつか会ってお礼が言いたいです」


 少女漫画に出てくる夢見る少女のように話す詩織さんを見て、俺は思った。


 俺が煉獄騎士パラディンΩだ、なんて言えるわけがねぇえええ!!!!


 あんなに憧れてくれている詩織さんに「俺が煉獄騎士パラ(以下省略)」なんて言えるはずがない! ちびっ子ショーでいきなり着ぐるみが脱ぎだして、中からむさ苦しいおっさんが出てくるようなもんだ! というか二十八にもなって煉獄騎士パラディンΩと名乗るのが純粋にはずい! そもそも煉獄騎士パラディンΩってなんだよ!


 俺も詩織さんにお礼が言いたかったけど、夢を壊すようなことはしたくない。そうだ、詩織さんが憧れたのはゲーム内の煉獄騎士パラディンΩであって、現実の俺ではないのだ。己の自己満足の為に詩織さんの思い出を壊すなんてあってはならない。


「イツカ会エルトイイデスネ」


「はい! 坂上さんもCさんに会えるといいですね」


 それから観覧車を降りて、楽しい遊園地ダブルデートを終えた。


 まぁ、なんだ。


 結局、俺は何一つ変われてなかった。そんなことなんて、酔っ払った俺が掲示板で代弁してくれていたから分かりきっていたし、じかくもあったが。でも実際に直面してみると辛いもんがあるな……。


 一人暮らしを始めて少しはマシになったかと思いきや、このザマだ。いつかシロネコさんに会えたら……と願っていただけで行動できていなかった。バイトじゃなくてちゃんとした職に就いて、もっと社会経験を身につけて恥ずかしくない自分になるよう努力するべきだったんだ。


 自分が情けなかったし、後悔の念で一杯だ。数えきれないほど後悔してきたのに、俺はまたもや後悔してしまった。


 こんなにも強い後悔の念を抱いた理由は分かっている。


 ――詩織さんのことが好きだからだ。


 容姿で好きになったわけではない。いや、容姿も好みだけど、そうじゃなくて。


 彼女がシロネコさんであって、昔と変わらない彼女のままだったから。弱いのに何度もクエストに参加した彼女も、俺と同じで強い人間ではないのに現実で一人頑張っている彼女も俺は好きだった。


『今日は楽しかったです! また機会があったら誘ってくださいね!』


 昨夜、詩織さんから届いたメール。


 また機会があったら。


 そのたった一文の真意を俺は読み取れない。


 昨日の一緒に過ごした時間が楽しくて、また遊びに行きたいという文面通りなのか、それとも100万円借りている相手だから……。


 詩織さんが全額返し終わった時、また機会があったら、なんて書いてくれるのだろうか。その時、詩織さんのアドレス欄に俺の名前は残っているのだろうか。


 恋人役を引き受けてくれたのも貸しがあるから協力してくれたのだろう。じゃあ、貸しがなかったら恋人役どころか会うことも……。


 俺と詩織さんの関係は100万円で繋がっているようなものなのかもしれない。詩織さんは一人で悩みを抱え込むタイプだし、俺のことをどう思っているのか俺には分からない。


 もし100万円返し終わって詩織さんとの関係が終わってしまうのなら……またお礼を言えないまま彼女はどこかへ行ってしまう。


 このままでいいのだろうか。


 せっかく彼女と再会できたのに。


 …………。


 ……やっぱり俺はどうしても彼女にお礼を言いたい。


 今は無理でも、それが自己満足でも、本当の気持ちを伝えたい。


 その為には自分を変えるしかない。詩織さんが全額返し終わるまでに。


 俺は変われるのだろうか。


 いや、変わらなければいけない。


 そうだ、やってやる。


 やれることは全部やってやる。


 俺はスマホで転職サイトを調べた。


 …………。


 ……うん、今の俺では無理そうだ。


 いや、選ばずに時間をかければ転職自体はできるだろうけど、工場とかは俺のイメージする変わった自分とは違うような……。体力ないし。


 有名なところは無理でもサラリーマンを名乗れるのなら俺としてはやった方だと思う。でも、コンビニバイトの経験しかない俺を採用する会社はあるのだろうか。


 こりゃアレだ。資格取った方がいいかもしれない。英検とか持っておいたら有利だろうし、「コンビニでバイトしながら勉強してました」的なことも言える。


 よし! 当面は使えそうな資格を取って、同時に自分自身も変えていこう。


 今の俺では見た目も振る舞いも頼りないし、とても煉獄騎士パラディンΩって感じがしない。……だから煉獄騎士パラディンΩってなんなんだ。


 詩織さんと会う時にスマートな対応をできるようになるのも印象的に大事だろう。


 こうして『詩織さんに全て打ち明けるぞ計画』がスタートした。

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