第12話 ダブルデート(後編)

 待ち合わせ場所である遊園地の最寄り駅で詩織さんと合流。白いワンピース姿で現れた詩織さんはかなり緊張している様子だった。


「すみません。こんなことに付き合わせちゃって」


「い、いえ、大丈夫でひゅ……です」


 うん、大丈夫そうではない。俺の安っぽいプライドの為に付き合わせてしまい、申し訳なく思う。ちなみに今日は「坂上さん」と呼んでもらうことになっている。流石に「1さん」呼びではまずいし。


 遅れてやってきた店長は詩織さんを見て「ほげー」とは言わなかったが、目の前の光景を受け入れられない様子だった。店長の横にいた彼女さんも驚いている。


 店長の彼女さんは短めの茶髪で、体型や服装的にもボーイッシュな感じだ。店長も茶髪なこともあって少し雰囲気が似ている。恋人だと教えられてなければ兄弟だと思ってしまうかもしれない。


 自己紹介が済むと店長は俺を捕まえて肩を組み、詩織さんに聞こえないようにヒソヒソ声で「彼女って、写真にいたメイドじゃねーか」と言った。「そ、そうですよ」と若干震えた声で俺は返す。バレないか不安だ。


 観覧車を目印にしながら徒歩で遊園地に辿り着き、入口でパスを購入して入場。日曜日なだけあって園内は親子連れやカップルで混雑していた。


 最後に遊園地に行ったのは何年前だったか。確か小学三年生か四年生の頃だったと思う。ということは下手したら二十年前……マジか。


 観覧車もメリーゴーランドもコーヒーカップも懐かしく見える。というか二十年ぶりなのだから懐かしくて当然だ。


 一応、ネットでどんな乗り物があるのか下調べはしておいたが、店長達がどんどん歩いていってしまうので、俺と詩織さんはそれについていく。


「ねぇ、てんちゃん。アレやってよ」


 店長の彼女さんが店長に向けて言った。


 てんちゃん? コンビニの店長だからてんちゃん?


 彼女さんが指差したのはバンジージャンプだった。


 もっと遊園地らしい乗り物に乗るだけのエンジョイデートになると思っていた俺は凍りついた。あそこから飛び降りるの? 無理無理。っていうか店長も顔を強張らせている。


「い、いきなりバンジージャンプはないだろ……」


「何? 怖いの?」


「こ、ここここ怖くねーよ!」


 あ、やっぱり店長も駄目なんだ。


 彼女さんに「じゃあ、やってきてよ。写真撮るから」と言われてしまった店長は何故か俺を連れてバンジージャンプの方へ歩き出す。


「いや、俺は下で見ていますよ」


「いいから! お前も道連れだ!」


 思いっきり道連れって言っているし。


 じゃんけんすることもなく、店長権限で先に飛び降りることになった俺は――


「うわああああああああああ!」と叫びながら飛び降りた。


 そんな姿を詩織さんに見られた俺は恥ずかしさでどうにかなりそうだったが、詩織さんは「坂上さん、かっこよかったですよ」と微笑みながら言ってくれた。


 店長はバスの中で酔ってしまった人みたいな顔で飛び降りて、そのままの顔で戻ってきた。しっかりしてくれ、店長。


「坂上さんと詩織さんだっけ? 二人はいつから付き合っているの?」


 彼女さんの質問に俺と詩織さんが同時に応える。


「「一ヵ月前です」」


 ハモった。「付き合い始めてどのくらい?」とかはまず訊かれると思ったから、予め詩織さんと設定を決めておいた。詩織さんと出会ってから大体一ヵ月だし。


「あぁ、やっぱり付き合い始めたばかりなのね。手も繋がないで初々しいなー」


 フレンドリーに話す彼女さんは「ほら、せっかく来たんだから」と言って、俺と詩織さんの手を掴んで握らせる。


「いや、それはまだ早いというか」


 慌てる俺を見て、彼女さんは背中を叩く。


「何子供みたいなこと言っているのよ。詩織さんだってこっちの方が嬉しいでしょ」


「え? あ、はい」


 顔を赤らめながら詩織さんが答えて、俺達は手を握り合って歩くことに。詩織さんの柔らかい手を意識せずにいられず、手汗をかいてしまっている……ような気がする。


「というか、てんちゃん! 遅い!」


 彼女さんは、俺達の遥か後ろを放心状態とも言える顔でふらつく店長の下へ駆け寄る。手を解くのなら今のうちだ。


「すみません。手まで握らせてしまって……」


 俺が握っていた手を解こうとすると、詩織さんは強く握った。


「このまま握っていましょうよ」


「え……?」


 手をぎゅっと握る詩織さんに動揺して、言葉に詰まってしまった。


「……あ、坂上さんが嫌でしたら、ごめんなさい」


 そう言って詩織さんが解こうとした手を今度は俺が握る。


「嫌じゃないです。お願いできますか」


 つい本音が出てしまったのは自分でも驚いた。


 詩織さんはちょっと驚いた顔をしてから「はい」と白い歯を見せた。


 店長が彼女さんに引きずられながら戻ってきて、近くにあったメリーゴーランドに乗ることになった。そうそう、こういうのに乗りたかったの。


 俺と詩織さんは、馬が二頭横並びしているところに乗り、二十年ぶりのメリーゴーランドを楽しむ。床が回転し始めて、馬が上下に動き出す。子供の乗り物だと思っていたが、意外に大人になっても楽しいものだな。でも、なんだか酔ってきたぞ。メリーゴーランドで酔うとかそんな馬鹿な。これが歳ってやつなのか。流石にリバースするわけにはいかず、俺は終わるまで耐え抜いた。降りた後は足もとがフラついたが、問題ない。


 俺と詩織さんの乗っていた馬は上に上昇したところで止まってしまったせいで、詩織さんが降りるのに手間取っていたから鞄を受け取り、手を差し伸べた。


 ところが、詩織さんがバランスを崩して俺の方に倒れ込み、抱きかかえる形で受け止めた。至近距離で詩織さんと目が合い、思考が止まりかける。影ができるほど長いまつ毛にパッチリとした大きな瞳、ほんのり赤く潤った唇。受け止めた体は驚くほど軽く、胸元に柔らかいものが当たっている。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


「へ? あ、大丈夫。全然大丈夫ですよ」


 体を離しても詩織さんのぬくもりが残っている感じがして、この気持ちをどうすればいいのか分からないままだ。俺には刺激が強すぎたんだ。ピュアか、俺。


 まぁ、俺の人生じゃこんなことはもう二度と起こらないんだろうな。


 などと思っていたが、そんなことはなかった。


 落下するジェットコースターでは隣に座る詩織さんが手を握ってきたり、お化け屋敷で驚いて抱きついてきたり、コーヒーカップで密着状態になったり、その度に俺はシドロモドロな対応をして疲れてしまった。ちなみに店長はどれも青い顔で降りたり出てくる。なんでデートに遊園地選んだんだ、あの人。


 その後も彼女さんにぐいぐい引っ張られる形で、昼食もとらずにアトラクションに乗りまくった。ゴーカートに乗ったり、垂直に落下するアレに乗ったり、自転車に乗って空中散歩したり、どれも楽しかった。


 けれど、アトラクションよりも横にいる詩織さんが楽しんでいることが嬉しかった。俺はひきこもりだったから人の表情を窺うのが苦手だが、少なくても横にいた詩織さんは純粋に楽しんでいるように見えた。子供みたいに無邪気な笑みで、俺は何度も目を奪われた。初めて会った時は無愛想に見えてしまったけど、こんなに笑顔が素敵な人なんだなって。


「お二人は幼馴染だったんですね」


 気付けばもう夕方。何も食べずに遊び続けた俺達は遊園地内にあるレストランに入って遅すぎる昼食なのか、早すぎる夕飯なのか分からない食事をとることにした。


 そこで店長と彼女さんの恋バナや店長の武勇伝を聞きながら、ビーフカレーを食べる。店長の武勇伝の一つ、「間違えて女子トイレに入ってしまった話」はなかなか面白かった。ってか武勇伝なのか、これ。


「ねぇ、二人はどうやって知り合ったの?」


 彼女さんが俺達に訊いてきた。


 どうやって詩織さんと知り合った?


 まずい。その質問に対する設定は考えていなかった。予想できた範囲の質問なだけに見逃していたのが痛い。流石にあの掲示板の書き込みのことは言えないし。


「えっと……それは……」


 詩織さんが言葉を詰まらせながら、こちらを見る。


 が、俺も言葉が出てこない。


「隠さないで教えてよ~」


 ぐいぐいと顔を近づけて迫ってくる彼女さんに詩織さんは困惑の表情を浮かべる。そして、何か覚悟を決めたようにこう言った。


「ネット……ゲームです」


「「ネットゲーム?」」


 店長と彼女さんがハモって訊き返す。俺も心の中で訊き返した。


「はい、ネットゲームです。そこで坂上さんと知り合いました」


 なるほど。詩織さんは俺が掲示板に書き込んだシロネコさんとの思い出を設定にして、この場を乗り切ろうとしているんだ。つまり、シロネコさんと会えたような設定で話せばいい。


「えぇ、そうなんですよ。詩織さんとはネットゲームで知り合いました」


 これならなんとかなるかもしれない。


「へぇ、なんてゲーム?」


 あ、やべっ。そこも訊いちゃう?


 もんすたー☆はんてぃんぐと答えるのは簡単だが、もしゲームの内容まで訊かれてしまったら詩織さんは答えられない。どうするべきだろうか……いや、でも他に手はないし、言うしかないだろう。


 俺が「もんすたー☆はんてぃんぐ」と言いかけた、その時だった。


「もんすたー☆はんてぃんぐです」


 そう答えたのは、詩織さんだった。


 詩織さんの口からもんすたー☆はんてぃんぐが出てきたのは驚いた。確か掲示板にはネトゲと書いたが、もんすたー☆はんてぃんぐとは書いていなかったはず。


「あー懐かしい! 私もやっていた!」


「へー、坂上ももんすたー☆はんてぃんぐやっていたんだ」


 反応から察するに店長と彼女さんもやっていたようだ。そのくらい知名度のあるゲームだから詩織さんが知っていてもおかしくはないか。


「でも、もんすたー☆はんてぃんぐって何年か前にサービス終了してなかったっけ?」


「え……っと、それは……」


「サービス終了してからも連絡を取り合っていたんです! それで実際に会いましょうって流れになって」


 俺がフォローを入れると、詩織さんも「そ、そうなんです!」と答えた。


「ふーん、じゃあ二人は付き合い始める前から交友はあったんだ」


「そういう出会いも運命っぽくていいね」


 二人はそれ以上追及せず、ゲームのことまで訊かれはしなかった。


 俺と詩織さんはお互いにしか分からないため息をついて、この場を乗り切ったと安堵する。


「はい、てんちゃん。あーん」


「あーん」


 目の前で繰り広げられる店長達の熱々カップルぶりに何故か俺が照れてしまいながら、ビーフカレーを食べ進める。


「二人ともすごく仲がいいですよね」


 詩織さんが羨ましそうに言った。本当に羨ましく思っているのかは分からないけど。


「こんなの恋人なら当たり前だよ」


「そうそう、人の目を気にするだけ損ってやつ」


 店長達にとっては当たり前のようだ。俺みたいな人間には一生縁はないだろう。


「詩織ちゃんも坂上さんにやってあげたら?」


 ……今日はやけにフラグ回収するな。


「え……じゃ、じゃあ……」


 え? 本当にやってくれるの? あーんだよ? 俺、水族館にいる餌やり体験のイルカじゃないよ?


「坂上さん、あーん……してください」


詩織さんの持つスプーンはちょっとぷるぷる震えているようだけど、俺の口元まで運ばれてくる。俺は頭の中でビックバンを起こしながら、口を開いて運ばれてきたものを咀嚼する。……咀嚼ってなんかエロイな。


「あ、坂上さん。口にソースが」


 テーブルナプキンで口元を優しく拭いてくれる詩織さんを直視できず、目を泳がせながら頭の中でヒツジを数えることに精一杯だった。


 食べ終えた俺達は、最後に観覧車に乗ってから帰ることにした。


 店長達を先に乗せて、一つ後ろのゴンドラに詩織さんと乗り込む。


「今日は本当にありがとうございました。それとなんかいろいろとすみませんでした」


 ゴンドラ内で俺が深々と頭を下げると、詩織さんは「いえ、気にしないでください」と言った後、「私も楽しかったですよ」と笑顔で付け足した。


「まさか詩織さんがもんすたー☆はんてぃんぐを知っているとは思いませんでした」


「そうですか? これでも昔やっていたんですよ。私」


「え? やっていたんですか?」


 名前を知っているだけかと思っていた。まさかやっていたとは。


「はい。やり込んでいましたし、坂上さんと一緒で会いたいと思った人もいました」


「それは意外ですね。その人とは会えたんですか?」


 詩織さんは残念そうに首を横に振る。


「会えないか訊いたことはあるんですけど、断られてしまい、会うことはできませんでした」


「それは残念でしたね……」


「忙しそうでしたから仕方ないんですけどね……。ただ、色々とあってネットが止まってしまい、そのまま戻ることなくサービス終了してしまったので、その人にお別れの挨拶ができなかったんですよね。それが今も後悔していて……」


 まるで今もシロネコさんのことを考えてしまう俺みたいだな、と思った。


「だから、坂上さんの気持ちがよく分かるんです。あの日、掲示板の書き込みを見てメールを送ってしまったのは坂上さんに共感したから、だと思うんです」


 そういえば、初めて会った日の帰りにも同じようなことを言っていたな。あの時はひきこもりとかそっち方面のことを言っているのかと思っていたけど。


「今もその人に会いたいと思う時があるんですけど、連絡手段がないですし……それに変ですよね。ネットでしか話したことがない人に会いたいって」


「いやいや、変じゃないですよ。俺もシ……Cさんに会いたいって今でも思っています。この間なんて夢にまで出てきましたよ!」


 これから言うことは何の根拠もない無責任な発言だけど、それでも俺はシロネコさんに会いたいし、詩織さんにも後悔で終わってほしくないから口に出す。今日の俺はフラグ回収が上手いしな。


「きっと会えますよ。Cさんではありませんでしたけど、昔の知り合いをSNSで見つけたこともありますし、ネットの知り合いって意外なところで会えたりするもんですよ」


 詩織さんは「でも、会えたところで失望されないか不安で……」


「何言っているんですか。俺は詩織さんと出会えて本当に良かったと思っています。きっとその人が詩織さんと会ったら、失望どころか『あの時になんで会わなかったんだー』って向こうが後悔しますよ」


 俺が笑いながら言うと、詩織さんは「それは流石にないですよ」と微笑んだ。


「ありがとうございます。そうですね、坂上さんが諦めていないのなら私も諦めないでいようと思います。いつになるか分かりませんが、会える日を待ち続けてみます」


「その意気ですよ!」


 会話をしているうちにゴンドラは頂上付近に到達し、窓には夜景が広がる。


「綺麗ですね」


「ですね。もしかしたらこの夜景の中に詩織さんが会いたいと思っている人がいるかもしれませんよ」


「流石にそれはないですよ」


 夜景を見ながら二人で笑い合う。


 あぁ、今日は楽しかったな。


 そして、詩織さんは夜景を見ながら呟くように言った。


「今どこで何しているんだろう。



 ――煉獄騎士パラディンΩさん」



 詩織さんは、確かにそう言った。

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