第11話 ダブルデート(前編)

「坂上さん、あーん……してください」


 詩織さんがスプーンで俺の口に食べ物を運んでくれている。


 俺は緊張と恥ずかしさで頭の中がシェイクされながらも口を開く。親鳥から餌を貰う雛のように。俺が雛って……なんかキモい例えだな。


 詩織さんは私服姿だ。メイドカフェでお願いして食べさせてもらっているわけではない。


 今、俺達がいるのは遊園地内にあるレストラン。つまり、人目のつく場所で熱々カップルのようなことをしている。


「あ、坂上さん。口にソースが」


 照れ笑いしながら詩織さんがテーブルナプキンで俺の口元を拭いてくれる。俺は目を泳がせながら拭き終わるのを待つ。


 何故、こんなことになったのか。


 事の発端は、俺のつまらないプライドだ。


 と言っても何がなんだか分からないと思うので、


 それを――今から説明しよう。


 あれは七月二十日。


 詩織さんがメイドカフェで働き始めたという衝撃事実を知った日だ。


 あの後、俺は夜勤の為にバイト先へ向かい、休憩室で店長と鉢合わせになった。職場なんだから当然だ。


「そういえば、お前に貸した一万円まだ返してもらってないんだけど」


「あっ! すみません! すっかり忘れていました」


 風邪で死にかけたり、詩織さんが家に来たり、いろいろとあったから、すっかり忘れてしまっていた。店長も「そういえば」と前置きしている辺り、忘れていたのかもしれない。


 急いで背負っていたリュックから財布を取り出そうとした。


 その時にリュックから、ひらひらと何かが床に落ちた。


 それを拾った店長は苦い顔をした。


 俺が落としたそれは、詩織さんとのツーショットチェキだった。


「お前なぁ……。金返さないでメイドカフェなんて行っていたのかよ」


 まぁ、これを見たら普通はそう思うよな。


「すぐに返さなかったのは悪かったですけど、これには事情が……」


「あーはいはい。写真の娘に惚れる気持ちも分かるけどよ。お前二十八だろ? そろそろ現実見た方がいいって」


「いや、そういうんじゃなくて……」


 なんて説明するか悩んでいると、休憩室のドアが開いて麻島さんが入ってきた。


「ちぃーっす。って店長も坂上っちも何してんの?」


「麻島、見てくれ、これ。坂上がメイドカフェの子に惚れてしまったんだ」


 そう言って店長が麻島さんにチェキを見せる。


「どれどれ……うわ! めっちゃ綺麗じゃん、この人」


 二人はチェキに写る詩織さんを見た後、俺の顔を見て「無理だな」「坂上っちじゃ厳しいかもね」と残念そうな顔をしながら言った。


「だから! そういうんじゃないんですってば!」


 確かに惚れているけど、詩織さんと俺が釣り合わないことなんて自分が一番分かっている。そんなに身の程知らずではない。


「この人は知り合いで、二人が思っているような関係ではないんです」


 店長は俺の顔を見て、「坂上、お前……」と言って続ける。


「ま、職場でメイドカフェに通っていることがバレたら、誤魔化したくなるかもしれないけどよ。そういう嘘はつかずに認めた方が楽だと俺は思うぞ?」


 あ、駄目だ。この人、全く信用していない。というか女性の知り合いがいることすら信じてもらえないんだ、俺。……確かに詩織さんと出会うまではバイト仲間しか異性の知り合いがいなかったけど。


「叶わらない恋を見ていないで、ちゃんと現実を見ろ。身の丈にあった彼女を探すべきだ。いいか? これはお前の為を想って言ってやっているんだぞ」


「え? 坂上っちって彼女いないの?」


「麻島、お前……そりゃいないだろ(笑)」


「……強く生きてほしいね」


 馬鹿にするような顔を向ける店長と捨て犬を見るような哀れみの眼差しを向ける麻島さん。


 そんな二人に「いません」と言えず、つい言ってしまったのだ。


「……ます」


「ん?」「ほへ?」


「彼女ぐらいいますよ! 二十八ですよ!? いない方がおかしいじゃないですか(笑)」


 ……うん、ちょっと見栄を張りすぎたね。


 あと全国の彼女がいない二十八歳の男達、ごめんな。石投げないでね?


「じゃあ、写真見せてみろよ」


「……へ? 写真?」


「彼女の写真くらいスマホに入っているだろ」


 この時、俺は「やべぇ」と思った。当たり前だ。


「えっと……スマホはこの前データが消えてちゃって……残ってない? かな、なんて」


 店長は俺を疑いの目で見てくる。いや、当たっているんだけども。


「やっぱ嘘だな」


「……嘘では……ないです……はい」


 苦し紛れの俺にトドメを刺すように店長が言う。


「お前、今度の日曜日休みだよな?」


「え? あ、はい」


「彼女と遊園地に行くんだけどよ。せっかくだからお前とお前の彼女も来てダブルデートしないか」


 ダブルデート? あの漫画やアニメの世界で極稀に見かけるあのカップル二組で行くデート? あれって現実に存在するものなの?


「え、いや……彼女に予定を訊かないと……」


「決まりな。詳細が決まったらまた言うわ。お前に本当に彼女がいるならな」


 強引に取り付けられてしまったダブルデートの約束。


「私も行きたい」「お前はシフトが入っているだろ」という店長と麻島さんのやり取りも聞こえたが、それどころではなかった。


 もちろん「彼女の予定が空いていなかった」的なことを言えば逃げることはできる。


 けれど、店長を見返すチャンスでもある。


 それが偽りの恋人だったとしても一度くらい店長が「ほげー」と言って驚く姿を見たい。


 そこで俺は恋人を演じてくれる女性を連れて遊園地へ行くことを決意した。


 しかし、俺にはバイト仲間を除いて異性の知り合いが一人しかいない。


 と言うわけで翌日、恥を忍んで詩織さんに経緯を話して恋人役をやってもらえないか超必死にお願いした。詩織さんが駄目だった時は諦めるしかなかったし。


 最初は「謝礼を払いますので」とお願いしたのだが、詩織さんは「謝礼なんて受け取れるほど私に価値なんてありませんよ」と謝礼を断り、「本当に私なんかで大丈夫なんですか……?」と何度も訊いてきた。もっと自尊心を高めてくれ、詩織さん。


 なんとか詩織さんの協力を得ることができた俺はイメージトレーニングしながら日曜日を待った。最低限、何か訊かれた時に対応できるように恋人設定を決めて詩織さんとも相談し合ったから多分問題ないはずだ。


 そして、七月二十六日。


 俺&詩織さん、店長&店長の彼女さんのダブルデートが始まった。

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