自由へ
「くっそがよぉ……」
謎の人物の手によって、黒い穴へと吸い込まれたヒューマは悪態を吐きながら長椅子に寝転がり、仰向けになっていた。
「あぁーあー、バアルと戦いたかったのになぁー」
その隣で普通に座り、首だけを上げて上を見ていたテノラはそうぼやく。
謎の人物によって形成された穴へ強制的に入らされた二人が次に見た景色はウルファスから数十キロ離れた平原だった。
どうやらあの穴はワープホールのようなものだったようである。
一体何が起こったのか最初は理解出来ない二人であったが、何とか状況を整理し、各地へと点在している教会へと帰還したのだ。
「テノラ、ヒューマ」
「あ、神父!」
「……何だよ」
そんな落胆していた二人に、後ろ手で手を組んだ神父が現れる。
「すまない。別件で手が離せなくてな……少し遅れた。それでは、報告を聞こうか」
神父がここに来た目的は、テノラに課した任務の成果報告を受けるためだ。
「え、えーっとね」
少しバツの悪そうな顔をしながら、テノラは話し始める。
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「……なるほど、そうですか」
テノラの報告を聞いた神父は考えに耽る表情を見せた。
「で、でも……チートは回収は出来なかったけど! 分かった事もあるんだよ!? た、例えば私が空間魔法で体内に発動させてた空間を更に包むように空間魔法を発動すれば、アカシの無効化……じゃないや。『アンチート』を回避できるとか!」
チートの回収という一番大事な部分を達成できなかったテノラは、必死に取り繕うように口を動かした。
「……テノラ」
「ひゃい……!?」
神父に名前を呼ばれた彼女は、立ち上がり体を硬直させる。
「そう怖がらないで下さい。私は寧ろ、アカシ・カンダという不安要素がある中で良くやった方だと思います」
「え、本当!?」
「はい。ですがケーク一年分は無しです。あれは貴方が任務を完遂出来た場合の報酬でしたから」
「えぇぇぇぇぇ!!!??? これで暫く働かなくていいやって思ったのにぃ!!」
「残念でしたね。次の任務は追って連絡します。一先ず、貴方はその無くなった腕の代用品を見つけて下さい。貴方のチートなら出来るはずだ」
「はーい……」
大して怒られなかった事に安堵はしたものの、肝心の報酬が消え去った事でテノラは何とも言えぬ喪失感を覚えた。
「続いて、ヒューマ」
「あん?」
「テノラは神人教に無くてはならない存在。良く救出に行ってくれました」
「救出って……よく分かんねぇ奴が俺達を飛ばしただけだけどな……」
「えぇ。ですがそれでいい。全て、私が見た
「はぁ!? なら何だ!? 俺はあのよく分かんねぇ奴を呼び出すダシに使われたってのか!?」
「言い方に悪意が在りますが……概ねそう言う解釈で合っています」
「っざっけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヒューマは頭を抱え、髪の毛を掻く。
本来ならば彼は殴り掛かりたい所ではあるが、歴然とした力の差をその身に実感しているために、その行動は起こさなかった。
「……で、あのローブの野郎は誰なんだ?」
怒りを抑え、ヒューマは聞く。
「それはまだ、あなた方に言う訳にはいけません」
「あぁ!? 何だよそれ!!」
「申し訳ありません」
「けっ!! 都合の良い事ばっか言いやがって!!」
神父の返答を聞いたヒューマは床を強く蹴った。
「しかしこれで、アカシ・カンダの力の程を知る事が出来た。次はもう少し策を講じ、チーターを回収する」
それまで、二つのチートはあなたに預けておきます……アカシ・カンダ。
そう思いながら、神父は教会の天窓から入る外の景色を見た。
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「アカシさん! これで全部ですか?」
「うん、手伝ってくれてありがとうねバアル君」
「いえいえ! お役に立てて嬉しいですから!」
荷台に荷物を積んだアカシ達はそう言うとウマコの頭を撫でる。
あの会談の後、ティーゴはすぐに自国へと帰還した。そして今日はその翌日である。
「準備できたかぁ? ならさっさと行こうぜー」
荷台で欠伸をしながら寝ているエリスは気怠そうに言う。
「お前が手伝えばもう少し早く準備できたんだけどなエリス」
「あぁ? てめぇアタシに喧嘩売ってんのか?」
「逆ギレにも程がある……!!」
あまりにも清々しいエリスの態度に燈は感動すら覚えた。
「アカシィィィィィ!」
「ん?」
遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返る燈。そして視界に入って来たのは、
「水臭いぞ。何も言わずに行くなんて」
「そうよ。お別れくらい言わせて」
「……」
「皆……」
ハンズ、マリリン、デフの三人。そして、
「ブランカさんまで」
南の森領主、ブランカだった。
「ははは……ごめん」
四人の姿を見た燈は謝罪する。
旅を再開しなければならない燈達は、彼らに何も言う事無く芸者を辞め、今日誰にも知られる事無くウルファスを出るつもりだった。
「アカシ……俺達は」
ハンズが何かを言い出したのを、デフが手で制止する。
「俺が言う」
そう言った彼は、その目で真っすぐに燈を見た。
「アカシ、すまなかった」
「え? な、何でお前が謝るんだよ。デフ」
突然デフが頭を下げた事に、燈は混乱する。
デフはすぐに顔を上げ、言葉を続けた。
「ジギルが死んじまった事で、俺は頭がカッとなってた。だから、お前らのせいにして……怒りのはけ口を作ってたんだ。でも……お前が、あの時……俺達に言った言葉で、目が覚めた……。だから、俺も……前に進む」
「デフ……」
「ジギルの分まで、俺はこの国のエルフ達を笑わせる!!」
笑顔を見せるデフ、その目には……少しだけ、涙が籠っていた。
その表情を見た燈は、堪らず謝りそうになる。
だが、それはしてはいけない。
何故ならそれは、デフの決意を全て……無に帰す事だから。
だから、述べる言葉は謝罪では無く、
「……頑張れよ!」
激励だ。
燈の言葉に、デフは強く頷く。
二人の間の
「私からも、いいデスカ。アカシ」
「は、はい」
そこに、今まで口を挟まなかったブランカが一歩前に出る。
「私、本当は今回の戦争……参加する気はありませんデシタ。領主として、森の民を危険に晒す事を、したくなかったからデス」
言われ、燈は一つの疑問を思い出した。
そういえば何故、ブランカがあの場にいたのだろうという疑問を。
「私は常々、巫女サマの力を危惧していまシタ」
「ど、どうしてですか?」
「あの力は、人の生死観を狂わせるからデス。幾ら致命的な傷を負っても、たちどころに修復される。命がいくつあっても足りない戦いに身を投ジ、最終的には無傷で勝利スル……そんな事を続けレバ、いつか取り返しのつかない事にナル。ですが、私一人の力ではどうにもナラナイ。そんな時、聖地にあなたが行ったのをを、思い出しマシタ。あなたと手合わせをした時、私は思ッタ。あなたなら、この現状を変えてくれるのではないカト」
「だから、戦争に……参加したんですか? そ、それだけの理由で……」
「それだけ、デス。私にとっては……それだけで、十分デシタ」
驚く燈に、ブランカは微笑み返した。
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ブランカとデフ達に見送られた燈一行は次に行く所を加味し、入国した南門とは逆の北門から出る事になっている。
だがそもそも、現在北門以外は出国規制が敷かれており、北門以外から国外へ出る方法が無い……というのが現状だ。
検閲が大幅に緩和された検問所を通り、悠々と燈達は北の森へと入った。
「うし、見えて来たぞ。出口の北門だ!」
そして北の森を真っすぐに進み、彼らはようやく見えた出国するための門に喚起する。
「お……」
そして門へと近づくと、その見慣れた姿に彼は声を漏らした。
「よぉカグ」
「……何だ。お前も今日出国なのか?」
「あぁ。そういう事だな」
カグが今日北門から出る事を、燈は知っていた。
だから、自分達の出国を今日にしたのだ。
「お前達は、これからどうするんだ?」
「俺達はこれから、北に暫くいった所にある集落に行こうと思ってる。カグは?」
「俺は……どうだろうな。何も決めていない……。とりあえず、自分探しの旅って奴だ」
「ははは、青春だな」
「青春……? 何だそれは」
「いや、何でもない」
聞き慣れない単語にカグが首を傾げのを、燈は苦笑する。
そんな中、北門の門兵が駆け寄って来た。
「おぉー、待たせたな」
「随分と時間が掛かったな」
「悪いな。ちょっと無駄に書類が多くてよ」
「構わない。生憎俺は暇だからな」
「そいつは助かった……ほらよ、出国届けた。これにサインしてくれ」
「あぁ」
「ほら、兄ちゃんも」
「あ、はい!」
北門の兵士は燈達の出国届けも持ってきてくれていたらしく、それを燈に渡した。
こうして、カグを含めた四人はウルファスを出国した。
「じゃあ、ここでお別れた」
「……あぁ」
それだけ言うと、カグは燈達に背を向けて歩き出そうとする。
「お、そうだ……カグ!」
「何だ?」
そう返すカグに、燈は笑って言った。
「
すると、燈達の荷台の中から、一人のエルフが降りて来た。
「なっ……!?」
流石のカグも、それには驚愕する。何故なら荷台から現れたのは、
「え、えと……」
カグの妹、サーラだったからだ。
「お、お前アカシ……! どういう事だ!!」
「防人の人にお願いして、前もって北門の門兵さんに頼んどいたんだよ。出国の際の手続きを俺達が来るまで引き延ばしてくれってな」
そこまで言われ、カグは理解した。
燈達がカグと出国のタイミングを無理やり合わせたのは、これが目的だったのだと。
「じゃ、後は兄妹水入らずで!」
「そ、それじゃあ!!」
「じゃあなぁー」
「ちょ……っ!? おい!!」
そう言って去る燈達を慌てて引き留めようとするが、走り出した馬はたちまちその姿を小さくしていった。
「……」
「……」
沈黙と言う名の、気まずい空間が二人を包む。
その空間を破壊するように、言葉を発したのはサーラだった。
「お兄ちゃん」
「っ……。俺は、もう貴方の兄じゃない。従者でもない……だから」
言い方は強くないが、サーラの言葉を……カグは拒絶する。
しかし、今のサーラは……もう力に縛られた巫女ではない。
「そ、そんなの……! 関係ないよ!」
「か、関係ない訳、ないでしょう……! 俺は、貴方の両親を……!」
「それは、お兄ちゃんが私を守るためにした事!! だからもういいの!! 私はそれで、納得した!!」
「納得って……!! ふざけないで下さい!! 俺のした事は……許される事じゃない!!」
「だったら私も同罪だよ!! 元はと言えば、全部私のせいなんだから!」
「そんな事無い!! ……貴方は、何も悪くない!! 全部、俺が……!!」
あの時の、肉を刺す感触を思い出しながら……激しい罪悪感を催しながら、カグは言う。
「……やっぱり、お兄ちゃんは……優しいね」
「……っ」
そんなカグに、サーラは優しく微笑んだ。
「お互い、自分の事が……許せないんだ。だったら、これから一緒に見つけて行こうよ!」
「い、一緒に……って」
その言葉の意味の理解を、カグは拒むが……すぐに理解してしまう。
「……サーラ様、少し見ない間に随分自己主張が強くなりましたね」
「うん。私これからは自由に、自分勝手に生きてみる事にしたから」
「……そう、ですか」
サーラの発言に、観念したような表情を見せるカグ。
そんな彼は、言った。
「疲れても、昔みたいにおんぶはしないからな」
「っ…! うん!!」
昔のような口調で笑い掛ける兄を見た妹は、晴れやかな表情で兄に駆け寄った。
ごく普通に生まれた兄と、不思議な力を持って生まれた妹。
これが、巡り巡り絡まり絡まれ…こじれにこじれた兄弟の物語。
絡まった糸は解け、関係が修復された二人の新たな旅路は……ここから始まるのだ。
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