お手軽な最強
『あの人を、見た時……私は気付けませんでした……』
悔やむ表情で言うのはミラだ。
『私たち妖精は、得意不得意はありますが……人の心の善悪を測る事が出来る』
「は、はい……それは聞きました」
隣にいる燈は最初ウルファスに入国した際のミーシェ達とのやり取りを思い出す。
『ですが、悪意を感じる事が出来るのは自分のソレを悪意と認識している人だけです。あれだけの所業をしておきながら……
言いながら、ミラは体を震わせる。
『あんな人……初めて見ました』
「……仕方、ないですよ。
強く拳を握りしめ、燈は唇を噛み締めた。
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アポカリプスを討伐したその日の内に、動ける者だけで生存者を探し出した。
不幸にも、治療が間に合わず死んだ者は多い。
今回の戦争で互いの防人、護衛団の兵士の半数が死んだ。
しかし、それでも半数で済んだのは、サーラがいたからである。
全てが終わった後、憔悴していながらも彼女は力を酷使した。
戦争の際、サーラは契約した妖精と視界を共有して致命的な怪我を負った者だけを厳選して治療していた彼女。その理由は軽傷の者まで治療をすれば、あっという間に魔力切れを起こし倒れてしまうからだ。
倒れてしまってはいくら他者が魔力を譲渡しようが暫く起きる事は無い。それに兵力を周囲に分散させた事で、魔力譲渡の役割を果たす人材の確保も難しかった。
しかし終戦直後であり魔力を温存する理由はなくなった。辛うじて魔力が残っている者達から魔力譲渡をしてもらい、両陣営の戦士達の治療を、軽傷だろうと重傷だろうと関係なく行った。
死んでいった者を尻目に、サーラは「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら、辛うじて生きている人を治療し続けた。
贖罪の治癒、罪悪感を少しでも拭うための所業。
そこにはもう、毅然とした態度の巫女はおらず、ただの少女の姿があった。
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「……来たか」
待ち人の到来にベルンはそう呟く。
『……』
彼女の待ち人であった燈、バアル、エリスは神妙な面持ちでそこに足を踏み入れた。
場所は祭壇。ベルン以外いたのは副団長のバンジョー、防人の一番隊から四番隊までの隊長。そして、
「……」
巫女の面影が消え去ったサーラだ。
死者の処理や、倒壊した建物の修繕など問題はまだ山積みではあるが、可及的速やかに解決せねばならない問題が二つある。
一つ目は、記憶を取り戻したサーラとその力の処遇。
二つ目は、今後この国をどう統治するのかだ。
「『聖地の巫女』……いや、今はもうただの「サーラ」か。まずはお前の意思を聞こう」
流れ的に、ベルンがこの場を取り仕切る役となっていおり、事を進めるべく彼女は弱弱しく座っている彼女に言う。
「……私は、もう……何者でも、ありません……生きている価値すら、ない。だから私に、私をどうこうする決定権は……ありません」
俯きながら、サーラは口を開く。
「ベルン様」
「何だ、バンジョー」
ベルンは口を挟んだ自分の部下の名を呼ぶ。
「この者の処遇については提案があります」
「……言ってみろ」
「巫女としての権威が無くなりはしましたが、この者が持つ力は強大です。ウォイドの言っていた力を奪う方法が不鮮明な以上、今後とも利用する価値は十分にあると思われます」
「ちょ、ちょっと……!!」
バンジョーの物言いに、燈は食い付いた。
「何だ?」
「そ、それは一方的にサーラ様を利用するって事ですか……?」
「本人が良いと言っている。何の問題も無いだろう」
「ありますよ!! サーラ様は巫女になった日から今日まで……ずっと利用されてきたんです!! それならのにこれからもそれじゃ……あんまりじゃないですか!!」
記憶喪失になったサーラを、ウォイドはカグを利用して操っていた。
彼女の人生は、ずっとその力を利用されるだけの人生だった。
「力を持つ者は、利用するか……されるかの二択だ。それに、この者にはもう生きる意志が感じられない」
言われ、燈はサーラを見る。
その目には生気が灯っておらず、為すがままの人形のようであった。
「だからって……! そんなの許される事じゃない!! サーラ様はやっと、自分を取り戻したんだ! これからの人生は、自分で決めなくちゃ駄目だ!!」
「いいんです。アカシさん」
「サーラ様……!!」
「サーラ、でいいですよ……アカシさん。巫女としての私は……もういませんが、それでも……私には、価値があるみたいですから……また、利用されるだけのエルフに……戻るだけです」
「違う……!! あなたはもっと、自由にしていい!! そんな力に縛られなくていい……!!」
燈はサーラに手を伸ばそうとする。
しかしその手を、ベルンは掴んだ。
「何、するんですか?」
「そちらこそ、何をするつもりだ……?」
「言ったでしょ。俺の力の事……」
「分かっている。だからお前のしようとしている事に疑問を抱いた。話し合いはまだ、終わっていない」
「このまま話し合いをしてたら……! サーラ様は自由になるんですか……!!」
「……どうだろうな」
「……っ!!」
はっきりしないベルンの言葉に、痺れを切らした燈は腕を振り払おうとするが、
「がはっ……!?」
「ベルン様に、無礼を働くな」
「アカシさん!!」
「大丈夫かアカシ!!」
頬に裏拳を当てられ吹き飛んだ燈に、バアルとエリスの二人は駆け寄った。
「何のつもりだ……?」
「穏やかじゃねぇな」
「彼は、今回の戦争を終結させた功労者だ。これ以上の狼藉は許さない」
「さっきから、聞いてたら……サーラ様をモノみたいに扱おうと、してるって事ですよね?」
バンジョーを、囲むように四人の隊長がそれぞれの刃を向ける。
その様に溜息を吐き、彼は言った。
「いいか、教えてやる。そもそもこの話は端から着地点が決まっている。サーラからはウルファスの頂点の地位をはく奪。幽閉し、今後もその力を存分に発揮してもらう。そして、空いた頂点の座には……王族の正当後継者である我が主、ベルン様が就くのだ」
「勝手な事ばっかり言いやがって……!!」
カイルは更にバンジョーに詰め寄ろうとするが、
「止めて、下さい……」
「サーラ様、俺達は貴方の忠実なる剣です。貴方が望むなら、と先程までは沈黙を貫いていましたが……お許し下さい。ここまで堂々と貴方を無下に扱うコイツらを、俺はこれ以上看過出来ない」
サーラに対してのみ使う口調を用いて、カイルは言葉を発する。
そして彼の言葉は、隊長全員の総意だった。
「アカシ」
「っ……。何ですか……?」
ベルンに名を呼ばれた燈は、頬を
「私は、今回の戦争の最終目的は……目の前にいるこの女の首を獲り、玉座へと返り咲く事だった。その力諸共、消し去るつもりだった……だがお前と言う存在が、私に新たな選択肢を頭に提示させた」
「……それは」
「あぁ。恐らくお前の考え通りだ……しかしそのためにはお前が安全の保障をする必要がある」
「安全の……保障」
ベルンの言葉の意味を、燈は理解していた。
つまり、自分がチートを回収した後……この国の脅威にならない事を、示さねばならないのだ。
どうする……!!
考えを巡らせる燈、だがユースティア王国で得た経験と記憶、枷が……彼にある閃きを灯した。
ま、待て……。でも、これは……!!
だが思いついたアイデアに対し、燈は躊躇する。
何故ならそれは、失敗すれば……一攫千金の情報を相手に渡す事になってしまうからだ。
いや……やるしかない……!! これが、前に進むための……最善手だ!!
「すみません……俺だけじゃあ、保証は出来ない……」
「……そうか。ならば」
「だから!!」
ベルンの言葉を遮るように、燈は言った。
「俺以外も天秤に掛ける……!!」
「どういう事だ……?」」
訝し気な様子で燈を見るベルン。
「俺は、このユースティア王国から内密に神異を回収する命を与えられています……!! 既に、ユースティア王国の神異も回収した……!!」
『っ!?』
燈の発言に、その場にいた全員が驚愕する。
「俺が提供したこの二つの情報、これじゃあ……信用に足りませんか?」
「世迷言を……!!」
バンジョーは燈を睨み付ける。確かに燈は今、言葉のみで具体的な証拠は明示出来ていない。当然の反応だろう。
頼む……!! 信じてるぞ……!!
だが、それは勿論燈も分かっていた。
だから彼は賭けたのだ。自分がこの話をすれば、これを通して見ている
祈る燈……直後、音も無くまばゆい光が祭壇に現れた。
「っと。全く、人遣いが荒いなぁアカシ。このタイミングで僕が監視していなかったら、どうするつもりだったんだい?」
「だから信じてたんだよ」
「はは、信頼されるとは……友人冥利に尽きるね」
数か月ぶりに再開した燈とティーゴは、数年来の友人のような会話を繰り広げる。
「お、お前は……ティーゴ・エバレンス!!」
「やぁやぁ、森の国の皆さん。こんにちは。『最強』のティーゴ・エバレンスです」
やはりティーゴの存在は他国でも有名なようで、バンジョーは堪らず声を上げた。
「簡潔に話をすると、さっきアカシが言った事は事実だよ。彼はユースティア王国の神異保有者からその神異を回収した」
「これで、信じてくれましたか……?」
燈の言葉に、バンジョーはゴクリと唾を飲んだ。
彼の言葉が真であった事で、状況は一転する。今ウルファスはユースティア王国に神異保有者がいないという事実と、神異を回収する燈という刺客がユースティア王国から放たれているという一攫千金の情報を知った。
これらは本来ならば完全なる秘匿事項……それを何の交渉も無く差し出すという行為が何を意味するのか。
燈は、自分がウルファスの脅威にならないと……ユースティア王国全土を巻き込む事で示した。
もし燈という存在が何かウルファスに不利を起こすような事態を招けば、ウルファス側は今得た情報を利用してユースティア王国に対し圧を掛ける事が出来る。
必然的に、ユースティア王国から放たれた刺客である燈がウルファスへ危害を及ぼす事は無いという保証に繋がるのだ。
「なるほどな……」
顎に手を当て二秒程思考したベルンは顔を上げて言う。
「……国を巻き込んだお前の器と、お前が示した安全の保障を……信じよう」
「ベ、ベルン様!? よろしいのですか!!」
主の言葉にバンジョーは目を見開いた。
「元より私はの目的は復讐を遂げ、正当後継者である私が君臨する……それだけだ。力を管理する事になど、興味は無かった」
「で、ですが……!」
「くどいぞ」
食い下がるバンジョーを、ベルンは一言で黙らせる。
「じゃ、じゃあ……!!」
「好きにしろ」
腕を組むベルン、その様はもう燈の行動を邪魔する事が無いという意思が見て取れた。
「……サーラ様」
歩き、燈はサーラを正面に見据える位置に再び立つ。
「私は、これから……どうすればいいんですか?」
サーラは燈を見上げて言う。
その目には、不安が明確な不安を帯びていた。
利用されるだけだった彼女にとって、偽りでも虚構でも、責務を負わされていた彼女にとって……これから来る「自由」な未来に恐怖を覚えているのだ。
「そう、ですね……。とりあえず、楽しい事を見つけてみるのはどうですか?」
「楽しい、事?」
「はい。自分が何か夢中になれる事……それだけで、人生はキラキラになりますよ」
そう言って燈は微笑む。
「そんな事……言われても」
燈の言葉だけでは当然払拭出来ぬ不安感は当然ある。
だがそれでもめげず……燈は言葉を掛けた。
「大丈夫。貴方は一人じゃない。俺達が……いや、貴方の事をこの世の誰よりも大切に思っている人が、いますから」
「そ、それは……」
燈が誰の事を指しているのか、サーラは理解する。
しかし、その人物とサーラは既に一週間も口を聞いていない。誰よりも会話をしなければならないはずなのにだ。
理由は怖いからである。全てを思い出し、妹としての記憶を取り戻したサーラは、兄である彼とどう接すればいいのか分からないのである。
「……怖い事だらけ、ですね。自由って」
「……はい。自由って、そういう事です。だけど、それと同じくらい、楽しい事が……いっぱいあります」
「……そう、ですか」
燈の言葉に、何処か少し……心が軽くなったサーラ。
唇を強く結んだ彼女は、意を決して口を開いた。
「グレン、カイル、シムト、アリュー。私は、防人の指揮権限を放棄します。これからの事は、あなた達の意思で決めて下さい」
「ちょ、そんなサーラ様!」
取り乱すアリューだが、それを制したのはグレンだった。
「サーラ様。どんな事情があったにせよ、私は……貴方にお仕え出来て、光栄でした」
深々と、グレンは頭を下げる。
次いで、カイルとシムトも頭を下げた。
「貴方の新しい門出を、心より祝します」
「どうか、これから進む貴方の道に、光が在らんことを」
誠心誠意、短い言葉にソレを籠めた隊長達。
彼らは巫女であるサーラに仕える、忠実な部下たちだ。
彼らが真っ先に考えるべき事は、主の幸せ。
ならばと彼らが考え出した結論は……快く、主を送り出す事だった。
「……っ」
その意図を察したのだろう。アリューも同じように足を屈め、首を垂れる。
「今まで、ありがとうございました……!!」
そう言って、アリューは涙を流した。
四人の戦士たちの姿勢に、微笑むサーラ。そこには微かに、巫女としての威厳が残っていた。
そして彼女は燈を見て、
「まずはちゃんと、話してみる事にします……!」
そう言った。
今までよりも声量の大きなサーラの返答、それが肯定の合図であると燈は理解した。
彼はサーラの胸部に手を伸ばす。女性であるために気を遣い、二つの乳房の間に、触れた。
「……っ」
ルークの時と一緒だ。光が発され、二人を包み込んだ。
燈の手に吸い寄せられる力の塊。そしてやがて、ソレは彼の手に触れる。
瞬間、彼の中に流れ込む。チートの性質とサーラに刻まれていた魂の記憶が。
……そこには、仲良く笑い合う兄妹の姿があった。
神田燈、チート:
「ベルンさん……」
「……何だ?」
回収が終わった燈は、背を向けたまま言う。
「これからこの国をどう統治していくのかは……俺は関与しません。だけどただ一つ、ただ一つだけ……お願いしてもいいですか?」
「関与する気じゃないか……まぁいい、言ってみろ」
燈はベルンに向き直る。
「戦争が無い……平和な国を、作って下さい」
真剣な眼差しで、燈はベルンを見た。
「……分かっている。今回の戦で、私の考え方も随分と変わった」
まぁ、実際は戦というより……アカシ、お前が兵士達に対して言っていた言葉の影響が強いがな。
心内で彼女はそう呟いた。
実際に言葉に出さないのは、少々の恥ずかしさと、悔しさを覚えているからだ。
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「いやぁ……僕のお陰で何とかなったねアカシ!」
話し合いが終了し各々が解散した後、ティーゴはニッコリと笑いながら燈達を見る。
「今後のウルファスの統治はまぁ、これからに期待するとして……とりあえずは万々歳だね」
「けっ……! 別にてめぇがいなくてもアタシの巧みな話術でどうとでもなったぜ!」
「そうかい?」
「あぁそうだよ!!」
一切悪気も無く聞くティーゴに嫌悪感を覚えながら、エリスは声を荒げる。
「ティーゴさん! ありがとうございます!」
「はぁ!? 何感謝してんだバアル、てめぇはこっちに付けや!!」
「えぇ!?」
逆に、ティーゴに礼を述べるバアルの頭をエリスは掻き回した。
「それにしても、国ごと巻き込むとはね。アカシ、少し見ない内に随分と逞しくなったじゃないか」
「そんなんじゃないよ。ただ、ユースティア王国にはお前がいる。だから、巻き込むって選択が出来た。『最強』のお前なら、何があっても国を守れるだろ?」
「……」
「ん……? どうした?」
何も返事が無い事に違和感を覚え、燈はティーゴの方を見る。
そこには、慈しみの目で燈を見る彼の姿があった。
「な、何だよ気持ち悪い」
「えぇー、心外だなぁ! アカシの言葉に感動しているだけなのに!」
「まぁいいや。もう帰れよ」
「酷いな!? 前回も今回も僕、君のピンチを救った
「ありがとうありがとう」
「心が籠って無いなぁ!? 全く、今回は僕が暇だったから来れたけど……アカシ達の成長の妨げになるから次は何があっても来ないからね?」
「分かってるって。でも何でだろうなぁ……。お前に対してだと何でか分からないけどこういう態度取りたくなるんだよなぁ」
「あれ……それって、僕の事を特別な友人と思っているって事かい?」
「何かお前、本当にすごいよ……」
神殿の回廊を歩きながら、燈は苦笑した。
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