VSアポカリプス その3

 十秒だ…!! 十秒でサーラ様を見つけないと……!!!

 

 燈はアポカリプスの内部の肉と血の波を必死に掻き分け、探索する。

 

 俺が内部に入ってサーラ様に触れたとしても、それはここからじゃ報告できない…! だから十秒後に強制的に攻撃してくれって頼んだ…!!

 本当はコイツが外の人たちに集中してくれる事を祈って、ゆっくり探したいけど…!!


『アァァァァァ……!!!』

「っぱ無理だよな……!!!」


 アポカリプスは、自分の体に腕を挿入し、体内にいる燈を探す。


 そりゃあ先に俺を潰そうとするよな……!! 

  

 瞬時に全ての損傷を修復するという破格のチート、それを取られる訳にはいかない。

 外部から幾ら攻撃し、邪魔されようがそれで受ける傷は全て治るのだから、先に内部の燈を摘出しようとするのは合理的な判断だ。


 くっそ……!! さっきよりもデカくなってるから見つからない……!!

 何処だ……!! 何処にいる……!!!


 一攫千金の時間制限付きトレジャーハント。

 必死の形相で彼は探す。


 はぁ……はぁ!! 熱い……!! 熱い熱い……!!! くっそ……!! これじゃあどうしたって十秒数秒くらいしか俺の体がもたないぞ……!!

 

 魔獣の体内温度に思考が朧げになり、意識を保つのが徐々に困難になりつつある。

 露呈した自身の作戦の不備に燈は焦った。

 自分の活動限界がすぐそこまで来ていた彼は逸る思いで腕を動かす。 

 

 頼む…!! 頼む頼む頼む頼む頼む……!! 見つかってくれ……!!!


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 叫び、彼は掴んだ。それは、魔獣の臓物とは違う感触…まだ人肌で温かい、燈の手で包み込める大きさ…誰かの手。


「っ!?」


 見つけた……!! 


 手を引っ張り、サーラの全身を目視した燈は晴れた表情を見せる。


 ギリギリ……!! 後は……!!


 燈は祈るように、外にいる男たちに託した。


-------------------


「今だ!!」


 ベルンが高らかに宣言した瞬間、全員の武器に有属性の魔力が灯る。


『はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

『ギュゥゥゥゥゥァァァァァァ!!!!』


 四人の男たちは一斉に散開、跳躍しアポカリプスへと刃を向けた。

 アポカリプスは自身の体から腕を引き抜き臨戦態勢を整える。

 最早温存は考えない。全員が全身全霊を用い…体力と魔力を全て消費する一撃を放つ。


「出し惜しみはしねぇ!! 風舞輪ふうまいりん!!!!」


 カイルの今日一番の風舞輪が炸裂、アポカリプスの六本の足を瞬時に斬り落とした。


落斬らくざん!!!」

陣風斬じんぷうざん!!!」


 次にグレンが左腕を、バンジョーが右腕を細切れにして斬り落とす。

 機動力を失い、腕で防ぐ事も叶わない。

 口からの光線と、背中から発される糸が残っているが、それらを放つ暇を与えずに核を壊すしかないのである。


超溜槍ちょうりゅうそう……!!!」


 この一撃を放った後の事などシムトは何一つとして考えていない。

 ここで殺り切れなければお終い、全てを賭け…この国のために彼は槍を刺す。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

『アアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』


 何だ…!! 何故修復している……!! 機能は停止したんじゃないのか……!!


「おい…!! アイツ……小さくなってないか……!!」


 全力を使い果たし、下で動けずにいるカイルはアポカリプスの大きさが徐々に収縮している事に気が付いた。


「まさか……、縮小し超過した分の肉体を新たに額へ回しているのか……!!」

「まずいぞ…このままでは……!!」


 グレンとバンジョーは加勢に回ろうと体を動かそうとするが、もうどうしたって動かない。

 プルプルと筋肉が痙攣するだけだ。


『オ、ワリ……!!!』


 人間の言葉を発したアポカリプスは、笑みを浮かべ背後から糸を放つ。


 まずい……!! ここであの糸を対処する余力は今の俺には無い……!!!


 槍に籠める力を緩める事無く、シムトは「まだか、まだか」と核の外皮の破壊を試みる。

 

『アァァァァァァァァァ!!!』

「くっ……!!」


 万事休す、そう思った彼だったが


『ッア!?』

「……疾風輪舞ウィンド・ロンド!!」

「アリュー!!」


 それは最年少隊長であるアリューによって免れた。


「これで……少しは自信、持っていいかな……?」

「誇れ!! お前は強い男だ……!!」


 放たれた糸を全て切り裂いたアリューに、シムトは賛美を送る。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

『アアアアァァァァァァァァァァァァ!!!??」


 宝石が火花を散らしながら削り取られる。

 シムトの怒号と、アポカリプスの号哭が重なり響く。


「っ!!」


 そして遂に、シムトは到達した。核であるウォイドの肉体に。


「終わりだ……!!」


 そう思い、一思いに槍を最奥へと突くが、


「ンンンン!!」

「なっ……!?」


 その光景に目を見開いた。


「ワシハァ!!! ワシワシワシワシワシワシワシワシワシハァ……!!!」


 シムトの槍を口で受け止めたウォイドは歯をギチギチと鳴らしながら屍のような目で彼を睨む。

 ウォイドの肌は爛れており、ミイラのように全身が干からびていた。


「ウォイドさん……!! 何でこんな……!!」


 シムトはベルンからこうなっている事は聞かせれていたが、いざ目の前のソレを見るとその凄まじく酷い光景に思わず目を背けたい衝動に駆られた。


「アアアアアアァァァァァァァァ!!!!」

「もう、止めてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 涙を流し叫ぶシムト。更に槍を押し込もうとするが、


「……あ?」


 限界が訪れた。

 槍に纏っていた風は消え去り、槍を握る手は力が入らず、手を離したシムトはその場から落下した。


「う、そだろ……!!」


 動かぬ自分の体に歯を食いしばるシムト、だが他の者と同様にもう十全にその体を動かす事も、魔法を放つ事も出来ない。


「コロォス!! ゼンブゥ!! ワシガァ……!!!!」


 自我を失ったウォイドは顎が外れそうになるほどに口を大きく開けながら、破滅の大望を口にする。


------------------


「はぁ……!! はぁ……!! はぁ……!!」


 穴の開いた肺で、無理やりに酸素を体内に取り込むカグは建物の階段を上り、屋上を目指していた。

 それはあの魔獣を狙撃するため、サーラを救うため。

 揺らめく命の炎、吹けば消えてしまいそうなソレを懸命に守りながら、カグは体を動かす。


「ぁ…!! あぁ……!!」


 屋上へと到達したカグ、巨大化したアポカリプスを目にする彼は弓を構え、矢をつがえる。


「くぅっ……!!」


 構えが負傷箇所に支障をきたし、体が更に悲鳴を上げる。

 だが、それを堪え、彼は魔獣を見据えた。


 弱点は……あそこ……だろ。

 俺の、蒼穹之弓なら……狙える……!!


 しかし問題があった。蒼穹之弓は日に良くて三発しか撃てない。カグは今日既に三発撃ってしまっている。

 四発目、それは今でさえ限界の自分の体に更に鞭を打つ行為だ。

 それはカグ自身が一番よく理解している。

 だが、彼は思う。


 それがどうした、と。


「……サーラを、救い出す……!! 俺はそう誓った……!!! そのためなら、限界だろうが何だろうが超えてやる……!! たとえどれだけ、俺がぁ……傷ついたとしても!!!」


 弓の弦を引く、狙いを定める。

 自分の呼吸を整えるカグ。


 矢を射る事で何より大事なのは精神の持ちよう…それは呼吸からくる。

 呼吸が肉体と精神を調和、そうすれば弓を引き矢を放つ…その一挙手一投足は寸分たがう事が無い。


 何度もこなし、何度も反芻した経験。

 片方の肺のみの呼吸で、カグはそれを成立させた。


「……」


 無意識に鼻から血を流し、苦痛のまみれていた表情は先程とは打って変わり、何事も無いかのような平静さを見せる。


蒼穹之弓ウィンリシェイド


 小さく呟き、カグは矢を放った。

 静かに大気を纏い、美しい軌道を歪曲させながら放たれる一閃。


 それは、


「……アッ?」


 剥き出しになっていたウォイド、その頭を容易に貫いた。


「……アァァァァァァァァァカグ!!! キサマァァァァァァ!!!」


 その攻撃がすぐにカグのものであると理解したウォイドは彼の名前を叫んだ。


「……やっ、た……」


 ウォイドの声を聞きながら、カグの意識はそこで途絶えた。


-----------------


 核であるウォイドを殺した事で、アポカリプスはその形をみるみる内に崩壊させる。

 蜘蛛の下半身や女性の上半身はたちまちゲル状になり液体のように地面へと流れていった。


「うぉぉぉぉぉ!!??」


 そのゲルと共に、サーラを抱えた燈は重力に従い落ちる。ゲルがクッションの役割を果たし、落下の際のダメージは無かった。


「た、倒したのか……?」


 周りを見渡す燈、そこには自分達が勝ったという現実にまだ実感の湧かない戦士達が茫然と座り尽くしていた。


『ゥゥ……』

「!?」


 近くで発された呻くような声に燈は足元を見る。するとそこには小さなスライムのようなものがクネクネと気味の悪い動きをしながら、離れようとしていた。


「逃がすかっ!!」

『ァ…!?』


 手を伸ばし、燈は元の姿に戻ったアポカリプスを蚊を潰すように叩いた。

 ブチュリ、と嫌な音と感触を味わった燈は恐る恐る叩いた手をどける。そこには、まんじりとも動かない、超常魔獣だったものがあるだけだ。


 魔獣アポカリプスの討伐、ギリギリの戦いだったが…それを燈達はやり遂げた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 燈は雄叫びを上げた。

 涙を流し歓喜に打ち震えながら、大の大人が叫び、叫んだ。

 多くの人々を守れた事に対する安堵感と喜びが燈の心を激しく高ぶらせた。


「んぅ……あ」


 燈の大声に反応したのか、気を失っていたサーラはゆっくりと目を開ける。


「あ、サーラ様! き、気が付きましたか……!?」

「え……ぁ、私……は……?」

 

 燈の腕からゆっくりと起き上がるサーラは、その目は何がどうなっているのか、理解出来ないといったものだ。


「一先ず、全ては負傷者を治療した後だ」


 そう言って燈達の元へ歩いて来たのはこの中でも特に負傷や消耗が少ないベルン。

 

「は、はい……」


 先程の喜びの声から一転、少し暗い声音で燈は言う。

 ようやく終わった。しかし片付けなければ、話さなければならない事は山ほど残っている。


 エルフの国ウルファスでの物語、それが…確かな音を立て、終末へと向かっていた。

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