広げろ

「その後、サーラ様の力を見せると…兵士たちはあんたを神から神託を得た者だと認識した。その信仰心を利用し、兵士をまとめ上げた儂らは王族へ反逆を起こし、奴らを玉座から引きずり下ろした…記憶を失ったあなたを御するのはとても容易かったのぅ」

「あ……あぁ……」


 ウォイドが語る一語一句がサーラの胸を締め付ける。


「カグ、お前にも感謝しておる。サーラ様は儂以上に貴様を信頼していたからなぁ。サーラ様に全てを話すと脅せば何でも協力的になったお前は至極有能じゃったぞ! おかげで、東西南北の森へ他国からの貿易品を流さないようにする事も、聖地への入場を規制するのも悉く上手くいった!! ただの集落の娘如きが政治など分かる訳がないからのぅ…この女がポンポン受け入れてくれて笑いを堪えるのが大変だったぞ!! 大量の利益を、聖地が独占する…お前ら兄妹のおかげじゃあ!!」

「くっ……うぅ……!!」


 言われてしまった、事実を知られてしまった事にカグは唇を噛み締める。


「嘘…だ。いや……嘘です…私が、そんな……!」


 心が激しくざわつき、動悸が早まる。突き付けられた真実の情報量が、被らされたエルフの巫女という冠を叩き落とした。


「これは全て事実じゃ。もう分かっておるじゃろ?……いや、お前は心で、それが本当の事であると認識してしまっておるはずじゃ」


 耳元で囁かれるウォイドの声。

 そう、既に彼女は…全てを思い出しかけていた。記憶の断片が次々と沸き上がり、まるでパズルのピースを合わせるように自分の失われていた記憶が息を吹き返していく。

 しかし、彼女は実の所…薄々何かを感じていた…カグと何かしら関係がある事を感じる程には。

 自分と面影が似ているカグ、そして幼少期で蓄積された体験と経験が、彼が自分の兄ではないかと言う疑念を生み出していたのだ。


「うぅ……」


 激しい頭痛がサーラを襲う。

 私は…この国を守るべくして、神から力を授かったぁ…エルフの巫女…!! それ以外の、何者でもない…!! なのに、どうして…何で、こんなに……!!

 誰…誰なの……!! この頭に残る私の顔をしているエルフはぁ…誰!! 私じゃない、私じゃない…!!


 だが、直感で感じた心地良いまでのあの感覚はどう足掻いても間違いではない。

 分かっているから、そうだと信じたいから、そうであってほしいかいから…彼女は毎日、自室の前でカグと別れた後呟いていたのだ。


 お兄ちゃん、と。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 封じていた全ての記憶が鮮明に蘇り、欠けていたピースを全てはめ込んだパズルが完成した。


「ふぉふぉふぉふぉ!!! またあの時のように叫ぶか!! 今度はエルフの巫女としての記憶を無くしでもするのかのう!!」

「私は…私はぁ……!!!」


 涙を流し、むせぶように声を漏らすサーラは半眼で自分の兄を見る。


「サ、サーラ!! お、俺は…!! 違うんだ!! お前に、これ以上苦しんで欲しくなくて…!! だから俺は…!!」


 違う。

 そうではないと、それはカグ自身が一番分かっていた。

 妹を悲しませたくない、そんな殊勝な理由ではない。カグがサーラに何も話さなかったのは、自身も忘れ去りたかったからだ。

 最期は侮蔑したとは言え、自分を産み…育ててくれた両親をこの手で葬った事を。両親に刃物を刺し、いた感触、噴き出した血の匂いを、忘却したかったのだ。


 俺は……最低だ……。サーラを、妹を理由にして…自分を正当化して、何もかも消そうとした。

 何が、サーラのためだ。俺は、俺のために…!! 


「お兄……ちゃん……」

「サーラ……俺を、そう呼ばないでくれ……。俺には、もう…お前にそう呼ばれる資格なんて……!」

「ふぉっふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!!! 記憶が戻った妹との感動の再会!!! 愉快じゃのぅ!!」


 涙を流す兄妹二人、口を歪め高らかにウォイドは笑う。


「おい!!」

「ん、何じゃ?」


 気分良くなっていた所、水を差すように口を挟んだ燈をウォイドは上から睨み付けた。


「お前は一体何が目的なんだよ!!」


 燈の言う通り、ウォイドの行動にはあまりにも不自然で腑に落ちない所が多い。それも全て、彼の目的が不明瞭だからである。


「目的ぃ? そんなもの、儂が聖地の…この国の頂点に君臨するために決まっておるじゃろう!」

「今までの話を聞いてれば、あんたはサーラ様を自分で巫女に祭り上げて、その臣下って言う地位に自分で付いたんだろ!!」

「ふん!! それは儂がこの国を影で支配するために決まっておるじゃろうが!! じゃが儂は常々、この数十年ずぅーっと思っておったわ!! 何故儂がこんな小娘に頭を下げねばならないのかとのぅ!! じゃが、巫女として讃えられている者をどうこう出来る力は儂には無かった、殺せば儂への旗色は悪くなる。儂への風当たりを考えた時…動く事は叶わなかった…じゃが!! 数か月前、ある女との出会いが儂の運命を大きく変えた!!」

「…ある女?」

「その女は、儂こそがウルファスを統べるに相応しいと言った。その通りじゃ…儂が全てを牛耳る。儂が全ての上に立つ!! そのために、カグと、小娘と契約している妖精が死ぬほど邪魔じゃった」

「俺…が」

「貴様はこの娘を常時守っておる、おまけに貴様が少し離れていても妖精が見張っておるから、儂が近づいて不審な行動を取ろうとした瞬間に、気付かれてしまう。しかし、問題は妖精よりもやはりお前じゃった。貴様の不意を突いて殺す策を講じたが、それは不発に終わってしまった。じゃが、今度は…上手くいった!! 今サーラの命は儂の手の中、貴様が何をしようともその前に儂が動ける!! この状況を作る事が出来た!!」

「サーラ様…!!」


 苦渋に満ちた顔でサーラを見るミラ、確かに要請である彼女ではこの状況をどうする事も出来ない。妖精の力では彼を引き剥がす事も、攪乱する事も叶わない。


 今サーラを生かすも殺すも…ウォイドの思い通りだ。

 一度目は失敗、だが二度目は成功したという事である。


「待て!! サーラ様を殺しても何の意味も無い!! それであんたが王になるなんて出来る訳無いだろ!!」


 今までの言動から、ウォイドがサーラを殺そうとしているのは明白だった。だがそんな事燈が許容できるはずがない。彼は堪らず叫んだ。


「出来る!! この小娘が巫女たる所以、その力を儂が手にすればのぅ!!」

「力を…って」


 何を言ってるんだアイツは…?


 ウォイドの発言の意味が、燈には分からなかった。

 力、とはこの流れで言えば間違いなくチート能力の事である。だがそれをウォイドが手にする。そんな事が出来るはずがない。

 何故なら彼には燈のようにアンチートとという回収能力が無いのだから。


「この娘を殺せば、あの全知の力は儂のものになる!! それが、この国の王となる資質を持ち、神人教に見出された…儂の運命じゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なっ!?」


 神人教…!! アイツは神人教と通じてるのか!?


 ウォイドの発言に、燈は驚愕する。


 もし奴が本当に神人教と繋がっているなら、可能かもしれない…!! 俺の知らない方法で、サーラ様のチートを移し替える事が……!!


 神人教という言葉一つで、燈の不安は大きく膨張する。ウォイドの言っていた、サーラを殺して力を奪うという言葉に、一気に真実味が帯びたのだ。


「もうすぐ儂に話を持って来た神人教の女がここに来る!! そうすれば儂以外のここにいる奴らは全員死ぬだけじゃ!!」

「まさか…アンタが言ってる神人教の女って…!!」

「ふぉふぉふぉ…ようやく察したか!! そう、お前らと仲間ごっこをしていたテノラじゃ!!」

「くっ……!!!」


 テノラ……お前どこまで…!!!


 気持ち悪いくらい良い笑顔の彼女の顔が、燈の頭に浮かび上がる。


「悔やんでももう遅い!! この娘は死ぬ!! そして儂が、真の王になあぁぁぁぁる!!!」

「待て!! 殺すなら俺を殺せ!! サーラには、手を出さないでくれ!!」


 最早懇願するしかないカグはそう言って手を伸ばすが、ウォイドはそんな言葉に耳を貸す事は無い。

 彼は先程カグにやったようにサーラに拳を放った。


「「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」 


 走り出した燈とカグの制止の声が、重なった。


 今、この場の誰もがウォイドの殺人を止める術を持ち合わせていない。

 彼の殺しは、成功するものだと。ウォイド自身がそれを確信していた。


 僕は…また、何も出来ないのか…!!


 声を上げる事無く、ただサーラに放たれる拳をバアルは悔し気に見詰める。


 いや、駄目だ!! 諦めちゃ駄目だ!! 今この中で僕が一番巫女様を助けられる可能性がある…!! 僕の魔法なら…!!


 バアルの闇魔法、まだ全容の掴めないその属性魔法に彼は一縷の望みを賭けた。


 アカシさんは、いつも誰かのために…自分の事なんて考えずに戦ってる…!! 僕だって、アカシさんみたいになりたい…!! 少しでもいい、アカシさんに近付きたい!!


 その感情が、バアルの中の闇魔法を…その片鱗を微かに揺さぶる。


 闇魔法は解明が進んでないって、五大将の人が言ってた!! なら、この属性魔法がどんなものか、広げるのは……僕自身だ!!


 バアルは手を広げ、自分の目の照準をウォイドに合わせる。


 魔法の解釈を広げろ…!!! アカシさんが僕を信じてくれてるみたいに、僕も……僕を信じろ!!


 瞬間、バアルは触れた。揺さぶられた闇魔法…その核心に、指先が到達した。


「闇魔法:影這シャドウ・チェイン!!」


 その魔法は、バアルから闇を放出する魔法ではない。それは


「なっ……!?」


 狙いを定めた者の影でその者自身を拘束させる魔法だった。


「くっ…そぉ……!!! 忌々しい闇魔法…め!! あの小僧、報告ではここまでだとは……!!」


 必死で、ウォイドは絡みついた自分の影を引き剥がそうとする。だが足から腕にかけて絡みついた影は、中々解かれない。


「バアル君ナイス!!」


 振り返る事も無く、ウォイドを拘束した魔法がバアルによるものであると即座に分かった燈は彼に感謝する。


「助かった…!!」


 そして同様にカグも、燈よりも深く感謝するように自分の後方にいるバアルへ言葉を掛けた。

 今が好機、それは燈もカグも思っている事だろう。言葉を交わさずとも考えの一致した二人は呼応するように加速し、一気にウォイドとの距離を詰めた。


 このままでは……やられる……!!


「ふ…ざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ブチブチブチ、と影を引きちぎるようにその拘束を解いたウォイドはサーラを放し飛び上がると二人の攻撃をかわした。


「き、っさまらぁ……!!! 許さん、許さんぞぉ!!! この儂の王道を…阻もうとはぁ!! 恥を知れい!!」

「許されないのはアンタの方だウォイド!! 俺は、自分の欲望のためだけに人を利用しているアンタを許さない!!」


 燈は十数メートル離れ対峙しているウォイドに言う。


「ここでお前を止める…絶対にサーラは殺させない…!!」

「ぼ、僕も加勢します!」


 燈、カグ、バアルの三人が見据えるのにウォイドは忌々しいと言わんばかりの表情を作る。


「この場にいる全員、ここから生きて出られると思うな……!! 全員、儂が殺す……!!!」


 年老いたエルフは来ていた服を破り捨て、上半身を露にした。そしてその上半身は、とても老人とは思えぬ程に、鍛え上げられた肉体だ。

 

「油性魔法…」


 小さく、そう呟いたウォイドの体…その毛穴と言う毛穴から、液体が噴き出した。

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