最強の射主
『グアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
四本足、だがそれがクモのような付き方をしている魔獣は右手を大きく振り上げ、接近しようとする燈達三人に向かい振り下ろした。
「危ねぇ!!」
「くっ…!!」
燈とバアルはそれぞれ左右に飛びその攻撃を回避する。だがエリスは二人とは違う動きを見せた。
「いくぜぇぇぇぇ!!!」
彼女は上空にジャンプする事で魔獣の攻撃を避け、魔獣の腕部を走る。そしてそこから更に跳躍し胴体まで到達した。
身体強化によって威力を上げる事に加え、自身の火属性の魔力を宿した拳は発火する。
「火ぃ殴り!!!」
そしていつもの如く微妙なネーミングの技名を叫び、拳を魔獣へと叩き込んだ。
『ガガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
エリスの攻撃をモロに受けた魔獣は凄惨な叫び声を上げる。その声を聞いた三人は攻撃が魔獣に効いたのだと理解する。
「っしゃあ!!もうイッパツ!!!」
調子づいたエリスはまだ滞空状態、彼女はもう一撃パンチを繰り出そうとしたが
『グアアアアアアアァァァァァァ!!!!』
魔獣は体を捻り、左腕を横に振る。
「ぐっあああああ!!!!!」
その攻撃にエリスは咄嗟に防御姿勢を取る。だが対空状態だった彼女は当然それに耐え切れずそのまま近くの建物に叩きつけられてしまった。
「エリス!!!」
吹き飛ばされたエリスの方向を見て燈は叫ぶ。
「大丈夫だ!!っててて…!!!あのヤロー派手に飛ばしやがって…!!!」
自分の安否報告を行いながらエリスは顔を上げる。建物の二階へと吹き飛ばされた事で巨大な穴が開いており、エリスのいる二階の部屋から外の状況があまりにも鮮明に見る事が出来た。
「ったくやべぇなあの魔獣…アタシの攻撃は通じちゃいたが…」
こりゃあ倒すのは無理だな。ありゃあかなりタフだ。アタシの剣があれば何とかなるけど…今回は、応援が来るまでここで留まらせる事に尽力するかぁ。
それより問題はあのパワーだな。さっきは咄嗟に腕で防げたからダメージは少なかったが…。
身体強化を施していたエリスは致命傷には至らなかった。幸い骨や内臓にも支障は無い。
あんなもん何発も食らってたら一分もしない内にアタシも、アカシ達もあの世行きだ。
エリスは起き上がりながら冷静に状況を分析する。
ま…ここで悲観してても仕方ねぇ!!幸い奴の攻撃は腕や足を使った大振り、しっかり見切れば避け切れるしそこからさっきみてぇに攻撃に繋げられる!!さっさと戦線復帰だ!!
建物に吹き飛ばされ結論を出すまで、この間の思考時間十数秒。エリスは建物内で助走をつけ、二階から勢いよく飛び出した。
-----------------
「は!!!」
エリスが戦線離脱した七秒間、そこではバアルが攻撃を繰り出していた。
『グアアアアアアアアア!!』
足や腕の先端に闇を纏った拳をぶつけるバアル、しかし魔獣は効いている素振りを見せない。先程エリスの攻撃によって発した叫び声では無く、それどころか威勢の良い声を上げバアルを威嚇しながらその場で両腕を振り上げながら上半身を上げ、自分の体を地面へと叩きつけようとしている。
ま、まずい…!!
上を見上げ、魔獣の巨体を見ながらバアルは焦る。
自分の力ではこれから繰り出される魔獣の攻撃を避け切るのは困難だと思ったからだ。
『ググググアアアアアアアァァァァァァ!!!!』
それでもバアルは何とか魔獣の攻撃射程から逃れようと走り出すが間に合わない。
巨体の影はどんどんバアルに近付く。
「くっ…!!」
横目でその巨体を目にしながらバアルは思わず目を瞑る。もう駄目だと、自分の死を悟ったのだ。
「危ない!!」
だがそうはならなかった。魔獣の近くにはいたがその攻撃射程外だった燈が射程圏内へと入りバアルを抱き留めそのまま地面に転がった事で、間一髪ながら魔獣の圧し掛かりを回避する事に成功したのだ。
バアルがそれを理解する前に、魔獣による攻撃による地割れの激しい音と先程のような風圧が二人を襲った。
「大丈夫!?バアル君!!」
抱いたままのバアルに切羽詰まった様子の燈は声を掛ける。
「は、はい…。何とか…!」
僕はまた、アカシさんに…迷惑を…。
立ち上がりながらバアルは激しい罪悪感に苛まれる。
燈さんを守るって言ったのに…これじゃあ前と何も変わらない…!エリスさんに魔法の使い方を教わったのに、僕は…弱いままだ…。
僕が逆に…燈さんに助けられて、僕が…燈さんを危険な目にあわせてる…!!
「ごめん、なさい…燈さん。でも…次は、大丈夫です…。絶対、役に立ちます…だから!!」
言いながらバアルは魔獣に向かおうとする。
「落ち着いてバアル君!!」
だが彼を腕を掴み燈はそれを止めた。
「さっきの攻撃、エリスの鬼修行の時と全然違ってた…素人の俺でも分かったよ」
「っ!?」
燈の言葉に息をのむバアル。
「きっと緊張して力が思うように入ってないんだ。だから落ち着いて、落ち着けば…バアル君は強い!!」
バアルの両肩を掴んで燈は言う。
「バアル君はあの魔獣にいつもの一撃を入れてやればいい。危なくなったら、さっきみたいに何度でも俺が助ける!!…ま、まぁ君より弱い俺が言っても安心出来ないだろうけど…」
アハハ、と頬を掻きながら燈は笑った。
だがその表情が、バアルの心を穏やかする。
アカシさんは…僕を信じてくれてる。そうだ…そうでなきゃ、こんなに優しい人がこの状況で力を貸してくれなんて言う訳ない…!
バアルの緊張の糸は完全に
「アカシさん。ありがとうございます…もう、いけます!」
「ホント!?」
「はい!!」
今度はバアルが笑顔で答えた。
「バアルゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
その時、建物の二階から飛び出したエリスが声を掛ける。
「エリスさん!!」
「合わせろ!!!」
「っ!!」
エリスの言葉の意味を即座に理解したバアルは魔獣に向かい走り出す。
「ちょ、俺は!?」
「アカシさんはそこにいて下さい!!」
「えぇ…!?」
燈は置いて行かれた。
『グゥゥゥゥゥゥアアアアアアアアァァァァァァ!!!!』
魔獣はエリスとバアル、二人の強襲に雄叫びを上げながら勢いよく突進してきた。
「やっぱ集中狙いはアタシかよ…!!」
先程の攻撃で、魔獣はバアルを危険視していなかった。逆に自分に強烈な一撃を入れたエリスを徹底的にマークしたのだ。
『グアアアアアァァァァァ!!!!』
二本の腕を振り上げ、魔獣はエリスに攻撃を繰り出した。
「舐めんなああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
自分の魔力で身体強化を限界まで施したエリスは体を捻り、回転させる事で魔獣の攻撃を受け流しながら懐へと入る。
「くっ…!!」
これでもコイツは多分倒れねぇ…けど、動く元気を無くすくらいには弱らせる!!そのために、全部出し切れ…!!!!
そう意気込んだエリス、その拳には再び火が灯った。
--------------------
思い出すんだ。エリスさんに教わった事をもう一度…!!
全くの同時刻、走りながらバアルは自分がこれから放つ魔法において大事な事を頭の中で反芻していた。
『手を強く握れ。その方が拳に魔力が良く通る』
魔獣はエリスに集中している。バアルは魔獣のへとダッシュで入り込んだ。
『心臓から自分が攻撃を繰り出したい部位への最短経路をイメージしろ』
足に身体強化の魔法を掛けバアルは跳躍した。自分の技の射程に、魔獣を入れるために。その跳躍中に体を半身横にずらして肘を引く…魔獣の腹部に即攻撃を叩き込むために自分の攻撃モーションを完了させたのだ。
『後は…』
自分の魔力を、拳に…籠めて…撃つ!!!
拳に闇の魔力が循環する。そしてその循環がによって発生する魔力のオーラを拳は纏った。先程のモノよりも色濃い…漆黒の禍々しい、『闇』というにふさわしいものである。
「超火ぃ殴り…!!」
「
燃えるような赤と、深く飲み込まれそうな黒。
美しい軌道を描きながら両者の拳は魔獣に直撃した。
『アアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
魔獣の放った声は断末魔と言って差し支えの無いものだった。
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「大丈夫か二人共!!」
攻撃の直後、燈は二人の元に駆け寄る。
「何とかな…」
「だ、大丈夫です…」
地面に座りながら声を漏らす二人。
「よ、良かったぁ…」
その様子を見た燈はひどく安心した。
「そ、そうだ…!あの魔獣は…!!」
思い出したように言いながら燈はエリスとバアルの同時攻撃によって倒れている魔獣を見る。
「どうだろうなぁ…。一応、素手で出せるアタシの全力と、バアルの全力をモロに食らわせた…死んでないにしても…動けねぇくらいにはなったと思う…」
『グゥ…ウゥゥゥゥゥゥゥ…』
その時、三人の耳に低く呻くような声が聞こえた。それは今もっとも聞きたくない声である。
「おい…マジかよ…」
「そ、そんな…!」
「くっ…!!」
エリス、バアル、燈はそれぞれ信じられないといった表情でソレを見た。
『グゥ…ァァァァァァ…アアアアアアア…グググググググググ!!!!!!!』
ソレはどんどん姿を変えていった。四本だった足は六本になり、体中からは謎の体液を出しながら表皮の隅々に鋭利な棘を出現させる。極めつけに目も二つから四つに増え、顎が外れたように口が変化を遂げる。恐ろしい顔面は、更に恐ろしさと…醜悪さも併せ持った。
『グググググググググググググググアアアアアアア!!!!!!!!』
ソレ…凶悪さの増した魔獣は、燈達を確かに睨み付ける。
何だよ…あれ…!!まだ力を隠し持ってやがったって言うのかよ…!!
僕と、エリスさんは全力だった…その攻撃を受けて…まだあんな…。
進化を遂げた魔獣を見ながらバアルとエリスは茫然とする。
「二人共逃げるぞ!!」
だがその中で燈だけは即座に逃亡という判断を下した。
「逃げてぇのは山々だけどよぉ…」
悔しそうにエリスは自分の足を触る。
「さっき、奴の懐に入った時に…足を負傷しちまった。それに…今の一撃で、逃げる体力も…残ってねぇ」
「分かった!」
それを聞いた燈はすぐさまエリスを担ぎ上げた。
「ちょ、おい何してんだよ!?」
「自分で走れないなら俺が担ぐしかないだろ!バアル君もさっきの攻撃で疲弊してるけど、怪我はしてないから一人で走れる。俺は二人よりも魔力を使ってないから、身体強化でお前を運びながら走れる!周辺にいた人たちが逃げるだけの時間は稼いだ…後は俺達が逃げるだけだ!!」
「馬鹿か!あの魔獣相手に人一人運びながら逃げ切れる訳ねぇだろ!!」
「そんなの、やってみないと分からないだろ!!」
「うるせぇ!アタシを置いてけ!!アタシはこんなところで死ぬタマじゃねぇ!!ぜってぇ生き残る!!だから!!」
強がるエリスはそんな事を言うがどう考えても生き残れないのは明白だった。
「うるさいのはそっちだ…!!俺は…!仲間を置いていける程、人間が出来ちゃいないんだよ!!」
「っ!?」
燈の言葉に、エリスは目を見開いた。
何だよマジで…。普通戦場でこんな場面だったら、置いてくだろ…それに…。
「守んのは…アタシの役目だったろうが…」
ポツリと、担がれてた彼女は微かにそう呟く。
「あぁ!?何か言ったか!!」
「っ……何でもねぇよ!!分かったからさっさと走れ!!絶対死ぬんじゃねぇぞ」
「分かってる…!!行くよバアル君!!」
「はい!!」
行動方針を固めた燈達はすぐさまその場を離脱しようと試みるが
『ググググググググググググアアァァァァッッッッッッッッッッ!!!!』
その逃亡を、魔獣が許すはずが無かった。
-------------------
燈達が魔獣からの逃亡開始して一分程が経過。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
建物という障害物を利用しながら燈は魔獣との距離を引き離そうとする。
『グアアアァァァァ!!!』
しかし魔獣は建物など意にも介さず、それらを破壊しながら最短距離で燈達との距離を詰める。
倒壊した建物が一瞬の目くらましになり、その一瞬で辛うじて逃げ切れているというのが現状だった。
「防人の人達が来るまで後どれくらいだ…!!」
「多分、後二分くらいだと思います!」
二分、この状況下での二分は無限に等しい。
燈達が魔獣の出現場所で時間を稼いだ事で周辺民はいないため自分達の逃亡にのみ思考のリソースを割り当てられるとは言え、かなり厳しい現状に燈は思わず顔を歪ませる。
『グアァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
「っ!!」
魔獣の速度が増す。突然の加速に燈達と魔獣の距離は十メートルを切った。
『グアァッッッッッッッッ!!!』
節足動物のような腕が襲い掛かる。この距離ならば腕を伸ばせば届くと魔獣は判断したのだ。
だが、その時だった。
『グ…!!!???』
「な、何だ…!?」
突然、短く声を上げ苦しむ魔獣に燈は混乱する。どうなっているのか背後を見たいがまだ安全が保障されていないため彼らは走り続ける事を余儀なくされる。
「っとここか!」
「そうらしいな」
魔獣の短い悲鳴が発された数秒後、上空から二人男の声が聞こえる。
『グ…グゥゥゥゥ……!!!アアアアア…ァァァァァァァ…!!』
「んだよ死にかけてるじゃねぇか…」
「畳みかけるぞ」
呻き声を上げながら魔獣を見据える二人は上空から各々の武器を取り出し技を繰り出した。
「
「
斧に風を纏い、自分を回転させ魔獣へと向かうエルフ。その様はさながら風の車輪。そしてそれは的確に魔獣の肉を削り続ける。
槍の先端に風の魔力を纏い、突く。魔獣の肉体に槍が触れた途端、先端に収束させていた風が魔獣の肉を抉る。
『アアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!』
そんな二つの攻撃によって断末魔を再び断末魔を上げた魔獣は遂に、息絶えた。
「っと、おーい!もう大丈夫だー!」
斬車輪を放った方のエルフが、燈達を呼び止める。
「「た、助かった…?」」
ようやく後ろを向き、魔獣の死骸とその場にいる防人であろう二人を確認した燈とバアルは足の力が抜け、その場で膝をついた。そして燈とバアルは互いの顔を見合わせる。
「「やったあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
生存…その喜びに打ちひしがれた二人は互いにそれを享受し、喜び、抱き合った。
「ちょ、お前ら苦しい…!離れろぉ!!」
燈が抱えていたため二人の間にいたエリスは堪らず声を上げる。
「おいおい仲が良いなぁ」
「無理も無いだろう…あんな魔獣相手に逃げ回っていたんだ」
「あ、ありがとうございます!本当に助かりました…!!」
自分達の命を救った二人に救世主に燈は礼を言う。
「礼なら俺達じゃなくて、直前に奴の核に矢をぶち込んだ野郎に言うんだな。俺らは瀕死の魔獣にトドメを刺しただけだ」
「間違いないな」
「えっ…それはどういう…?」
「見ろよアカシ…あれ」
「あ、あれって…」
エリスが魔獣を指差す。燈はその死体を見た。そしてすぐに気付く、魔獣の体…その中央部に巨大な大穴が空いている事に。
「この二人が来る前に、魔獣が変な声上げたろ。その原因があれだ…」
「で、でもここにいる俺たち以外に人なんて…」
「さっきそいつが言ってただろ。『矢』だよ。弓矢で…あの大穴を空けたって事だ」
「う、嘘だろ!?そんな事出来る人がいるのか!?」
魔力を籠めた矢とはいえあの威力…相当な弓の手練れだな。にしても一体何処から撃った?
「いるんだよなぁー神殿から…狙ってここまで矢を飛ばせる奴が」
「はぁ!?」
防人のエルフの一人が言ったその一言にエリスは驚愕した。
「神殿からここまで軽く見積もっても十キロくらいあんぞ!?ここで起きてる事を確認するのさえ困難な距離だ!そんなところから狙っただと!?しかも大量の障害物の隙間を
神殿のは確かに聖地の中心にある「象徴」の建物なだけあって広く巨大だ。だが決して高くはない。魔獣が突然現れた時に破壊した建物くらいの高さだ。神殿の最高部から狙撃しようとしても、標的までにある建物に阻まれ狙いを定めるのはほぼ不可能である。その不可能を実行したのだと言うのだからエリスが饒舌になりながら驚くのも無理はない。
「驚くのも分かる。まぁでも、それが出来んのがカグだからなぁ」
信じられないと言わんばかりの表情を見せるエリスに何とも言えない口調で言う防人。
「カ、カグ?」
「あぁ。サーラ様の側近、そしてウルファス最強の射主だ」
ここで初めて、燈達はサーラの斜め後ろに常に立つ人物の名を知った。
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