波乱の歓迎会

「いやぁそりゃあ災難だったなぁ!」


 酒の入ったデフが燈の肩を組みながらケラケラと笑う。


「笑い事じゃなかったんだよ」


 注がれた酒に口をつけながら、疲弊した様子を見せる燈。


「それにしても本当に良かったわねぇ。死者がゼロ人で…」

「全くだ。負傷者は相当数いたが、あの建物の下敷きになったエルフが誰も死んでいないのは本当に運が良かったとしか言いようが無いな」


 マリリンの言葉にハンズは頷く。

 魔獣は内側から建物を破壊しながら突然出現した。当然建物の中には多くのエルフがいたのだが、その誰一人として死ななかったというのは正に奇跡である。


「みんな大変だったみたいだねー」


 モグモグと口内で咀嚼を続けるテノラは言った。


「ったくだぜ。トイレ行ってて良かったなテノラ」

「えへへー。私運が良いんだよー」


 エリスは威張るように胸を張った。 


「結局、あの魔獣は一体何だったんでしょうか?」

「さぁ…今死体は神殿に運ばれて解剖されてるみたいだけど」


 あの巨大な魔獣は何故突然…そして一体どうやって現れたのか。

 魔獣が討伐されたとはいえ、そういった謎は未だ解明されていないままだった。


「何はともあれ、良かったよ。加入して一日目で後輩を失う…なんて事にならなくて」


 安堵した様子のハンズは燈達を見る。


「なーにしょぼくれた空気作ってんのよ!」

「ってぇ!?」


 見かねてハンズの背中を叩いたのはマリリンだ。


「ほらほらアカシ達も、堅苦しい話はとりあえず無しにして今は楽しみましょう!これはあなた達の歓迎会なんだから!」

「そ、そう…ですね」


 今難しい事を考えても仕方ない。燈達はマリリンの言葉に納得した。 


「さぁさぁそうと決まれば飲んで飲んで! ほら、バアル君も」

「あ、ありがとうございます!」


 マリリンはバアルに酒を注ぐ。


「ちょ、ちょっとバアル君はまだ未成年ですよ!?」

「ミセイネン? どういう意味アカシ?」

「え…?」


 そ、そうか…未成年飲酒とかそういう法律はこの世界に無いのか。


 咎めようとする燈だったがそれはすぐに無駄だと気付く。


「い、いや何でもないですけど。お酒は程々に…」

「分かってる分かってる♪…あ、そうだ。私ジギル連れて来るわね。呼んだのに来ないのよあの子ったら」


 バアルに酒を渡したマリリンは立ち上がり一旦堆積した。


 ~一分後~


「だから俺はいいって!!」

「だーめ!歓迎会なんだからおとなしく席に着きなさい!!」

「横暴だ!」

「ちゃんとした理由があるなら出席しなくていいわ」

「言ったろ俺はコイツらが気に食わない!」

「はーい座りましょうかー」

「放せえぇぇぇぇ!!!」


 そんなやり取りをしながらマリリンがジギルを無理連行してきた。


「ったく…」


 なし崩し的に仕方なく、ジギルは卓上の料理に手を付け始める。


「おいおーい。そんな顔でメシ食うなよ。折角のメシが不味くなるだろうが」

「あ?」


 だがエリスの放った一言にプッチンと頭の線が切れたジギルは彼女を睨み付けた。


「お、おいエリス。挑発するなよ」

「へへ、良いから見てろってアカシ」


 何か考えがあるのか、エリスは止めるなと燈に釘を刺す。


「もう一回言ってみろ。三流芸人が」

「おーおー。威勢が良いねー、もうちっと仲良くしようぜ。この会はそう言う会なんだからよぉ…セ・ン・パ・イ…つーわけで」


 前置きは終わりと言わんばかりにエリスは酒の入ったたるのジョッキを渡す。


「何のつもりだ」

「勝負しようぜ。飲み続けて、先に倒れた方が負けってルールだ。勝った方が一個命令できる!」

「何だと…?」


 エリスの提案に訝し気な視線を向けるジギル


「待てってエリス! そんな事言って大丈夫か!?」

「安心しろって! アタシ酒には強ぇからよぉ」


 自信満々に言うエリスだったがその自信満々っぷりが余計に燈の心を不安にさせた。


「命令ってのは…可能な範囲でだろうな?」

「ったりめぇだ。もしお前が勝ってここから出て行けとか言われても無理だしな」

「…そうか。分かった、なら俺が勝ったら…俺もお前達も互いに干渉しないと約束しろ」


 互いに干渉しない…それはつまりもしジギルが勝てば、こういった酒の席に顔を合わせたりする事は無くなり、互いの事を認め合わず過ごしていくという事だ。


「はっいいぜ。じゃあアタシが勝ったらアタシ達の事を認めろ」

「……ふん、三流以下の芸人だと認識は変わらないが同じ専属芸者だとは思ってやる」


 互いの要求がはっきりし、勝負に負ければ従う事を両者は認める。

 エリスから吹っ掛けたこの勝負、断る事も勿論可能だった。だがジギルは自分の気に入らない人間にあそこまで挑発的に言われて引き下がるようなエルフではない。


「エリス…お前」


 距離の詰め方が不器用だけど…ちゃんと仲良くなろうとしてるのか。

 

「勘違いすんなよ! 別にアタシはコイツと仲良くなりてぇわけじゃねぇ! ただコイツが気に入らねぇからコイツがしたくねぇ事をさせようとしてるだけだ!」


 燈の思考をエリスは即否定するが、燈は彼女を温かい目で見た。そして次にこう思った。


 まぁ…何かもし負けたら俺達もうジギル君にずっと距離置かれちゃうんだけど…。


「ふん、まぁどうせお前みたいな野蛮な人間が考える事なんてそんなもんだろう」


 燈とは対極的に、エリスの言葉ををのまま鵜呑みにしたジギル。

 彼は渡された樽のジョッキを持った。


「へへ、じゃあ行くぜ」


 エリスもまた、用意していた別のジョッキを手に取る。

 こうして二人の酒飲み対決の火蓋が切って落とされた。


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「まぁーだぁ倒れねぇのかぁーーーー。シツケー奴だなぁ…てめぇ…」

「そ、れはぁ…こっちのぉ…台詞……だぁ!はぁやく降参、しろぉ…」


 エリスとジギルはそれぞれ呂律の回らない舌を何とか動かし虚ろな目で互いを見る。

 対決が始まって早十数分、二人は樽のジョッキを十数杯飲み干し辛うじて意識を保っている状態だった。


「二人共それ以上は…」

「「うるせぇ!!」」

「ごめんなさい!」


 これ以上はまずい、そう思った燈は二人に勝負の中止を持ちかけるが当人達の圧によって萎縮した燈はそれ以上何も言えなかった。


「エリスお姉ちゃん勝てー!」

「いいぞいいぞー!二人共頑張れー!」

「ジギルー!負けたら裸で神殿内一周なぁー!」

「どっちも負けるなぁ!お前らの力はそんなもんじゃあ無いだろうぅぅぅぅぅ!!!」


 テノラ、マリリン、デフ、ハンズもかなり体内に酒を摂取しておりとてもじゃないがシラフと言える状況ではなく当然彼らがエリスとジギルを止めるわけが無い。


「こうなりゃ俺達で無理やり止めるしかないぞバアル君、テノラ!」


 そう言って燈はバアルの方を向くが、すぐにその様子がおかしい事に気が付いた。


「ぽぉーーー…」


 エリス達と違い、バアルはとても静かだったため燈は意識していなかったが良く見てみれば彼の目が虚ろで顔が非常に朱色に染まっているのが見て取れる。


「バ、バアル君…?」


 様子が明らかにおかしいと思った燈は恐る恐る彼に声を掛ける。

 燈の呼び声に反応したバアルはゆっくりと顔を向けた。


「ふぇ?アカシさん?」

「だ、大丈夫?」

「あははー、だいじょうれふよー。僕はちっとも酔ってないれふ」

「いや大分酔ってる人の口調だけど!?」


 エリス達以上に呂律の回っていない舌に燈は思わずツッコんだ。


「マリリンさんから一杯分もらってたけど、それでこんなに酔っちゃったのか?」


 言いながら燈の視線は座るバアルの足元へと映る。そこには大量の樽のジョッキが転がっていた。


「何じゃこりゃあああああ!!!!」


 そりゃあ酔うわそんだけ飲んでたら…!!


「バアル君渡すとくぴくぴ飲んでくれるからねぇ。思わずあげすぎちゃった♪」

「何てことしてくれてんですかマリリンさん!?」


 自白した犯人に詰め寄る燈。


「むぅーーーーー…」


 だがその様子を見ていたバアルは頬を膨らまして燈に近付く。


「ふん!」

「えっバアル君?」


 そしてマリリンから燈を引き離したバアルは彼を座らせ、その膝の上に乗った。


「ふふーん♪」


 満足そうに笑うバアルに燈は困惑する。


「バ、バアル君。どいてくれると助かるんだけど…俺これからエリス達を止めないといけなくて」


 未だ対決を続け、大量の酒を摂取し続けている二人を見ながら燈はう言う。


「いーやーでーふ。僕とぉ一緒にいてくらはーい」


 笑顔で燈の提案を却下するバアルは体勢を変え、燈と向かい合うようにするとそのまま腕を背中まで回し抱き着いた。


「ま、参ったな。これは相当酔ってるぞ…」

「ふへへー…」


 バアルの泥酔っぷりにどうしたものかと思考を巡らせる燈、そして一つの案を思いつく。


「よ、よーしよーし」

「んぇ…?」


 燈の案、それはバアルを寝かせる事だった。彼はバアルがやっているように背中に手を回し、そしてその頭を撫でた。

 子供を寝かしつけるように、優しく包み込んだ。


 なんらろ…これ。すっごく……安心する…。


 半濁した意識の中で、バアルは確かに温もりと心地よさを感じる。


 ふふふ、こう見えて俺は子供を寝かしつけるが得意なんだよ。大学時代ベビーシッターのバイトとかしてたからな!


 心の中でドヤ顔をする燈。だが得意げになるだけあってバアルの目はもう閉じ掛かっており今にも夢の世界に行ってしまいそうであった。


「ふあぁ…アカシ…さぁん……」


 猫なで声を上げながらバアルは燈を見上げる。


「おやすみ、バアル君」


 燈は微笑むと微かに開いていたバアルの瞼を閉じた。微睡みの世界へと誘われた彼をゆっくりと床へ置くとそのままエリス達の元へ向かおうとする。


「いっちゃぁやでふー」

「あれぇ!?」


 だがコンマ一秒で意識を取り戻したバアルは立ち上がった燈の足を掴む。


「一緒にぃ…いてふださぁい」

 

 そう言うバアルの目元には涙が浮かんでいた。


「い、いやバアル君。あのね…」

「僕とぉ…一緒はぁ……イヤでふかぁ?」

「ち、違う! そんな事無いよバアル君!

「だったらぁ…ここにぃ…いて下はい」

「うおあぁ!?」


 にへらと笑うバアルによって放たれた黒い影のようなものが足に絡まった燈はその場に強制的に座らされることを余儀なくされる。


「バ、バアル君? 流石にこれは良くないと…」

「アカシさんがぁ、逃げないようにするためれふ」


 バアルの目は据わっており、服ははだけていた。

 彼は男であるが、その容姿は誰もが認めるとてつもない美少女だ。そんなバアルは酒とそんな恰好のせいでとても魅惑的な雰囲気を纏っていた。


「目が、目が怖いよバアル君!」


 しかし燈にとってバアルは可愛らしい子供であり、その雰囲気に心打たれる事は無い。ただ純粋に見た事も無いバアルの豹変っぷりに恐怖していた。


「…らめれふねぇ。アカシさん、こっち見てくらはい!」

「うえ!?」


 燈の足を拘束していた影のような黒いものは燈の頭部にまで達し、それによって燈は無理やり首を曲げさせられバアルと正面で顔を見合わせる事になる。


「ふふぅん…。ようやくちゃんと見てくれまひたねぇ」

「バアル君落ち着こう! こういう事は良くないと思うんだ!」

「何がれふかぁ?僕はぁ…アカシさんが好きだからぁ、こうしてくっつきたいだけでふよー?」

「お、俺を好きなのはすっごい嬉しいよ!? で、でもっ…むぐ…!!」


 燈が話を遮るように、バアルは自分の口で燈の口を塞ぐ。無理やりの接吻に互いの口内に入っていた空気が循環された。

 

「えへへぇ…ムーミさんのお父さんとお母さんがぁ良くやってましたぁ。好きな人にやる『キス』って言うんですよねぇ?」

「バ、バアル君こういうのはもう一つの意味の『好き』同士がやる事であって…!!」

「んー?アカシさんが何言ってるのかぁ…僕よく分かりませぇん。もっとくっつきましょう…?夜はぁこれからでふよ?」


 迫るバアル、その様はさながら男を誘惑する美少女だ。


「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 燈の絶叫は神殿内へと響き渡った。

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