魔獣襲来

『皆さん、新しく入所した芸者のご紹介です』


 翌朝、ミラの立会いの下燈達は言われていた通りの事をする運びとなった。

 燈達と同様に神殿内での披露会、その選考を突破した者たちの前での自己紹介だ。


「おはようございます。本日から皆と同じくここの専属芸者になりました、燈です。よろしくお願いします!」

「同じくエリス」

「バアルです!」

「テノラでーす」


 四人は名前を名乗り挨拶をする。


「よっ!今日からよろしくな!」

「一緒に頑張りましょう」

「今日は新人の歓迎会だー!」


 まだ名乗っただけの燈達ではあるが芸者の方々はとても歓迎ムードだった。


「ちっ」


 ただ一人を除いて。


「こらこらージギル!、久しぶりの新人なんだからそんな態度取ったらダメでしょー?」


 歓迎ムードを漂わせていた芸者の一人である女性がジギルと呼んだエルフの男を注意した。


「うるせぇ!俺はこんな奴ら認めねぇぞ!」

 

 だがジギルは燈達を指差して怒鳴りつける。


「見てたぞお前ら!!何だよあの芸は!!」

「い、いやアレは巫女様たちを笑わせるためのそういう芸と言いますか何と言いますか…」

「そういう芸ってどういう芸だよ!?滑って転んで、そこの女が叫び散らかして!!あんなので誰が笑うんだよ!現に誰も笑ってなかっただろうが!!」


 それを見かねたエリスが一歩前に出てジギルを睨み付ける。


「ったくうるせぇなぁてめぇ。アタシらを専属芸人にしたのは他でもねぇあの巫女様だ。てめぇがいくら文句言った所で意味ねぇんだよ」


「何だと…?」


 エリスが放った言葉に頭の意図がプツリと切れたジギルは負けじとエリスを睨み付け返す。


「落ち着けって、な?エリス」


 一触即発の雰囲気を感じた燈はエリスの肩を掴み制止させた。


「ジギル、お前もだ。落ち着け」


 そして同じようにジギルの肩を掴んだのは専属芸者の一人であるエルフだった。


「すまんな、ジギルこいつはまぁ気難しい性格で…」

「い、いえ…こちらこそウチの者が無礼を働いてしまってすみません!」


 燈は頭を下げた。


「ハハハ、まぁ最初は誰だって分かり合えないモンさ!お互いを知って、ちょっとずつでも近づいていければその内仲良くなるだろ!っとまだ名乗って無かったな。俺の名はハンズ、一応この中じゃあ最年長でキャリアも俺が一番長い」


 楽観的に笑う男は自分の事をハンズと名乗る。


「で、そっちがマリリン。その隣にいる奴がデフだ」

「よろしくね、坊や達」

「仲良くやろうぜぇ新人!」


 次に他のメンバーの紹介も流れるように行った。


「デフさんは普通の人なんですね」


 燈はデフの姿を見ながら言う。ハンズ、マリリン、ジギルは共に耳が尖がっておりエルフである事が伺えるがデフの耳は燈達と同じ形をしていた。


「おう!ここに入ったのは十年前だ!!いやぁまさか同じ種族の奴らが入って来るなんてなぁ!嬉しいぜ!俺以来初めての人だぜお前ら!」


 良い笑顔を見せるデフ。そしてマリリンも同時に喜びの表情を見せる。


「私も嬉しいわー!この中で女って私だけだったから!しかも一気に三人も可愛い子が入るなんて!」

「い、いえ…あの…僕男です…」

「えぇ!?」


 とても申し訳なさそうに言うバアルの発言にマリリンは驚く。当然の反応だ。


「いや…でもこれはこれでアリね…」


 マリリンはバアルに顔を近づけながらそう呟く。何がアリなのか、それは彼女のみぞ知るだ。


「にしてもアカシはこんな可愛らしい子ばっかに囲まれてたのかよ!羨ましいぜ!!」

「あらー?私は可愛くないって言うの?」

「あ」


 自分の失言に気付いたデフはすぐさまその場から逃げ出そうとするが


「逃げさないわよー」


 マリリンに腕を掴まれ、彼は自分の死を悟った。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あらあらー!よく泣くわねー、この人間は!!」


 彼女による一方的な蹂躙を受けるデフを、燈は気の毒そうに眺める事しか出来なかった。


「すまんな。会ったばかりでこんな見苦しいものを見せて」

「い、いえ。とても賑やかで楽しそうだなと思いますよ」

「これの何処が楽しそうに見えんだアカシィィィィ!!!」


 デフの断末魔が燈の耳に届くが燈は聞こえないふりをした。


「はぁ…もういい」

「ちょ、おいジギル!」


 ハンズの声を気にも掛けずジギルはその場を後にした。


「ま、まぁとりあえず互いの自己紹介は終わった…かな?」

『では次の予定に移行してよろしいでしょうか?』


 ハンズの言葉に今まで沈黙を貫いていたミラが燈達の視界外だった上から現れる。

 何とも言えない空気を醸し出しながら顔合わせは終了。


「お前らぁ!!今日の夜は歓迎会だからなぁ!!忘れんなよぉ!!」

「はいはい、じゃあ言いたい事も言ったようだし私のお仕置に集中してねデフ」

「ちくしょうがぁぁぁぁぁ!!!」


 だがデフやマリリンのやり取りのお陰で、微妙だった空気が少しだけ緩和された。

 

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「改めて見ると、やっぱり活気のある所ですね」


 ミラに案内されながら聖地のあちこちを見る燈はそう口に漏らした。


『そうですね。東西南北の森との交易はもちろんですが、サーラ様への謁見のために来た使節団などが各国から珍しい物などを持って来たりしますから』

「なるほど。でもそんなに物の出入りが激しいなら何で周囲の森に住むエルフの人達が聖地に入るのにあんなに厳しい試験を突破しなきゃいけないんですか?」

『試験、というのはブランカが課しているものの事ですか?』

「はい。そうです」

『あれは例外的なものです。そもそも聖地側の要請、もしくは交易や謁見、披露会などの公的事情以外で森の民が聖地へと踏み入る事は出来ません』

「えっ、それは何でまた…?」

『森の民は、聖地に行く事を拒み森に住み続ける事を選択した者達だからです』

「じゃ、じゃあもしその後に森に住む人が子供を産んで…その子が聖地に行きたいって言ったら?」

『行けません』


 ミラは即答した。


『自然と限りなく密接な関係を保ち、自然との調和を選択した森の民。その民の一族は、誰であろうと聖地へ行く事を禁じられています』


「そ、そんな…」

 

 ミラの言葉に燈は愕然とする。


「はぁーん。難儀なもんだなそりゃあ」


 両手を頭に当て歩きながらエリスは言う。


『ですからブランカは甘い方なのです。試験をして、乗り越えた者に聖地へ行く権利を与える。あんな事をしているのは彼だけですよ』

「そんな事して大丈夫なんですか?」

『緩急を付け、偽のゴールを用意する事で強硬手段や反乱行動を抑制する…というのが目的らしいですがそのゴールで実際に聖地入りをするエルフが十年に一度程度いるので果たして『偽』と言っていいのかどうか…まぁここ四十年、南の森は他の森と比べ目立った騒動が起きていないため神殿側も黙認している状態です』

「ははは…」


 ブランカさん、良い人なんだな。


 燈は思わず笑みがこぼれた。 


「それにしても…芸者の人達、少なかったですね。僕達を入れても八人しかいませんでした」

「あーそれ、あんなデケェ神殿なんだからもっとたくさんいると思ってたぜ」

『そうでしょうか?五~十年に一名か二名入って来ますし引退やその他の理由で脱退する方を含めると妥当かと』

「ご、五年~十年に一、二名って少なくないですか?」

「それはエリスお姉ちゃんとバアルが自分達の尺度で考えてるからだよー。エルフの平均寿命って二百年とか三百年、長生きするエルフだと四百年生きる人もいるんでしょ?なら普通だと思うよ?」

「「た、確かに…」」


 テノラの説明にバアルとエリスは声を揃えて納得した。


「お前よく食うだけのバカだと思ってたけど頭いいじゃねぇか」

「ひどいよエリスお姉ちゃん!?」


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「ここは?」


 案内を続けるミラが次に案内したのは立派な噴水のある広場であった。


『あなた方の仕事場の一つです』

「仕事場?」


 ミラの説明に燈は首を傾げた。


『神殿の専属芸者、と呼ばれてはいますが実際あなた方が芸を披露するのは神殿内だけではありません。こういった人々が集まる場所でも芸を披露して関心を買い、楽しませるのも立派な仕事の一つです。神殿の専属芸者とは神殿の多大な恩恵を受けながら芸を研鑽し聖地に娯楽をもたらす者達の事を示します』

「へ、へぇ…」


 改めて告げられた自分達の役割に燈は多大な責任が肩に圧し掛かるのを感じる。


『ここ以外にも仕事場所はあります。あなた達と先程顔合わせをした方々と場所を変えながら芸を披露してもらいますので、残りの場所も案内します』


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『ここで最後です』


 最初の噴水の所を含め計四か所の仕事場を案内された燈達は、ミラの言うように最後の五か所目を案内された。

 最後に案内されたのは神殿よりかは大分小さいが、それでも立派な建造物。その前にある広大な広場だ。


『以上で私の案内を終わります。他にまだ案内してほしい所があればしますが、どうなさいますか?』

「とりあえずいいかな。ありがとうミラさん」

『やはり、不思議な人ですね』


 笑顔で感謝を述べる燈に対して、ミラは言った。


「にしてもおせぇなぁ。テノラの奴」


 腕を組みながらエリスはぼやく。

 テノラは仕事場の四か所目の案内でトイレに行きたいと言い燈達と別れたのである。


『一応、口頭でここの場所を教えましたので合流出来るとは思うのですが…』

「ったくどんだけなげぇトイレしてんだアイツ。大の方か?」


 アハハハハ、とエリスが笑うと


 ドゴオォォォォォォォォォン!!!!


 そんな激しい音を立てて、燈達の目の前の建物が倒壊した。


「は?」

「あ?」

「え…」

『なっ…』


 あまりにも突然の事態に燈達は驚愕する。

 崩れ落ちる瓦礫、発生する大量の土煙。そして周囲にいる人々の叫び声。

 それらが徐々に、燈達にこれは現実なのだと知らしめる。

 

「な、何だよこれっ!!!」


 声を上げる燈、状況を確認しようとするが激しい風と砂ぼこりで視界での情報収集が困難であった。


「見て下さいアカシさん!アレ!!」


 隣にいるバアルの言葉に従い、燈は目を凝らし彼が指差した倒壊した建物の方向を見ようとする。

 未だに良くは見えないが、何か巨大な影がそこにはあった。


「アレ…は」


 呟く燈、そして次第に土煙や砂ぼこりが消え、その姿が明瞭に燈達の目に映る。


『グ、グググググググアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』


「魔獣か!?」


 燈の言う通り、そこにいたのは魔獣だ。


「何だよあの大きさ!!!」


 ユースティア王国を出てウルファスに来るまでの一か月、燈は魔獣とは度々遭遇していた。しかし今目の前にいる四足歩行の魔獣はそれらとは比べ物にならない巨体だった。


「デケェなおい!!」


 それはエリスも同様のようで今まで見た事も無い魔獣に目を輝かせている。 

   

『緊急事態です。私は直ちに神殿に戻り、この事を報告しなければなりません。ですが…』

「それまであの魔獣を放置している訳にはいかないってことですよねミルさん!!」

『えぇ、その通りです。この騒ぎですから聞きつけた防人が駆けつけるとは思いますがこの場に到着するのに少なくとも四、五分は掛かります。それまであの魔獣がここに居続けるとは到底思えません!!このままでは甚大な被害が…!!』

「なら、あの魔獣をここで食い止めりゃあいいんだな!!」

『そうですがそんな事は…!!』

「やります!!俺達が!!」


 ミラが言い終わる前に燈は即答した。


『出来る訳がありません!!早く他の方と一緒に逃げて下さい!!』


 逃げ惑う人々を指差してミラは叫ぶ。


「言ってなかったけどよぉ、アタシら芸者なる前は傭兵やっててたから腕は確かだぜ!!」

「大丈夫です!ここで食い止めます!」

『そ、そんな事…』


 エリスとバアルの言葉にミラは唖然とする。


「いいから早く行って下さい!!」

『っ!!』


 ミラの様子に痺れを切らした燈は叫んだ。

 エリス達の言葉の真偽を確かめている時間は無い。既に魔獣は歩き出そうと動きを見せている。ミラに選択の余地はなかった。


『これはあなた達の仕事の範疇を逸脱しています。ここから逃げても何も厳罰処置はありません。ですが、もし…もしあの魔獣をここで食い止められるのなら…!!!』


 顔を上げミラは燈達を見る。そこには、覚悟を決めた目をした三人がいた。


『っ!!』


 それを見たミラはそれ以上何も言わず飛び出した。羽を高速で羽ばたかせ、神殿へと向かった。


「ここでこの魔獣を食い止めないと、大勢が死ぬ!!絶対止める…力を貸してくれ!!バアル君、エリス!!」


 恐怖よりも多くの人の命を守るためにそれに打ち勝ち、立ち向かう事を決めた燈は仲間を見る。


「久々に手応えありそうな獲物だなぁ!!別に防人が来る前にぶっ倒してもいいんだろぉ!!」


 いつも背負っている剣を神殿に置いてきているため手ぶらのエリスは指をポキポキと鳴らしながら笑みを浮かべた。


「アカシさんは死なせません!」


 バアルは拳に黒いオーラを纏った。


『グググググググアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!』


 臨戦態勢の意思を見せた三人に反応したのか、魔獣は燈達を見て轟くような叫び声を上げる。


「行くぞ!!!」

「おう!!」

「はい!!」


 対峙した三人は魔獣へ向かい駆け出した。

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