価値観と感情
サーラへの襲撃未遂事件が起こったその日、サーラの厚意によって食事に誘われた燈一行は神殿内で出される豪華な皿の上の料理の数々に目を輝かせていた。
「うっま!!うめぇうめぇ!!」
「もぐもぐもぐ」
「うーん!美味しい!」
ウルファスに来てから食べていた料理はどれも美味しかったが、目の前に広がる贅の限りを尽くした料理の前には霞んでしまう程には敵わない。
妖精たちが運んでくる皿に目を輝かせながらエリス達はそれを口にしていた。
「……」
しかしエリス、バアル、テノラは一言も発さず料理を堪能していく中、燈は今一つ料理が口に運ばれていなかった。
「お口に合いませんでしたか?」
同じく食卓を共にするサーラがそんな事を聞いてきた。
「い、いえ。美味しいです…」
そう言って燈は無理に笑いながら料理を口に運んだ。
「ンだよお前、さっきの事まだ引きずってんのかぁ?」
その様子を見かねた隣の席に座るエリスはそんな事を言う。
「そういう、お前はどうなんだよ。殺す事に反対してたじゃないか」
燈は数時間前のエリスとウォイドの会話を思い出していた。
「あぁ、まぁ殺す事はねぇだろうって思ってたけどよぉ。あのエルフが自分で死ぬのを選んだんだから仕方ねぇだろ」
「し、仕方ないって…」
「アイツはあそこで巫女様を殺すために自分の命を懸ける事を選んだんだ。そこはアタシ達がどうこう干渉する話じゃねぇよ」
「それは…」
エリスの言葉に、燈は言葉を返せなかった。
「それより飯食おうぜ。そんなこと考えながら食ってたら美味くねぇだろ」
「っ、お前はよく平気だな…あんな風に人が死んだのに」
「まぁ人が死ぬのは良く見てたからなぁ。それにアタシは自分とあんまカンケーねぇ奴が死んだときに同情できるほどお人好しじゃねぇ。むしろ
正直に自分の気持ちを伝えるエリスに燈は何とも言えない表情になる。
そうだ…バアル君も、テノラも、他の人も全員…あのエルフの人が死んだ事に大して動揺していない。俺がおかしいんだ。この世界じゃあ俺は異端者で、俺の価値観はこの世界じゃ不相応なものなんだ。
違う、そうではない。確かに燈の言う事は一理ある。関りの無い者の死…それに動揺し、深い同情を見せないのはあの場にいた者達が皆『死』というものを間近で見続けなければならない環境にいた者や感性が狂っている者しかいなかったからだ。だがこの世界にいるのは彼らのような者ばかりではない。もしこの世界で平穏に生活している人間があの場にいたのなら、燈のような反応を見せただろう。
燈が複雑な感情を抱く中、神殿での食事会は滞りなく進んでいった。
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「皆さん、改めて…此度は私を守って下さりありがとうございます」
食卓を囲む全員の食事がある程度進んだ時、サーラは燈達に謝辞を述べた。
「まぁ、俺達…というか全部エリス一人の手柄ですけどね」
「それぇ!!お前らもっとアタシに感謝しろよ?」
ハハハと乾いた笑いを浮かべる燈をエリスは小突く。
「そこで今回の事に対する褒賞を与えたいのですが、何がよろしいでしょうか?」
「サーラ様!?」
「え、この大量の料理が褒美じゃなかったんですか!?」
サーラの発言に驚くウォイドと燈。
「はい。これは褒賞の話をするためにどうせなら、と思い皆さんを招待しただけです」
「え、えぇ…マジですか…」
「サーラ様!これ以上あのような者たちに褒美など…何を考えておるのですか!!」
話の飛躍に付いていけない燈を横目にウォイドはサーラに言った。
「ウォイド、私はこの国の最高権力者であり象徴です。その私をこの方々は護った。その褒賞がたった一度の贅を尽くした料理だけなど許されるわけがないでしょう?」
「そ、それは…」
サーラの反論にウォイドは言葉を探すが見つからない。
「という訳で、皆さん。褒賞は何がよろしいですか?」
棚から
「な、なら…俺達をこの神殿の専属芸者にしていただけないでしょうか?」
「なっ!?」
燈が放った一言にウォイドは驚愕する。
「…分かりました。アカシ、エリス、バアル、テノラ…以上の四名を専属芸者として認めましょう」
「サーラ様!?あんな者共を芸者として雇うなど言語道断です!!他の専属芸者の面目が丸つぶれです!!」
うっ…、痛い所を…。
あのような無様なものを舞台上で披露しているためウォイドの言葉は正論でしかない。
「何故です?彼らはとても面白い芸を披露して下さったではありませんか?」
「は?」
「「「「え?」」」」
しかしサーラの返した言葉はウォイドだけでなく当事者の燈達も困惑するものだった。
「な、何を言っているのですかなサーラ様?」
「ウォイドこそ何を言っているのです。あれほどに綺麗な転倒に加え、畳みかけるようなツッコミ。正真正銘、彼らは見事な道化師(お笑い芸人のようなもの)です。大声で笑ってしまう所でした」
「「「「え?」」」」
再び、燈達は声を揃えてサーラを見た。
「ん…?どうかしましたか?」
「え、えーといや…そのぉ、あはははははは!!」
(お、おいっ!)
笑いながら誤魔化す燈、バアルやテノラも引き寄せながらエリスは小声で話し掛ける。
(どうすんだよ!あの巫女様随分盛大な勘違いしてるぞ!)
(どうするっつってももう俺達は生粋の道化師ですって言い張るしかないだろ!あれがホントは踊りでしたなんて言えるわけないだろ今更!)
(てめぇがヘマしたんだろうが!!)
(その節は本当に申し訳ございません…!)
(まぁでもアカシのヘマがあったから今私たちはここにいれるんだし、結果オーライじゃない?)
(そ、そりゃあそうだけどよぉ)
(こ、ここまで来たらもう突き通すしかないと思います。もし道化師じゃないってバレたら…)
(バアルの言う通りだと思うよエリスお姉ちゃん。ここはバレないように笑って騙し続けよう。そう、道化だけにね!)
(上手くねぇ!!何急にジョブチェンジしてんだてめぇは!)
「どうかしましたか?」
コソコソと燈達が話し合いをしているのを見ていたサーラは彼らを不思議そうな顔で見た。
その瞬間、燈はエリスとバアル、テノラに目配せ考えを同調させる。
「い、いえいえいえいえ!!そうです俺達は世界一を目指してる道化師です!」
「そ、そうだぜ!どいつもこいつも笑顔にしてやるのがアタシの生き甲斐だぁ!」
「頑張って皆を笑わせます!」
「期待しててよ巫女様!」
「は、はい?」
必死に言葉を並べる四人の圧に、サーラは首を傾げた。
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『ここ神殿内でエルフや人間の補佐をしております『ミラ』と申します』
「彼女にはあなた方のお世話を暫くしてもらいます」
「燈です。よろしくお願いします」
『…』
「な、何でしょう?」
『いえ、随分と不思議な雰囲気を持つ人だなと』
「?」
ミラの言葉に燈は疑問符を浮かべた。
「ミラ、無駄口はいいわ」
『申し訳ありません。それではお部屋を案内します。どうぞこちらへ』
「あ、はい!」
先頭を切って進むミラに燈達は付いて行った。
「ウォイド」
「何ですかな、サーラ様?」
食事が終わり、妖精に部屋を案内されている燈達を見送ったサーラはウォイドを見た。
「先程の私の命を狙いに来た刺客…あれは」
「はい、奴が死ぬ間際自ら口に出していましたが…間違いなく前王権派のエルフです」
「やはり、そうですか」
「どういたしますか?」
「私は周囲の森の民と争う気はありません。私という存在に対し、不満がある者がいるのは至極当然の事です。こちらから何か攻撃を仕掛けるという事はしません」
「相変わらず、寛大なお心で」
「ですが…あちら側から、争いを仕掛けてくるというのなら話は別です。こちらも相応の態度を見せねばなりません」
「つまり、釘を刺すと?」
ウォイドの言葉にサーラは頷いた。
「刺客の身元を調べて下さい。どこの森の民か、そしてその森が今後も我々に危害を加えようとしているのか、知っておく必要があります。それによって今後の対応を決めましょう」
「承知しました。調べておきましょう」
言いながらウォイドは頭を下げる。
「……」
その表情に薄らと笑みを浮かんでいるのを、サーラは見る事が出来なかった。
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「ふぃー!フッカフカのベッドだなぁ!」
「すごーい!飛べるよぉ!」
体が浮き沈みするベッドを堪能するエリスとテノラは心底楽しそうだった。
「なーんか、長い一日だったなぁ…」
同じくベッドで寝転がりながら燈は呟く。
彼らが案内されたのは芸者小屋と呼ばれる神殿の専属芸者が住む施設である。
ベッドは人数分、四床ありそのどれもが例外なく高級品質のものだ。
『お気に召しましたか?』
案内してくれた妖精は笑顔で尋ねる。
「こんないい部屋を手配してくれるなんて、ありがとうございます」
バアルはペコリとお辞儀をした。
次いでボーっとしていた燈、ベッドで遊んでいたエリスとテノラが感謝の言葉を述べる。
『聖地の案内や他の芸者の紹介は明日、引き続き私が行います。本日は皆さんどうかお休みください』
「分かりました。案内ありがとうございますミラさん」
『はい。それでは皆さん、良い夢を』
そう言って妖精は燈達の部屋を後にした。
「まぁ一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったな」
「全くだ。てめぇがすっ転ぶからどうなるかと思ったぜ」
「ほ、本当にごめん…」
チクチクと痛い所を突き続けるエリスに燈は心底申し訳ない気持ちになった。
「でも…何かなぁ…」
あの時の事を思い出しながら燈は首をひねった。
「ん、何だよ?」
「いや、今更こう言ったら言い訳になっちゃうけど…すごい床が『滑った』んだよな」
「あぁ。そりゃ言い訳だ」
「だから言いたくなかったんだよ…」
にべもなく言うエリスに燈は半眼を向ける。
「ま、前の番の床に散らばった汗でも踏んだんじゃねえのか」
「あぁなるほどな…!」
「それでもあんなには滑らねぇけどな」
「うっ…!」
納得した燈に追い打ちを掛けるエリスの言葉は、燈の心を的確に抉った。
「そ、そうだ。テノラはこれからどうするんだ?」
これ以上自分の失態を突かれてしまっては心が保てない。そう判断した燈はテノラに話しかける事で話題の矛先を変えた。
「どうするも何も、私まだ巫女様にちゃんと演奏披露できてないもん!それに聖地の探検とかもしたいし、何よりアカシ達といると楽しいから…まだ一緒にいる!」
「そ、そうか…」
一緒にいて楽しい、そう笑顔で言われた燈は少し気持ちが
「まぁ今後どうするかとか色々考える事は沢山あるけど…とりあえず今日はもう、寝るか」
「まぁそうだな」
「さ、賛成です」
「テノラも!」
一日で色々な事があり疲れていた燈の提案に他の三人も賛成した。
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灯りを消して各々が自分のベッドで目を瞑る。
燈やバアル、エリスも寝息を立てる中テノラはまだ意識がはっきりとしていた。
今は楽しい、『まだ』楽しいけど…そろそろ飽きてきちゃうなぁ。
テノラはそんな事を考えていた。彼女は楽しい物や者、事が大好きだ。人生において多くの楽しいを謳歌してきた彼女にとって「飽き」という感情を味わってきたことも、少なくない。
彼女は
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