刺殺爆発

「おいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!????」


 エリスは燈の服の襟を掴む。


「ごめん!!本当にごめん!!」


 燈は両手で手を合わせ頭を上下に振りながら謝った。


「何で偉そうに教えてたてめぇが一番初めの初めでミスるんだよ!笑えねぇよ!?」

「い、いやぁ…考えてみたら俺お前らに教えるばっかで自分の練習全然してなかった事今思い出した…」

「そういえばそうだな…じゃなくて!!どうすんだよこの状況!?みんなポカンとしちまってるよ!!」

「あわわわわ…マジでどうしよう!!助けてくれエリス!!」

「助けてほしいのはアタシの方だぁぁぁぁぁ!!」

「そ、そうだバアル君とテノラは!?」


 燈は他の二人に助けを求めるべく首を横に振った。するとそこには現実を受け入れられず立ち尽くすバアルと同じく現実を受け入れられず弦を優しくポロンポロンと儚げに鳴らすテノラの姿があった。


「ダメだ!!他の二人も予想外の事態に混乱してる!!」

「そらそうだろうよ!!てかその原因を作ったのはオメェだボケェェェェェェェェェェ!!」


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「何なんですかなあれは…」


 舞台で行われている到底芸とは呼べない代物にウォイドは溜息を吐いた。


「…っぷ」

「ん?」


 ウォイドは自身の隣、そこに座るサーラから噴き出すような声が聞こえた気がしたが、すぐに気のせいだろうと思い舞台へと視線を戻す。


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「どうする!?今からでも再開すれば…!!」

「この状況からか!?出来る訳ねぇだろ!!」

「もういい、下がれ!!」


 ギャーギャーと言い合う(というより主にエリスが叱咤するだけ)の状況、流石に見かねたウォイドは声を上げ、舞台に立つ燈達に言う。


「申し訳ありませんサーラ様。まさかあんな不遜な者共を神殿内に…これはこの会に参加するための選考会を事前に挟まなければなりませんね…」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!すみません、もう一回…もう一回やらせてください!!」

「黙れ!!そんな醜態をさらしておきながらよくもぬけぬけど…摘まみ出せ!!」


 ウォイドの声に従うように、二人のエルフが舞台の上に上がる。強制的に燈達を外へと連行するつもりなのだ。


「くっ…」


 どうする…!!これじゃあ専属芸者としてエルフの巫女様に近付くどころか、追い出されて二度とここに入れない…!!


 絶望的な状況、自分でそれを招いてしまった燈はその悔しさから唇を噛み締めた。


「ま、待って下さい俺は!!」

「放せよおい!!」

「ちょ、ちょっと…!」

「危ないなー」


 防人のエルフ二人は無理やり燈ら四人の腕を掴み連行しようとした。


 駄目か…!!


 万事休す、そう悟りそうになった燈。


「あ、あぁ…おい…なぁ」

「ん……何だ、この声?」


 だがそんな中、低く呻くような声が舞台の下から聞こえる。舞台上に居た燈がそれに反応した。

 声の元を探るように舞台下へ目をやる燈、そこには先程舞台の上で芸を披露した男が一本のナイフを手に持っていた。


「な、何だお前は?」


 当然その姿はウォイドやサーラ達にも発見される。如何にも正気でないその男の様子にウォイドは一歩後ずさる。


「うああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 次の瞬間、ナイフを握り締めた男は態勢を低くして走り出した。男が何処目掛けて走っているのか、それは…。


「み、巫女様!!」


 サーラの所である。燈は叫ぶが自分では男に追いつく事が出来ない事を瞬時に理解した。そしてそれは燈達を拘束していたエルフ達も同じであった。

 現在の位置関係、舞台上には燈達がおり彼らを拘束するための防人のエルフが二人。前者はまだしも後者の防人二人が舞台上に居るという事が非常にまずかった。

 彼らはこの披露会でサーラを護衛するという役割を持ったエルフ達だったのだ。ウォイドが燈達の拘束を指示した事で一時的にその任を外れ舞台上へと足を運んだ。これがサーラを殺そうとしている男へ活路を開いた。別の防人もいるにはいるが距離が圧倒的に離れている。そしてナイフを持った男とサーラとの距離は既に五メートルを切っており、防人達の魔法での干渉も間に合わない状況である。

 今彼を妨害する者は誰も居ない。


「……」


 だがサーラの傍にはまだカグがいる、道中の妨害は出来ずともゼロ距離でサーラを守る事は可能。カグは一瞬にして戦闘態勢を整えた。


「ぼ、僕が…!!」

「必要ねぇよバアル!!」


 否、道中での妨害が可能な者はいた。


「どぉらああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 バアルを言葉で制止させ、エルフの拘束を振りほどいたエリスは舞台上から激しい跳躍を見せると、一気にナイフを持った男との距離を詰める。そして背中にし掛かった。


「がはぁ!!」


 突然の激しい圧迫感に堪らず声を上げる男、苦し紛れにナイフを逆手に持ちエリスの脇腹に刺そうとする。だが


「おっと」


 それはエリスが手首からその腕を握りしめた事で、容易く防がれてしまう。


「ハハハ!!いいねぇ、その諦めない心意気!!」


 笑いながらエリスは男の行動を褒めた。


「だがまぁ諦めろ!!アタシが居るからてめぇの目的は絶対果たせねぇ!!」


 声高らかに、エリスは下の男に言う。


「くっそ…がぁ…!!」

「悔しいのは分かるぜぇ。だがしゃーねぇ、ドンマイだ」

「お、おいお前!!」

「あぁ?」


 突然近くに居たウォイドがエリスに声を掛ける。


「良くやった。早くそいつを殺せ!!」

「はぁ?何で殺すんだよ、別にそこまでしなくていいだろうが。今アタシがこうやって抑えてんだしよぉ」

「黙れ!!そいつはサーラ様を殺そうとした大罪人じゃ!!」

「罪人はぁ…どっち…だ…!!」

「ん?おぉ威勢がいいなぁ、まだ喋れるか」


 エリスが下にいる男の頭をポンポンと叩く。


「大丈夫ですかサーラ様!!」


 そしてサーラの警護を任されていた防人の二人が戻って来た。


「おいエリス!!大丈夫か!!」

「エリスさん!」

「お姉ちゃん大丈夫ー?」

「おぉアタシは大丈夫だぜ」


 防人の拘束が無くなった事で自由になった燈達もまた、同様に舞台の下へ降りてエリスに駆け寄った。


「どけぇ!!」

「あぁ?やだよ、どいたらお前巫女様に襲い掛かんだろ」

「見よ!!その男は未だに衰えぬ殺意を見せている!!殺す以外の選択肢が無いじゃろう!!」

「だからこのまま拘束して引き剥がして牢屋でも何でもぶち込みゃあいいだろうが」

「何を暢気な事を!!いいか、サーラ様はこの国の象徴、この国の最重要人物じゃ!!万全を期して殺すのが当然の道理じゃろう!!お前のような能無しには分からんかもしれんがな!!!」

「……あぁ?」


 言い合いの最中放たれたウォイドの一言、それにエリスは憤りを覚えた。


「てめぇアタシに指図しようってのかジジィ?」


 酷くドスの利いた声でエリスは下からウォイドを睨み付ける。


「ま、まぁまぁまぁ!!落ち着いて二人共!!」


 そう言ってエリスとウォイドの間に割って入ったのは燈である。


「今はそんな事よりこの人を拘束して、しっかり事情を聴くのが先だろ!?」

「うるせぇアカシ!!そのジジィはアタシを本気で侮辱しやがった!!許さねぇ!!」

「そこを何とか、ここは堪えろエリス!」

「うるせええええ!!」


 エリスをなだめようとする燈だが彼女の怒りは募るばかりだった。


「ふぅ…はぁ…もういい…こうなれば…」


 だがその時、呻くように低い声がエリスの下から聞こえた。


「ん……おいてめぇ…!?」


 その声に野生の直感で嫌なものを感じ取ったのか、エリスはすぐに下敷きにしている男を見る。そしてすぐに彼女は理解した。


「まずい、離れろお前ら!!」

「サーラ様、ウォイド様」


 エリスは燈たちを、カグはサーラとウォイドの二人に喚起してすぐさま自分達を含める全員をその場から退避させる。


「バルー様に…栄光あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「っ!!」


 その叫び声の中、燈はあるモノを目撃し息をのんだ。


 次の瞬間、男はそう叫びながら懐から取り出した小型の球体が爆発した。勿論それを持っていた男も無事で済むはずも無く爆散、爆発は直径数メートルに及び後少しでもエリスとカグの判断が遅ければその場に居た全員が死亡していた。


「げほっ…げほっ…何だよ今の…!!」

「あの野郎、火玉ひだまを持ってやがった…」

火玉ひだま?」


 聞き慣れない単語に燈は思わず聞き返す。


「あぁ、戦闘用魔具まぐの一つだ。弱ぇ奴が使う。火属性の魔力を球体の中に格納して、そこに外部から魔力を注入すれば作動する仕組みになってる。中の構造のおかげでただ発火するだけじゃなくて爆発すんのがミソだ。ま、玉の中に入ってる属性の魔力と同じ魔力を注入しねぇといけねぇから結構限定的なシロモンだけどな」


 まるで爆弾じゃないか…。


 燈の頭の中で元の世界での兵器が過った。


「そ、そうだあの人は!!」


 燈は爆発した場所へとすぐに駆け寄ろうとするがエリスに腕を掴まれた。


「馬鹿。あの爆発だ、即死だよ」

「まだ生きているかもしれないだろ!!」

「な訳あるかよ。アブねぇから近づくな。火傷すんぞ」


 だがそのエリスの忠告を無視して爆発の起きた中心部へと向かおうとする燈、しかし外から吹き抜けた風が爆風の黒い煙を晴らし、爆発したエルフの姿が燈の目に映った。


「…っ!!」


 それはとても醜いものだった。黒く焼け焦げたソレは最早数秒前まで生きていたのかと疑いたくなるような様変わりを見せている。

 どう見ても死んでいる、助ける事は不可能。人肉の焦げた匂いを鼻で感じながら燈は両口角が引き下がり、わなわなと唇を震わせた。


「サーラ様、お怪我は?」

「わ、私は大丈夫です…。それよりもカグさんは…」

「自分も問題ありません」


 サーラは心配そうにカグに問うが彼はそう即答した。


「ふぅ…」

 

 サーラの無事を確認したウォイドは額の汗を腕で拭いながら一息吐く。そして次にこう言った。


「下郎が、まさか自爆するとはな…惨めなものじゃのう。まぁ殺す手間が省けただけ良しとしよう。悪行を犯した当然の末路じゃ!!ハハハハハ!!」

「っ!!」

 

 その言葉が、燈がウォイドの前に立つ原因となった。


「ん?何じゃ?」

「なら、人の死を見て笑うのは…悪い事じゃないんですか?」

「何じゃと?」


 ウォイドが燈を半眼で見詰める。


「そのままの意味ですよ」


 ウォイドの圧に一向に怖気る素振りを見せない燈。

 互いは睨みを利かせ続ける事をやめようとしない。


「やめなさい二人共!!」

「「っ!?」」


 しかしその時、場内に一喝が響き渡る。その声に燈とウォイドの両名は目を見張った。

 何故ならその声を発したのが他でもないサーラだったからである。


「アカシさん、でしたか?申し訳ございません。ウォイドもただ悪意の元言ったわけではないんです。どうか許してくださいませんでしょうか?」 

「み、巫女様!い、いえ俺は…」


 頭を下げるサーラに燈はたじろぐ。


「サーラ様!!このような者に頭を下げる必要はないのです!」

「ウォイド!」

「っ・・・!!」


 サーラは怒気の籠った目でウォイドを見る。それによりウォイドは萎縮した。


「も、申し訳ございません…。少し、冷静ではありませんでした」


 数秒後、どこかやるせない思いを表情に残しながらウォイドはサーラに謝罪する。

 それを見たサーラは一瞬目を瞑ると、次の瞬間目を開きエリス見ると言った。


「エリス、でしたね」

「ん、あぁ」

「助けていただきありがとうございます。この件につきまして礼をしたいのですが、よければ本日の夕食我々とご一緒しませんか?勿論、他の皆さんもご一緒に」

「え、マジ?」

「はい、マジです」


 エリスの聞き返しにサーラは微笑みながら言った。


「どうするアカシ?お前に任せるぜ」

「ど、どうするって…」


 燈に判断を求めるエリス、燈は先程の光景に気持ちの整理が追い付いていなかったがこの誘いを断るほどに冷静さを欠けている訳では無い。


「ぜ、是非…ご一緒させて下さい」


 最早巫女との接点は絶たれたと思っていた矢先、巫女であるサーラから直々の食事の招待。断る理由は無かった。

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